2003年3月2日

坂本 達さんの自転車世界一周

今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは坂本達さんです。
坂本達さん

 坂本 達さんは子供服でお馴染みの(株)ミキハウスの社員。しかし普通の社員と違います。なんと4年3ヶ月をかけて自転車で世界一周を成し遂げた男なんです。それだけでも凄いことなんですが、さらに驚きなのがその4年3ヶ月が“有給休暇”扱いだったこと! サラリーマンにとっては夢のような“偉業”ですよね。
 今週はそんな坂本さんをお迎えし、世界43カ国5万5000キロの旅を振り返りながら、特に印象的だった出来事をうかがいました。様々な苦難を乗り越えて達成できた過酷な旅の向こうには何があったのか、自然の厳しさ、人の優しさ、夢を持つこと、そして生きるとは・・・? 地球をまるごと遊んできた坂本さんに何かのヒントがあるかも知れません・・・。

●坂本さんのご本『やった。〜4年3ヶ月も有給休暇をもらって世界一周5万5000キロを自転車で走ってきちゃった男』・・・まんまです(笑)本当に、そういう方なんですけど、そもそも、なんで自転車で世界一周だったんですか?

「もともとは、たくさんの世界中の人に会いたい、会う中で自分ってなんなんだろう?とか、どんな人が生きているんだろうか?というのを知りたかったんですが、その手段として自転車というのは自分の力で行っているのが分かるし、風とか空気を感じながら、自分の力で砂漠も山も走るので、やっぱり出会いの為に一番いい手段だったんです」

●例えば大学を出て会社に入る前とか、大学の時とかというのは分かるんですけど、会社に入ってから4年3ヶ月有給休暇をくださる会社もすごいなと思ったんですけど。

「僕もそれがすごいと思うんですが・・・(笑)」

●ねー! それで行っちゃおうと思われた坂本さんもすごいと思うんですが。

「はい。一度は自転車とかの世界一周は諦めたんですが、会社に入社させて頂いて、やっぱり社内に自分の個性とか能力を生かして夢を実現している、仕事で夢を実現している人がいて、自分もできないかなと思い、その想いを会社に伝え始めたんです」

●4年3ヶ月かけて世界一周、これ95年9月〜99年12月までということですけど、ロンドンから始まったんですよね?

「はい」

●で、ヨーロッパを回って、大陸、これは南北に下っていって、その後、中近東、チベット、中国、それからいったん帰ってらして、その後東南アジアから北米大陸、アラスカからカナダで、時間の制約や都合上、アメリカは横断できなかったんですよね?

「そうなんですよ。膝をケガして、それで北米が走れなくなってしまったんです」

●仕方なくその後、南米大陸に渡って、99年12月エクアドルで長い旅を終わらせたと。

「はい、ゴールをしました」

●でも、このご本を読ませていただいて、膝を悪くしたとおっしゃっていましたけど、それだけではないじゃないですか、様々な苦難に立ち向かってというか、すごい事になっていましたよね。アフリカでマラリアと赤痢の両方にかかっちゃったとか?

「はい、日本だと想像もつかないような出来事が起きるので、心の準備はあったんですが、実際に自分がなると、本当に自分だけがなぜこんな? という気持ちでしたね」

●特に、そのアフリカとかあまり言葉もイマイチよく分からなかったりだとか、馴染みがないじゃないですか。全く知らない土地で病気になるのって、普通、観光旅行に行っただけでも不安になるでしょ、どうでしたか?

「基本的に僕、アフリカを走る中で人ってすごい生き物だなって思うようになったんです。というのは、家に何もないのに、ご飯を一番多く分けてくれたり、一つしかないベッドに泊めてくれたり、人を信じていれば助けてくれるというような回路がアフリカであったんですね。現地のことは現地の人に任せよう、病気も現地の人の話を素直に聞いていたら抵抗力が高まってくれるんじゃないかと思っていましたし、人がいる限り、大丈夫だと思っていました」

●それが万が一の時に、日本ではこういうときはお母さんがお粥を作ってくれたって言ったら、本当にお粥を作っておばちゃんが持ってきてくれたという・・・。

「ありましたね・・・」

●で、お粥をこっちでも食べるのかな?と思ったら、そんなの知らなかったんですよね。

「あれはマラリアと赤痢で倒れたときのギニアの村だったんですけど、とにかく、注射を打ってもらって病気は治りはしたんですけど、栄養が無くて出発できない、精神的にもかなりやられていたときに、村長さんが本当に貴重な鶏を持ってきてくれて、食べさせてくれたり、お粥も日本ではこういう時にお母さんが作ってくれるんだ、って言ったら、下手なフランス語でも通じて作ってきてくれたんです。その時たまたま母が作ってくれた梅干しも一緒に食べたら涙が止まらなくて、なんでこの男は泣きながら食べているんだ?って、不思議そうでしたけど(笑)。その想いというのは本当に僕の病気を直してくれたって思いましたね」

●振り返ってみて、今でもすごく記憶に残っている場所とかってありますか?

「場所・・・、今思い付いたのが、パキスタンの北部にカラコルム・ハイウェイという標高で4700mくらいまで上がっていく道路があるんです。あの時の、自分の力で標高を稼いで景色がどんどん木が生えているところが岩になって雪になるという、どんどん上り詰めていく中で、垢とか余計なものが削ぎ落とされていって、シンプルな自分になって上に上がっていくというイメージのカラコルム・ハイウェイがありますね」

●旅の中でトルコの方達というのはすごく日本に近いという話で、旅人を“神の客”とトルコでは呼んでいると書かれてましたけど。

「ええ、その旅人をもてなすのが当たり前で、特別なことではなく昔からキャラバン隊がシルクロードを通っていた時からと思うんですけど。もてなすことで自分たちが豊かになる、物理的にも文化的にもそうだと思うんですけど、そういう文化が昔から引継がれているので、大切にもてなしをする。それを子供でも言っているのがすごいと思ったんですけど。本当に文化だなと思いました。日本の事もよく知っていて、“おしん”ていうテレビ・ドラマありましたよね。「おしんは今、元気か?」「おしんはどこに住んでいるんだ?」って聞いてくるんですね(笑)、困りました・・・」

●(笑)。そういう時、どう答えられたんですか?

「元気だと思います、とか言ってました(笑)。最近連絡とってないんで、とか(笑)」

●(笑)。勝手なこと言ってますね、坂本さんも(笑)

「よく知っていますね、日本の事は」

●一方ではアラスカのコールドプレイス・ウォームハートっていう・・・、これすごく良い言葉だなーって思ったんですけど。

「あそこも、自然環境が非常に厳しくて、夜が長い、冬は特に日照時間が本当に短くなるので厳しい環境です。だから人が支え合わないと生活できない、物理的にも家が壊れたら女の人でも、車でも何でも修理をするし、精神的にも本当に合わないとノイローゼになってしまうので、そこで支え合っているんですね。だからアラスカの人達は、ここに住んでいる人達はそういう誇りを持っている、暖かい思いやる気持ちを持っている人達だと自分たちのことをよく言っていました」

●そして最終目的地が、エクアドルだったんですよね?

「ええ、ゴールがエクアドルのキトという首都だったんですが、その手前のラタクンガという街に自転車で到着したときに、たまたま神父さんのアパートに泊めていただいて、私が3年以上世界を自転車で回っていると言うと、本当に食べ物とか洗濯とか世話を焼いてくれて、出発の時にお金を僕にくれるんですね、旅行をしているんだからお金を持っているというのは知っているはずなんですが。エクアドルは大人が1日働いて200〜300円という世界で、お金が必要なのは彼らなわけですよ。それでも旅をしたら金がかかるだろうと。お金がかかるのは事実ですけど、見ず知らずの他人にまでお金をあげてしまう、必要なものをあげてしまうということが、すぐには理解できないようなショックだったんです。自分は金持ちの外国人が日本に来た時に、金持ちのやつにわざわざ金をやるか、と思うわけですね。そういう神父さんに出会ったこともありました」

●本当に辛いこと、大変だったこと、たくさんある世界一周の旅だったと思うんですけど、それでも続けられた理由って何だったんですか? 「もう、やめちゃおう」って思った事って無かったんですか?

「無かったです。辛いと思うと辛くなる、この旅は誰かに「しろ!」って言われたわけでもなくて、自分がしたい、しようと自分で決めたことなので、辛いとは思わない、前に進もうと思いましたね。特に自転車って跨がないとずっとそこにいるんですね、当たり前ですけど。だから前に行くしかないっていう行動パターンが身に付くんです。ですから自分にあるのは前に進むこと、進むことで自信が付くということ、進まなきゃ自信が付かないということで前しかない、という思いでした」

●そんな思いの中で「進む、進むんだ!」って思っているときに、例えば、山だったら登りきった時のパって開けた景色だったりするような、なんか一つの、御褒美みたいなものって?

「はい。あります、自分に対する御褒美ね。まあ、自然は裏切らないというか、登った分、絶対に下りがあったり、いくら風や雨の日でも晴れで穏やかな日というのも絶対に来るし、その対話みたいなのが自然と自分との間であるというのも自転車の良い所だと思います」

●去年は世界の人々との出逢いに次いで、日本中の子供達に出会う旅という“夢の掛け橋プロジェクト”、北は北海道から南は沖縄までやってらっしゃいましたよね。

「このプロジェクトは、自分がいろいろな人に生かされて、夢が実現できたということの恩返しに、日本の子供達に夢を伝えたいという思いから始まったんですね。それで子供の日に北海道の宗谷岬を出発して、クリスマスに沖縄と、8ヶ月かけて4500キロ、自転車でいろんな学校や団体・施設を回って、夢の話を伝えるという活動を個人でやらせてもらってました。僕は見た通りの普通の背格好の人間なんですけど、でもこれだけ大きい夢を叶えられた、それは自分の力だけでなくていろんな人の支えがあって初めてできることだと。いろんな人に感謝したり、味方に付いてもらうことで誰でもチャンスはあるんだ、夢というのは自分次第で叶っていくということ、感謝を忘れてはいけないということとか、どんな環境にあっても人は人として人を助ける、そういう世界で見てきたことを交えて伝える、これがそのプロジェクトの主なことです」

●子供達の反応はどうでした?

「すごく素直で、逆にこっちが元気と夢をもらうような形で、子供達の表情を前から見ていると、本当に世界中で会ってきた子供達、アフリカ、南米、アジアなどの子供達と同じ表情をしていて、自分も夢っていうのは叶うんだ、普通の人が叶ったんだから自分にも可能性が絶対にあるんだ、って言い切れる所が宝だし、財産だというのを北海道から沖縄まで共通して感じました。やっぱり、夢とか目標があると自発的に動く。これがものすごく力があって、周りも応援しようと思う力になると思うんですね。ですからまず大人がモデルとしてどう生きるか、というのを去年の日本縦断で思っていました。夢って、人も動かすし、お金も動かすし、物事や運まで動かせると思うんですね。いろんなことは後から付いてくるじゃないかっていうふうに思うようになりました」

坂本達さんの本「やった。」

●そして、坂本さんのご本『やった。〜4年3ヶ月も有給休暇をもらって世界一周5万5000キロを自転車で走ってきちゃった男』。

「長い(名前)ですね(笑)」

●(笑)。『やった。』というのが一応のタイトルですね?

「はい、タイトルです」

●実は2005年に教科書の方に採用されるんですよね。

「ええ、全国の高校の英語の教科書に採用されることが決まりまして、2冊の教科書にこの本の4〜5箇所のエピソードを抜いて英語に直して、必要な言い回しとか単語を入れて、写真と共に、あと肉声のテープを付けたいという企画を頂いて、そういう形でも世界中の人達との体験が広がっていくんじゃないかと」

●高校生という時期が、一番子供の頃の夢が、将来のことも考えて現実に調整されてしまうような時期でもありますよね。

「現実的な部分もありながら、でも夢を持っていてどうしようかという時期に僕が伝えたいのは、人や環境のせいにするのが非常に多くなっているこの社会で、物事っていうのは全て自己責任であるということですね。その、進路の問題1つ、自分の今ある環境を生かすというのが1つ、あと自分で判断して行動して責任を取っていくことだ、っていうことを、特に高校生、大学生には伝えたいと思っています」

●実はこの『やった。』というご本、この本の収益は旅を通じてお世話になった人達への恩返しということなんですよね?

「そうなんです。おかげさまでこの本も7刷目までいきまして、印税を全て使ってアフリカのギニアという国で、マラリアと赤痢になった時に助けられた村、貴重な食料や薬を分けてもらった村にみんなに役に立つような井戸や学校、病院などを作って恩返しをしていきたいと思っています」

●最初はここまでやるとは、思っていなかった?

「思っていなかったです(笑)。世界一周に行くときは、もう自分の夢なのでやりたいだけだったんですが、日本での夢の掛け橋プロジェクトの事とかも、結局自分で考えたように見えるんですが、子供達の感想文1枚、声をかけてくれる一言で自分がやるべきことを教えて頂いて、それで開けていっている。本当に生かされているというのは、こういうことなんだなって思っています」

●このご本のあとがきで、坂本さんの思いが綴られているんですが、サムシング・グレイトというのが登場しますよね。

「はい。特に4年目、旅の終わりの方で強く感じたんですが、必要なときに必要な助けがタイミング良く来る、ありえないようなタイミングで全て起こってくれるわけです。例えば精神的なショックで高山病をしてもう走りたくない、人とも喋りたくないという精神状態の時に会った家族が、一言も高山病になったということを伝えていないのに、知っているかのように手厚く面倒を見てくれた、あのタイミングであの人達に会えなかったら僕は3週間くらい寝たきりで過ごしたかったんですね。そういう偶然の出逢いみたいなのがたくさん、タイミング良く起こるという大きい流れですね、それが僕の言うサムシング・グレイトなんです。その大きい波、流れというのが付いてくれているんだなというのを思うようになったんですね。それは自分が感謝を忘れない時とか、自分の能力を精一杯発揮している時に必ずついてきてくれますけど、自分が物事を当たり前と思ったり、手を抜いた時にそれは離れていってしまう、そういう本当に感謝すべき大きい宇宙、流れというものを感じました。今の日々も感じますけどね」

●ある種、大きな括りとしての世界一周を終え、日本の子供達との出逢いも終え、坂本さんの次の大きい夢は?

「今はそこまではイメージできないですね。ただ、本当に大きい夢としては世界平和というのが1番大きい夢になりますけど、自分がどう関わっていけるかというのはまだ分からないですが、ちょっと言葉を覚えるのが好きだったり、身軽だったりするのは生かしていきたいなと思っています」

●今のところの最大の夢は、そのギニアでの恩返しのプロジェクト?

「そうです、恩返しのプロジェクトをしていくということで、一つ一つクリアしていく度に、今までもそうだったんですけど次が見えてきて、登山しているときみたいに登頂しても次の目標がイメージできているんですよね、その繰り返しなのかな。今はあまり欲は・・・、っていっても欲は一杯あるんですが(笑)、まず目の前のプロジェクトと思っています」

●じゃあ、そのプロジェクトを成し遂げ、次の夢、目標が出てきたら、ぜひザ・フリントストーンに教えてください。

「はい、ぜひぜひ(笑)」

●また、追っかけて行きたいと思います(笑)

「(笑)。また報告にあがらさせて頂きたいと思います」

●その時はよろしくおねがいします。

「こちらこそ、よろしくおねがいします」

●今日はありがとうございました。

■このほかの坂本 達さんのインタビューもご覧ください。

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■(株)ミキハウス「坂本 達」さん情報

やった。〜4年3カ月も有給休暇をもらって世界一周5万5000キロを自転車で走ってきちゃった男
三起商行(株)/定価1,785円
 この本の印税は、坂本さんのアフリカへの恩返しとして、お世話になったアフリカの村などに、井戸や学校、病院などを建てる経費に当てられることになっているので、本を通して感動を下さった坂本さんへの恩返しとして、皆さんもぜひ、この本を購入して下さいね。
 

坂本 達さんのHP:http://www.mikihouse.co.jp/tatsu
 坂本さんに関する情報などが載っています。本の方もホームページで購入できるようになっているので、ぜひ一度、アクセスしてみて下さい。

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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」

M1. ALL AROUND THE WORLD / OASIS

M2. EASY WAY TO CRY / DAVID GRAY

M3. PERFECT MOMENT / ART GARFUNKEL

M4. FISH / JEFFREY FOSKET

油井昌由樹アウトドアライフ・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」

M5. BACK AGAIN / TAXIRIDE

M6. HOLD ON TIGHT / ELO

M7. FROM A DISTANCE / BETTE MIDLER

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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