2003.11.23放送

〜テレビ朝日のディレクター・大谷映芳さんの「辺境へ」〜
大谷さん
 今週はテレビ朝日のディレクター/大谷映芳さんをお迎えします。大谷さんはニュースステーションや特別番組のディレクターとして世界の辺境地に赴き、信じられないような素晴らしい映像を私たちに届けてくれました。南米のギニア高地、パタゴニア、チベット、ブータンなど、訪れた地は全世界に及びます。また、世界第2の高峰K2(8611m)の西面初登頂などでも知られています。そんな大谷さんが出された『辺境へ』という本にそって、辺境の旅を振り返りながら、映像では触れられなかったとっておきのお話をうかがいました。

大谷さんの本● 大谷さんは先頃、山と渓谷社から『辺境へ』という本を出されているんですが、大谷さんがお作りになった映像作品って私達スタッフも含めたくさんの方が見ていて、気付かないまま見ているケースというのもたくさんあると思うんですけど、そもそも大谷さんが自然ものや気候ものを制作するキッカケってなんだったんですか?
「テレビ朝日に入って30年になるんですが、入社した頃はあまりドキュメンタリー番組ってなかったんです。でも僕はそういう自然ものの番組を作りたかったので入社当初から色々企画書を書いていたんですけど、当時はなかなか通らなかったんですね。 それが入社して10年位経ってから『ニュースステーション』という番組が始まって、その中でタイミング良く自然ものを大事にしようという企画が生まれたんです。そこで僕がたまたま山登りが好きだったり丁度K2を登った後だったので、会社の方もこういう人間がいるということで起用されたというか(笑)。そこで番組を作るチャンスが生まれたという感じで始まったんです」

●じゃあ取材に行かれる先というのも、大谷さんを始めスタッフの方の「こんな所に行ってみたい、こんなのがありそうだ、面白そうだな」っていう半分自分の興味もありつつ、取材の対象になりそうだなっていう企画を添えるっていう感じになるんですか?(笑)
「別に『テレビ初取材 ! 』とかを目指しているわけじゃないんですが、山登りっていうのも誰も登っていない山とか、人が行っていない所の方が興味があるので、こういう番組も出来るだけ人が行ったことのないような、誰でも行けるような場所じゃないところを取材先に選んでいましたね。その方が満足感や、やりがいがあるんですよね。性格がおかしいんですかね(笑)。わざわざ危険な目に遭いたいわけじゃないんですけど、楽な取材ってつまんないんですよね。あんまりこういうことを言うと会社が行かせてくれなくなるんですけど(笑)」

●(笑)。どうせ取材に行くなら誰も行ったことのない所へと向かっている大谷さんなんですが、『辺境へ』という本の中ではこれまでに取材に行かれた中から、大谷さんの印象に残っている7カ所を選んで、映像とはまた違った形で紹介されているわけなんですが、本当に色々ありますね。
「多分行ったのは大きく分けて30カ所位あると思うんですけど、その内一番印象に残っている7カ所を選ばせてもらいました。それもこの本の厚さにも関係していて(笑)、あんまりたくさん書くと厚くなるし、あるいはこれしか書けなかったというのもあるんですけどね(笑)」

●(笑)。本の中には写真もたくさん載っているんですが、これも全部大谷さんが撮られたものなんですか?
「ええ。山登りをする人って割と記録的に撮ったり、キレイな景色をちょっと撮っておきたいなっていうことで写真を撮ったりするんですが、僕の場合、学生の時から写真を撮っていたのでその流れで今でも撮り続けています」

●本の中で私が印象に残っているのが、現地の人達が裸で、洋服を着ていない生活をしている方達の中でも本当の意味での裸の付き合いをしている、食べるために狩りへ出たりしながら、それ以外はハンモックでほとんど一日中ブラブラしながらバナナを食べたりしているという・・・。
「アマゾンのヤノマミ族という裸族ですね。貧しかったり物がないとそれだけ付き合いも深くなったり、家族もお互い大事にし合ったりしますよね」

●逆に都会に住んでいると物ってあり過ぎるじゃないですか。物がなくなる事って多分もうないと思うんですけど。
「そうですね。日本なんて自由でなんでも手に入るし豊かになり過ぎちゃって、豊かさの最先端いっちゃったというか、いくところまでいっちゃったという感じしますよね。こういう辺境の人達がつらい思いをしてジャングルに行ったり、山に登って木を集めたり、獲物をとったりというのを見ていると、貧しいんでしょうけど、原始的で非常に人間的だなという感じはしますね」

●本の中で同じモンゴロイド系の人々って通じるものが多いって書かれてらっしゃいますよね?
「僕の一方的な言い方なのかもしれませんが、お互いに分かりやすいという感じがするんですよね。」

●それはどういう時に感じられますか?
「家の中に入っていってお茶を飲んだりとか、人の付き合い方ですかね。割と西洋人とか白人の方って『ここまでは心の中に入れるけど、ここまでよ』という境界線があるような気がするんですよ。でも同じ黒い髪の毛で、瞳も似たような色だとなんとなくどこまでも入っていけて『じゃあもう、いつでも自分の家に泊まっていけよ』っていう感じになりますね」

●じゃあ、大谷さんが取材で訪れている先では凄く温かくていい思い出がたくさんあったわけですね。
「そうですね。それでこういう本に書き留めておきたいなと思ったんですね」

●凄く興味深かったのは、グリーンランドに住んでいて、日本人なんだけれど完全に向こうのエスキモーの生活をなさっている方がいらっしゃるんですよね。
「はい。大島さんという方で、グリーンランド・エスキモーの生活をしているんですね。大島さんは日本の大学生の時に山岳部だったんですね。ヒマラヤは行ったかどうか知らないんですけど、その時に北極点到達をしたんですよ。具体的にいうとちょうど植村直己さんと同じ時期に日本大学の北極点遠征隊にいて、グリーンランドで準備をしたり長く滞在をして、そのうちにすごくエスキモー達の生活が気に入って一緒に暮らすようになったんですね。そのうち現地の女性と結婚をして子供が3人出来て、今でもずっとグリーンランドにいるんですよ。僕と同じ年齢で大分いい年になりましたけど、もう30年になるんじゃないですか」

●グリーンランドへは私も行ったことがなくて見聞きしかしたことがないんですけど、本当に寒くて厳しいところですよね。
「冬は−50℃近くになるので寒いですよね」

●そこに暮らすっていう・・・。
「僕以上に好きになっちゃって『ここ以外に住む所はない』って言って、日本にもほとんど帰ってこないんですよね」

●大谷さん御自身は色々な所に取材に行かれる中で「ここにだったら暮らしてもいいな」って思えた場所ってありますか?
「この本の中でも色々ありますね。ただ『どれだ?』って言われるとちょっと難しいんですけど、要するに全部暮らしたいんですよ(笑)。何カ所か交互に行けるといいなと思いますね」

●でもやはり「暮らしてもいいな」と思うような所っていうと・・・?
「そうですね、やはりつらすぎたり高度があり過ぎるというのもあって、一生暮らすとなるとちょっと考えちゃいますけどね。あと、そんなジャングルに暮らしても僕は自分自身で獲物をとれないということを考えると、僕はたまたま日本に住んでいるんですが、日本は日本でまたいいなと思いますね」

●じゃあいいスタンスで色々な所に故郷というか田舎をお持ちになりながら、仕事という名の旅、里帰りをなさってらっしゃるんですね。
「それはいい言葉ですね(笑)。私はサラリーマンなので帰ってこないとクビになっちゃいます(笑)。一応仕事で行っていますので、帰ってきて放送しないとマズイんですよ(笑)」

●現地からの放送だけじゃダメなんですね。本の中には私達にも馴染みのある名前がたくさん出てきます。探検家の関野吉晴さんや写真家の星野道夫さん、探検家の植村直己さん、生命科学者のライアル・ワトソンさん、そしてこの番組ではすっかり「笛吹き男」として有名なモンベルの社長の辰野勇さんも出てくるんですけど、辰野さんが笛を吹き始めたキッカケというのも本の中で書かれていて「おお〜っ!ということはあの笛のスタート地点から大谷さんは一緒だったんだあ・・・」ってとても驚きました(笑)。
「そうなんですよ。あの時一緒にいたんですよね。東チベットにヤルツァンポっていう大峡谷がありまして、そこの取材に行ったんですよ。昔から僕は辰野さんのことは知っていて、辰野さんも昔からヤルツァンポに行ってみたい、見てみたいと言っていたので『一緒に行かない? 』っていう事になったんです。その時に番組のレポーターとして渡辺貞夫さんと一緒に行っていただいたんです。でもその時に中国の成都という四川省の町でハプニングがありまして、取材許可が下りずに来る予定の物が来なくて5日を無駄にしたことがあったんですよ。それでなにもやる事がなかったので、渡辺貞夫さんが『じゃあ笛でも吹くか? みんなに教えてやるよ』って言って(笑)、そこから始まったんですよ」

●(笑)。渡辺貞夫さんから直々に教えてもらうって凄いですよねー !
「考えてみれば僕ももっとやればよかったなあと思って(笑)。僕は三日坊主でダメなんですね(笑)」

●(笑)。私達は辰野さんのことを「笛吹き男」なんて呼んでますけども(笑)、どうですか辰野さんの笛の腕前は?
「成長しましたね(笑)。上手くなったというか立派ですよ」

●辰野さん御自身が山に登られるし、カヌーもやってらっしゃって・・・。
「あの人は本当に多才ですよね。渋谷にもモンベルのお店を出して、今あんなに景気のいい会社はないんじゃないですか」

●しかも笛が吹けるイベント・スペースまで作られましたからね(笑)。本にはそんな辰野さんのことも載っていますが、他にも亡くなられた写真家の星野道夫さんの言葉も何回か引用されてらっしゃいますよね。例えば「人を通して風景がより深く広く感じられる」っていう言葉とか。
「気が付いてみればまさしくその通りで、僕は取材の中でそういうことをしていたのかなって感じましたね」

●星野さんと旅をされて学んだと言っては語弊があるかもしれませんが、星野さんだけではなくて、関野さんや植村さん、辰野さんやライアル・ワトソンさん達と一緒に行動する中で、自然と自分の中に根付いているっていう事も多いと思うんですがどうですか?
「元々こういう方達っていうのは僕の指向するものとどこかで一致する部分が多いんですね。僕の番組はあまりレポーターは使わないんですが、こういう方達の力を借りたり、完全なレポーターじゃないんですけど一緒に行ってもらったりして、色々なヒントを得ましたね。学んだというか教わりました」

●今回この『辺境へ』というタイトルのもと、辺境の地を集められた理由っていうのはなんだったんですか?
「僕の行く辺境、秘境は必ず人が住んでいるんですよね。そういう場所から学ぶことって多いんですが、どんどん地球上の自然が破壊されて環境汚染が広がったり、道がどんどん出来たり飛行機が飛んだりして文明化されていますよね。ただ、僕の行くところは割合そういう所から遠ざかっていますので、この地が冒されたら地球最後の日かなという気はしますね。僕にとっては宝のような場所なので大事にしていきたいですね」

●それは何度か訪れている間でもまだ残っていますか?
「でもドルポっていう所は北側が中国で半日歩くと中国との国境なんですよ。その先にはもう自動車道路が出来ているんですね。南側のネパールから歩くと2週間位かかるんですよ。ただ、外国人は国境を越えられないのでネパールから行くしかないんですけど。彼らは、今はもうほとんど加工品、靴や布とかは自分達で中国側から輸入しているんですね。だからそういう文明の影響を受けるっていうのはしょうがないですよね。ただ、昔のままでいればいいっていう話ではないので、彼らは彼ら自身で文明化を求めるのかもしれないので、それは彼らの判断に任せたほうがいいと思いますね。本の中に書いた子供達をカトマンズに呼んでいるというのは、彼ら自身で判断するにはある程度の教育をして世の中の事を知ってもらう必要があると思ったので、優秀な子をカトマンズに連れていって勉強してもらって、将来の自分達の行く先を決められるように手助けをしたいなっていう事で始まったんですよ」

●今後の活動のことなんですが、この『辺境へ』という本で書かれている場所はいつでも帰りたい故郷だとは思うんですが、それ以外に「ここはまだ行っていないけど、行ってみたいな」とか「ここはもう一度行ってみたいな」という場所ってありますか?
「やはり地球って広いですね。ナショナル・ジオグラフィックとかを見ていると『あっ、こんな所があるのか』ってどんどん出てきますよね。ただ、年も年なのであまり欲張らずに(笑)、また本に書いてあるような場所に戻りたいと思うし、まだ行っていないシベリアやヒマラヤ周辺にも行ってみたいですね」

●最後に『辺境へ』という本を手にする皆さんになにか一言ありますか?
「地球上にこういう素晴らしい所がある事を知ってもらいたいし、そういう場所が冒されつつあるということは人類にとっては非常に危機的状況であると思うんです。そしてこういう本を書くと改めて日本の事を思うんですね。比較というんですかね。日本も昔は同じようにいい自然が残っていたし、お互いに優しくしたり、助け合ったり、もちろん家族もおじいちゃんおばあちゃんが一緒に暮らしていてという時代があったわけで、それが今は全く無くなりつつあるんですね。それを元に戻すっていうのは難しいかもしれないけども、極端に言えば自然を破壊した力があれば、現代の科学技術で再生させる力もあるんじゃないかなと思いますね。川にダムを造ったり、港湾工事をしたのをもう一度元に戻しちゃうとか、ゴルフ場を元の森に戻すとかね。そういう事って今の技術をもってすれば可能じゃないかなと思うんですよ。だからもう一回日本の国を開発して、作り替えて日本列島を改造してもらいたいなと思いますね。自然が欲しい所は自然を作り直して人が住む所は人が効率良く住めるようにしたり。今、日本ってグシャグシャですよね。だからもっと上手く自然を取り戻そう、作り直そうと計画的にやれば日本ももっと住みやすくなるんじゃないかと思いますね。」

●そのヒントはこの本の中に載っている場所にあるのかもしれませんね。この本は写真を見ながら読んでいただけるといいですね。大谷さん、この先の旅の御予定などはありますか?
「来年が丁度、植村直己さんの20周年なんです。未だに行方不明という形なので亡くなられて20周年って変な話なんですけど。そういった記念的な物を区切りとして何かやりたいなと思っています。あと、ウズウズしてきたのでヒマラヤのどこか山登りをしたいなと思います(笑)。仕事ばかリだと自分の山登りがおろそかになってくるので」

●(笑)。それはプライベートでですか?
「そういう事を言っちゃうとマズイんですけどね(笑)」

●あっ、そうですね(笑)。
「でもまた大きな山を登りたいなと思いますね」

●じゃあまた登られたら是非その時にもお土産話を聞かせて下さいね。楽しみにしています。今日はどうもありがとうございました。
「どうも失礼しました」

 今週はテレビ朝日のディレクター、大谷映芳さんにお話をうかがいました。

 

■ I N F O R M A T I O N ■
◎大谷映芳さん
・大谷映芳さんの本『辺境へ』にはこれまで大谷さんが訪れた世界の辺境・秘境の中から、特に印象に残った7ヶ所、ヒマラヤの王国ブータン/南米大陸のギアナ高地/南米パタゴニア/西ネパールのドルポ/アフリカ大陸のグレート・リフト・バレー/北極圏のグリーンランド/東チベットのヤルツァンポを写真とともに紹介しています。写真も素晴らしいです。映像の中で紹介できなかった人々との出会いなどが中心に書かれているのも特徴です。現地で出会った人々の話もあれば、亡くなった写真家の星野道夫さんや同じく冒険家の植村直己さん、そして探検家の関野吉晴さん等の話も面白いです。
・大谷映芳さんの本『辺境へ』は山と渓谷社から本体価格2600円で絶賛発売中です。ぜひ読んでみて下さいね。
・また大谷さんは、地球と人をながもちさせるエコ・マガジン「ソトコト」で「ザ・アドヴェンチャー」というコラムを連載中。こちらもぜひチェックしてみて下さい。

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