1998年6月13日

作家・椎名誠さんと砂の海

今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは椎名誠さんです。

幼い頃からの憧れの地

『砂の海〜楼蘭・タクラマカン砂漠探検記』

●椎名さんは先頃、「砂の海〜楼蘭(ろうらん)・タクラマカン砂漠探検記」というご本を出版なさいまして、今日はその本に沿ってお話をうかがっていきたいと思います。椎名さんはこの「楼蘭の幻の王国」っていうのに小学生の頃から憧れていたそうですね。

「小学校5年か6年のときに図書館で『さまよえる湖』という本が目に入って、それを読んだのがキッカケですね。それはスウェン・ヘディンというスウェーデンの探検家が書いた本で、タクラマカン砂漠で何年も探検旅行をしていて、そこで偶然ロプノールという琵琶湖の何十倍もある大きな湖を発見して、その湖の側に砂に埋もれてしまった幻の王国があったと。それが楼蘭なんですね。で、その湖が何百年周期で大きく砂漠を移動するということを、スウェン・ヘディンは自分の探検の中で説として唱えたんですね。ですから、湖がさまようわけですよね。そのことを書いた『さまよえる湖』という本を読んだときに、初めてその場所と楼蘭という昔栄えた砂の中の幻の王国のことを知って、『すげぇな!』って思ったのが最初のキッカケですね。その本を読んで初めて探検家、冒険家という人がいるということと、そういういう人たちは世界中あちこち行くんだということを知って、探検、冒険に憧れたんですね。子供ですから『よし! 俺も探検家になろう!』と思いましたよ。僕、探検家になる研究を色々としていましたよ(笑)。でも、日本探検大学があるわけじゃないしね(笑)。難しいわけですよ。でも、キッカケが『さまよえる湖』ですから、ロプノールという湖に行きたかったわけですよ。ただ、行きたいと思っても、当時の日本と中国は国交がなかったんですね。それを中学生くらいで気がついて、『わぁ、行けないんだ』って思ったわけですよ。それから、なかなか探検家になれないということにも気がついて(笑)、挫折感を味わいましたね。仕方がないから、高校くらいから自分たちの仲間を集めて、探検隊ごっこをやっていましたね」

●それが「あやしい探検隊」の母体になっているわけですね(笑)。

「そうです(笑)。今、アウトドア・ブームですけど、僕たちはアウトドアという言葉がない頃からそういう真似事をしていましたので、歴史的には長いんですね。でも、運命っていうのは不思議なもので、結果的にはロプノールに行けたわけですけどね。その過程をこの本に書いたわけです」

●椎名少年は探検家になりたいという夢を持ち、途中ではそれが挫折したこともある中で、「砂の海」でタクラマカン砂漠に突入した時から、あやしい探検隊からただしい探検隊になったわけですね。

「そうですね。あれはただしい探検隊、きびしい探検隊でしたね。なかなか行けるところじゃないしね。たくさん文献を読んでいたし、探検、冒険的なことはやっていたので厳しいことは分かっていたんですよ。ただ、実際に砂漠に入っていくと、どうしても日本人っていうのはどこかで砂漠にロマンを感じてしまうんです。『月の砂漠』の王子様の金のくらと銀のくらのような性質の静かないいものを感じやすいじゃないですか。ところが、実際の砂漠っていうのは何もないわけですよ。そして、砂との戦いになりますね。タクラマカンっていうのは、向こうの言葉で『一度入ったら出られない』っていう意味なんですね。随分、恐ろしげな名前なんですけど(笑)、そのくらい生物がいないから、自分で食べ物を持っていないと、何も食物を得ることはできないし、水もないというところなんですね。だから、『月の砂漠をはるばると・・・』的なものはゼロですよ」

椎名さんが憧れのロプノールで感じたものとは?

●向こうに着いたときに、大地に寝そべって天を眺められたそうですね。

「その場所は小説家の井上靖先生が一番行きたがっていたところで、僕が出発前に挨拶に行って、『変わりに行ってきます。何かすることはありませんか?』って言ったら、『着いたら、第一に思いっきり寝そべって天を見てください』っておっしゃったので、その通りにしたんです。空の青がものすごく濃いんですよ。青を通り越して黒に近いような色ですね。インクで言うブルーブラックの色かしらね。真昼の青すぎて黒い空っていうのがありましたよ。空じゃなくて天だなって思った」

●椎名さんは世界のいろいろな空も見てらっしゃいますよね。

「星の見える量っていうのは大気の乾燥度合いに関係するんですよ。で、もうお分かりだと思うんですけど、乾燥していますから、砂漠が一番良く見えるんです。変な話、地平線から星が見えてしまうんですよ。普通だと、モンゴルなんかの場合は草が生えていて、草が呼吸をしていますので、ガスがたくさん出ていて地平線が見えないんですよ。モンゴルの草原は地平線がすみれ色にかすんでしまうんです。だから、星もその揺らぎの中で見えますので、相当地表から上がったところでないと、地平線に近い星って見られないんですけど、砂漠の星って地平線すれすれから見えてしまうんですね。最初の頃はヘッドライトに見えたんですよ。『向こうから車が来るぜ! 俺たちしかいないのに、何で車が走っているんだ!?』ってざわめきが起きましたよ(笑)。最初はビックリして見ていますけど、だんだん星だらけでうるさくなってくるね。星の隙間に夜の闇がある感じなんですよ」

●日本の空と逆な感じなんですね。

「そう。で、言っても信じてもらえないかもしれないけど、僕は閉所恐怖症の気があって、夜ってなんか息苦しくなるんだよね(笑)。昼間の方が開放されるからいいんですよ」

●青黒い空がバーっと広がるんですもんね。

「そう、昼間は広いって感じがするけど、夜はドームの中にいるような感じなんですよ。流れ星がまた、ウジャウジャ出てきやがってね(笑)。上を見ていると必ずどこかで流れていますよ。1分間に何発って世界だよね。しかも、流れる滞空時間が長いから、流れ始めから流れ終わりまでずーっと見えているんだよね」

●願い事は?(笑)

「何でも叶う!(笑) 飽きますよ。かえって、流れて消えない人工衛星のほうが面白いですね。人工衛星はずーっと見えているでしょ。それがじわじわ動いていく夜空の星の虫みたい」

●「月の砂漠」というとロマンがあり、本来は満天の星空っていうとロマンを感じますけど、ロマンを求めちゃいけないんですかね?(笑)

「まぁ、でもそれがロマンっていったらロマンなんでしょうね。古代人が見ていた風景と変わらないというね。ただ、1つだけ2000年前の楼蘭人が見ていた風景と変わっているのは、夜空の人工衛星だけだっていうことに気がつきましたよ。ロプノールはなくなっちゃっているしね。なくなってしまった湖の何が悲しいかっていうと、僕は楼蘭に到達する途中で『どうもロプノールに入ったらしい』という無線を聞いたんですよ。つまり、僕がずっと子供の頃から憧れていた場所ですよね。ずっと同じような砂漠の広がりですから分からないんですよ。湖の湖底ですからちょっと下がっていくはずなんだけど、ジープに乗っている分には分からないんですよ。でも、情報が入ってきて『多分、今、ロプノールに入った』と。僕が昔から憧れていたタリム川という川を越えて、今、ロプノールだと。そこで、隊列が止まったわけですよ。で、降りて、昔の湖底ですから靴が少しめり込むわけですよ。で、歩いていったら白いものがあちこちに見えるのね。なんだろうと思ったら、巻貝だったんだよね。大きいので5センチくらいありましたね。それがあちこちに落ちているわけ。それで、『湖だったんだぁ』って思ってね。そこでは何も拾っちゃいけないって言われていたんだけど、転ぶふりをして何個か拾いましたよ(笑)。家に持って帰りましたけどね(笑)。でも、見渡す限り、ずーっと死んだ貝が広がっていて、紛れもなくここは昔、湖だったんだっていうことが目で分かるわけですよ。それはやっぱりロマンですよ。僕はしばらく立ちすくんで、珍しく色々なことを考えましたもんね。歴史とは何かとか、人類とは何かとか、生きていくことの意味とか、愛とは何かとかね。そういう人間の気持ちをひっそりと静かに真剣にさせる力を持っていますね」

次の目標は東南アジアの島々を漂流すること

●椎名さんはこの旅の間に、楼蘭の神を作ったそうですが(笑)、詳しく教えていただけますか?

「とても恥ずかしいんだけど(笑)、最近、僕は長い旅に行くときには、木を持っていって彫刻をするんですね。というのも、旅って退屈な時間があるんですよ。特に酒がないときとか、寝る前とかね。なので、彫刻をして、何か作って帰ってくるんですよ。そのときは今度の旅が女房と出会うキッカケでもあったしね。彼女もすごく行きたがっていましたし、彼女が酉年なんですね。だからこの旅は、鳥を作って、楼蘭に着いたら月の光に一晩当てて、僕と同行したということにして、楼蘭の月の光を浴びれば神になるだろうということで(笑)、直前で完成したので、楼蘭についた日にその鳥をテントの外に置いておいて、月の光を浴びさせたんですよ。それで、家に持って帰って渡したんです。それはそれで『どうだ! 参ったか!』って感じでしたけどね(笑)」

●(笑)。その楼蘭の神は今も置いてあるんですか?

「うん。今も彼女の本箱のところに置いてありますね」

●そうやって旅の間に彫刻されたものっていうのは、今でもあるんですか?

「ありますね。ある旅でなんとなく作っているうちに器になりまして、なんとなく取っ手がついて、なんとなく見たら木のビール・ジョッキになっていましたね(笑)」

●(笑)。でも、やっぱり砂漠のようなところへ行くと、余計飲みたくなってしまうから、そういうのは作らないんでしょうね(笑)。

「砂漠ではビール・ジョッキを作ってはいけませんね(笑)」

●この「砂の海」のあとがきの一番最後のところに、この旅自体が10年前ということで、「10年の間に僕はまたたくさんの本を読んだ。たくさんのまだ知らぬ大地を思いに捉えた。そして、僕はまだ元気だ」というふうに締めくくっていらっしゃるんですけど、ということは、次に行きたいところというのは決まっているんですか?

「行きたいところがいっぱいあるんですよね。それで、あちこち考えて模索しているんですけど、ちょっと前から映画のほうに随分かまけてしまって、映画作りしちゃっているんですけど、今、本当の海、たくさんの島がある海に行きたいんですよ。これはインドネシアとかフィリピンとか東南アジアにたくさんあるんですけど、海に暮らす人々が随分いてね。船を家にしている人とかね。島を巡りながら、できれば自分もそういった船に乗って、自分たちの船で海に生きる人たちを訪ねながら、本当の海と人間みたいなものを考えたいんですよね。船はヨットみたいなかっこいいものじゃなくて、漁船みたいなものでいいんですよ。これは、スウェン・ヘディンの『さまよえる湖』を読んだのとほぼ同じ時期に、トール・ヘイエルダールの『コン・チキ号探検記』を読んでね。これはバルサ材で南米から漂流する話なんですけど、僕はそんなすごいことはできないので、自分なりに東南アジアの島々を漂流するとどこに行っちゃうか分からないから(笑)、漂流しないように旅がしたいですね。それが次の目標です」

●今日はどうもありがとうございました。

■このほかの椎名誠さんのインタビューもご覧ください。

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■作家「椎名 誠」さんの著書紹介

「砂の海〜楼蘭・タクラマカン砂漠探検記」
新潮社/定価460円
 椎名さんが幼い頃に憧れた、探検家スウェン・ヘディンが「さまよえる湖」と名づけたロプノールと2000年前の幻の王国、楼蘭に、外国人としては実に54年ぶりに足を踏み入れることになったシルクロード紀行を記した本。現在は文庫本で発売中。

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オープニング・テーマ曲
「ARMS / JOHN HALL」

M1. IN A BIG COUNTRY / BIG COUNTRY

M2. WILD WORLD / MR.BIG

M3. ONLY TIME WILL TELL / ASIA

M4. 砂の惑星 / 松任谷由美

油井昌由樹アウトドアライフ・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」

M5. 夕陽に赤い頬 / 杏里

M6. I STILL HAVEN'T FOUND WHAT I'M LOOKING FOR / U2

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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