2003.12.7放送

〜“森は海の恋人”運動の提唱者・漁師の畠山重篤さん登場〜
畠山さん
 今週は「森は海の恋人」運動で知られる気仙沼の漁師さん、畠山重篤さんがゲストです。畠山さんは川が運んでくれる森の栄養が海の幸を育てていることに気付き「牡蠣の森を慕う会」を作り、気仙沼に注ぐ川の上流に木を植える運動を行なっています。また畠山さんは淡水と海水が混ざる場所・汽水域、つまり河口がとても大事だと指摘、日本全国の主な河口をめぐり、河口から日本を見てきました。果たして河口からどんな日本が見えてきたのでしょうか。さらに畠山さんがある人との出会いで知った画期的なアイデア「グリーン・ベンチ」のことなどをうかがいました。

●「 森は海の恋人」という名フレーズでこの番組に畠山さんをお迎えしてすでに2年が経ちました。
「丸2年ですか。早いですね」

●今初めて「 森は海の恋人」と聴いた方は「ハッ?! 」って思ってらっしゃるかと思うんですけど、簡単におさらいをすると・・・畠山さんは牡蠣の養殖をしてらっしゃるんですよね?
「本職はそうです」

●なのに森では植林運動もしてらっしゃるんですよね?
「牡蠣は魚と違って泳げませんから自分の周りにある水を吸い込んで、呼吸と食事を両方一緒にしているんです。牡蠣は水を吸って吐いてと呼吸をしているんですけど、水と一緒に植物プランクトンという餌を吸い込んで、エラでこして食べているわけなんです。海の中の植物プランクトンというのは、川が流れ込んで淡水と海水が混じり合っている汽水域にいっぱい発生するわけですよ。それは何故かというと川の水の中に森林の葉っぱが腐って出来た腐葉土があって、そこの中に植物プランクトンを育ててくれる養分が詰まっているわけですね。それが川の水と一緒に海に流れてくるわけです。だから牡蠣の漁場は全世界、川が流れ込んでいる河口域にあるんですよ」

●良い牡蠣を作るためには、木がいっぱいある豊かな森が無いとダメだということですね?
「そうですね。そういうことが分かりまして、今までは太平洋、海の方ばかりを見てきたんですけど、反対も見なくてはいけないということもあって15年前から山に木を植えるっていうことを始めたんです」

●もしかしたら当たり前のことかもしれないけども、海側の人は海の方を見て、山側の人は山の方を見て、木ばかり見て水ばかり見てとなるとお互いを見合うことって少ないですよね。
「今までは少なかったんですよね。日本の場合は海と森が近いですからね。そして国の真ん中に脊梁(せきりょう)山脈といいますか山脈が縦に走っていますよね。それで日本海と太平洋に川が流れ落ちているという国ですよね。二級河川まで入れて3万2000本〜3万3000本流れているんですよ。もっと小さい川もたくさんありますから無数なんですね。私は今5万本と言っているんですけど、森と海との関係というのは日本列島を北から南まで眺めると5万カ所もそういう所があるっていうことですからね。当たり前といえば当たり前なんですけど(笑)、なかなか今までそういうことは気が付かなかったなという風に思っています」

畠山さんの本●畠山さんはこの秋、文藝春秋から『日本〈汽水〉紀行〜「森は海の恋人」の世界を尋ねて』という本を出してらっしゃって、この本に書かれているものは月刊誌『諸君! 』に連載していたものをまとめたものなんですよね。2年間あちこちに行ってらした時の記録なんですよね?
「そうですね。日本を一周したら日本という国の姿がまた別の形で見えてくるんじゃないかというようなことを言われて、毎月一回どこかの河口に立ってそこから何が見えてくるかということで、生まれて初めて連載なんていうことをやらされたわけです。毎月一回どこかの川の河口に立つので、『河口マニア』って言われたりしてですね(笑)。日本の海のへりを2年かけてグルッと一周したことにはなるわけですね。
 基本的には、太平洋側では例えば東京湾なんかは荒川や利根川の上流の森から川が流れてきてプランクトンが増えてますし、日本海側も例えば富山湾とかはこれからブリがとれるんですよ。そうすると富山湾の背景の立山連峰とか凄い山々がありますね。そういう所から雪解け水がブナ林を通って全部流れてくるんですよ。結局理屈は同じなんですよ。だから日本は文字通り『森は海の恋人』の世界なんですね。改めてそう思いましたよ。北海道に行ってもそうですし九州も全部そうですからね。有明海の海苔の問題とか諌早湾の問題とか全部川が絡んでいることですから。そういう視点で物事を見れば理屈は大体同じですね」

●畠山さんの本の中で一番興味があったのが「グリーンベンチ」というものなんですけど、これはどういうものなんですか?
「聞き慣れない言葉だと思うんですが『法面(のり)』という斜面、日本は山国だから車で走っていても両側が斜めの崖になっている所が至るところにありますよね。そういう所を法面というんですが、気を付けて見ているとどこに行ってもコンクリートで吹きつけてあったり、コンクリートの豆腐のような四角いものが貼り付けてあったりという工法でがけ崩れを防いでいますよね。今まで私達はそれが当たり前だと思っていたんですが、景観を考えれば非常に良くないですよね。最近はそこに植物の種を植え付けて草を生やしたり、無理に木を植えているところも最近の新しい道路には見られます。でもそれは所詮法面を斜めに作っているんですよ。斜めにしておかないと安定しないと私も思っていたんですが、斜めにするということは雨が降ったら斜めに流れてくるということですよね」

●そうですね。下に向かって・・・。
「ところが日本には昔から棚田とか段々畑がありますよね。そこで法面を段々にするということを道路公団の人が考え出したんですよ。段々にしたところに木を植えるんですね。そうすると木の根っこが張ってそこに葉っぱが落ちて腐葉土も出来ますし、そこがスポンジのようになって余計に水が土に吸い込まれやすくなりますよね。しかも段々の部分に根っこがグッと張ってきますからますます崩れなくなります。今、全国の法面をそういう工法にもっていきたいということを提唱している方が家へお見えになって『これは凄いことだな』って思ったんですね。日本中の道路脇の斜めの法面なんて物凄い面積でしょ。今まではそこは単に斜めのコンクリートの面だったんですけど、語呂合わせですが、仮に法面(のり)が森(もり)に変われば川も蘇るし、最終的には森は海の恋人じゃないけれど海も蘇ることになるじゃないですか。凄い意味があるんですよね。うちの家が建っているところの崖にそのグリーンベンチを造って試験をしているんですけど、去年何十年に一回っていう物凄い雨が降ったんですよ。今までは雨が降ると庭がグチャグチャになっていたんですが、グリーンベンチにしてからは雨が降っても段々の法面にスーッと吸い込んでいくんですね。いくら雨が降っても庭がいつも乾いているんですよ」

●じゃあ、災害時にも強いんですね。
「そうなんですよ。それから今年の5月に宮城県で震度7近くの地震があったんですよ。うちあたりも凄かったですよ。それであちこち海の方を見たら、海辺の山や崖から土煙がボーッと上がっていたりして、あの地震は凄かったですよ。私はうちの法面も完全に崩れたと思ったんですよ。それで恐る恐る行ってみたらビクともしていないんですよ。だから去年と今年で大雨と大地震を経験しても大丈夫だったんですよ。防災的にもこれはイケるということが分かって、自然を復元するということと防災と両方強いということが分かったんですよ。これのミソは、段々にするということは段々畑の場合は縦に石垣を積むでしょ。これはそこを石垣にしないで間伐材といって山の杉の木がいっぱい余っていますから、それを立てるんですよ」

●全国の斜めのスロープにグリーンベンチが広まって、法面(のり)に森(もり)が出来たら色々な意味で・・・。
「日本が生まれ変わりますね。これはそんなに難しい技術ではないので田舎の土建屋さんでも技術を覚えれば簡単にできますし、ブルドーザーのような大きい工作機械もいらないんですよ。つまり私達のように沿岸で牡蠣を作ったり海苔の養殖をしている漁業をしている人達にも影響が及ぶということですよね。計り知れない効果があると思うんですね」

●この本のあとがきで、畠山さんは視点として「汽水人だから」というとても素敵な言葉を使ってらっしゃるんですけど、汽水人から見た日本はどういう風に映るんですか?
「先程言いましたように、日本は太平洋と日本海に5万本の川が流れ込んでいるわけですよ。だから日本という国は淡水と海水が混じり合った汽水に包まれている島なんですよ。河口に立ってみると人間が様々なものを流しますからそこは文字通り川の流域に住んでいる人間の姿が全部見える場所でもあるわけですよ。
 私達は今、山にも木を植えていますけども川の流域の子供達を河口域の海に連れてきて体験学習っていうのをずっとやっているんですよ。何故かというと川の流域に住んでいる人間の気持ち次第でその川が生きるか死ぬかも決まるし、汽水域の海の環境保全もそこで決まってしまうわけですよ。川の河口に行ってプランクトン・ネットというプランクトンを取る網を海に入れて、それを引き上げてコップにプランクトンを移して、それを子供達に飲ませるということを今やっているんですよ(笑)。『牡蠣は毎日こういうものを食べているんだよ』ということを教えているんですよ。その後で水俣病の話もしてあげるわけですよ。川の河口に立ってみると人間模様も非常に良く見えてくるし、海の環境や生き物の姿とかあらゆるものが見えてくる凄く重要なところなんですよ。
 東京湾なんか特に、江戸前ってよく言うでしょ。文化人なんか江戸前の寿司がどうとかよく色々なことを言ったり書いたりしているじゃないですか。でも食うときだけそんなことを言って(笑)、江戸前の魚介類は何故捕れるのかっていうことまでは目がいっていないんですよね。この本の中にも書きましたけど、例えば東京湾と鹿児島湾は湾の面積が大体同じなんですよ。この東京湾と鹿児島湾でどちらが多く魚が捕れるかって子供達に質問すると、鹿児島湾は飛行機から見ても青々としてキレイでしょ。青い海じゃないですか。東京湾はその通りですよね。子供達の場合は誰もが『鹿児島湾だ』って手を挙げるんですよね。でも実は東京湾の方が断然魚が捕れるんですよ。どれ位違いがあるか知っていますか?(笑) 」

●私はこの本を読ませていただいたので知っています(笑)。
「今でも30倍位東京の方が魚が捕れるんですよ。鹿児島湾は霧島が爆発して出来た湾ですから、大きな川が鹿児島湾に流れ込んでいないんですね。ところがこの大きい東京湾には主な川が16本流れ込んでいて、湾の水が2年で全部真水になるくらい東京湾というのは凄い汽水域なんですよ。江戸前の寿司とか江戸前の天ぷらとか日本の文化を守りたいのなら、川と川の流域の人間の意識と上流の森の三つをいつも考えておかないと、日本の食文化を守れないっていうことになるんですよ。
 今、地球的な規模の環境問題というと炭酸ガス、人間が出しているCO2の問題で地球が温暖化になっているっていうでしょ。つまり人間が今どんどん炭酸ガスを出していて、それを酸素に変えてくれているのが植物なんですけど、それは熱帯雨林とか山の森林が変えてくれていて、みんな陸の森にだけ目がいっているんですが、実は海の中にも大森林があるんですよね。つまり植物プランクトンとかワカメとか海苔も海の中の植物ですから、これが光合成をして炭酸ガスを酸素に変えてくれているんですよ。
 実は空気中の炭酸ガスの50倍が海の中に溶け込んでいるんですよ。つまり海の水っていうのは軽い炭酸飲料みたいなものなんです。それを酸素に変えてくれているのが海の植物なんですね。今まではその力がどれ位あるのかというのがシュミレーションできていなかったんです。ところが最近の研究で全陸上の森林の炭酸ガスを酸素に変えてくれる力の2倍の力が、海の中の森林がもっているらしいということが分かってきたんですよ。海の中の森林はどこにあるかというと、川の水が流れ込んでいる汽水域にあるんですよ。だから東京湾だって実は大森林なんですよ。人間がいなければ海と川と森の関係はちゃんとした状態に保たれていますから、海の森も陸の森も健全なんですけど、問題は川の流域に住んでいる人間がどう思うか、どういう気持ちで暮らすかっていうことでこの関係が正常にいくか、断ち切られるかっていうことが決まってくるんじゃないですかね。
 『森は海の恋人』っていうのは子供達にも言っているんですけど、陸の森も大事にしなくちゃいけないし、川の流域に住んでいる人間の心の中にも森を増やさなくちゃならないんです。そうすれば最終的に海の森もちゃんと生き生きとしてくるわけですよ」

●畠山さんは本職である牡蠣の養殖業を続けながら、今後も汽水人としての執筆活動も続けるんですよね?
「『あなた牡蠣の養殖業者のクセに牡蠣の本が無いじゃないか』って言われているから(笑)、この次はいよいよ本命の牡蠣の本にもボチボチ取り掛かろうかなと思っているんですけどね」

●これからも汽水人として頑張って下さいね。
「はい。今回、『日本〈汽水〉紀行〜「森は海の恋人」の世界を尋ねて』という本を出しましたけど、これは今後もずっと追い続けていく大きなテーマですね。これからも時々川の河口に行って何が見えてくるのかが楽しみですね。揚子江の河口なんかに行ったら凄いですよ。川幅が50キロもあるんですから」

●圧倒されちゃいますか?
「それはもう、東シナ海から日本海まで全部揚子江の水が覆っているんですから。揚子江の影響で日本海の水は太平洋の水に比べて塩気が甘いんですよ。それ位大きな規模の話になるんですよ」

●また色々な河口に立たれた時には改めてお土産話をもって番組にも来ていただいて、その都度お話をうかがいたいと思います。
「そうですね。私の夢はアマゾン川の河口を見ることなんですよ。今まで熱帯雨林の方ばかり見てきたでしょ。アマゾンの大西洋側にはどういう意味があるかということは誰も見ていないじゃないですか」

●それはいつ位に実現しそうですか?
「それは京都大学に『その研究をしたらどうですか?』って今言おうとしているんですけどね(笑)」

●そう言って一緒に畠山さんも行くと(笑)。
「そうです(笑)。汽水人もアマゾン川の河口に行くことになるかもしれないですね」

●「汽水人アマゾン川に立つ! 」。この夢が叶ったときは是非、その時の話を聞かせて下さいね。
「四大文明の川の河口にも是非行ってみたいと思っているんですけどね」

●いっぱい行きたい所、行かなくてはならない所がありますね。
「世界中に凄い川がありますからね」

●じゃあ『日本〈汽水〉紀行』が『世界〈汽水〉紀行』となって新たなる本が出るのを待ちたいと思います。今日はどうもありがとうございました。

■ I N F O R M A T I O N ■
■『日本<汽水>紀行〜「森は海の恋人」の世界を尋ねて
 文藝春秋/本体価格1,714円
 気仙沼の漁師さん、畠山さんの最新刊で雑誌「諸君!」に連載していた紀行文をまとめたものになっています。漁師さんならではの視点、また畠山さんならではの視点で書かれた本です。


最初に戻る ON AIR曲目へ
ゲストトークのリストへ
ザ・フリントストーンのホームへ

photos Copyright (C) 1992-2003 Kenji Kurihara All Rights Reserved.