2004.09.19放送

獣医・野澤延行さんのネコ物語


今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは野澤延行さんです。

 東京は西日暮里にある「動物・野澤クリニック」の獣医さん「野澤延行」さんは、病院に近い谷中の野良猫問題にも取り組んでいます。もともと猫好きなこともあって、先頃「ネコと暮らせば〜下町獣医の育猫手帳」という本を出しました。猫に関することならなんでも載っている内容の濃い同書をもとに、「野澤」さんの猫に対する熱いトークをお送りします。

◎猫は顔を洗っているわけではない
●ご無沙汰です。もう10年ぶりくらいになるんですね。
「そうなりますね。モンゴルへ行ったのが、88年、89年、91年、92年の頃でしたからね」(*野澤さんは94年に「獣医さんのモンゴル騎行」を出版)

●そんな野澤さんが、今年の6月に集英社から「ネコと暮らせば〜下町獣医の育猫手帳」という本を出されているんですけど、私、犬はずっと飼っているんですけど猫はあまり知らなかったので、本を読んで「へぇ〜、猫ってそういうやつらだったんだ」って分かったんです。
「犬には飼うルールが色々あると思うんですけど、猫には飼い方のルールっていうのはあまりないんですよ。だから、どういう飼い方をしろって言われても、こうだっていう答えはないわけ。犬だったらしつけとか散歩の関わり方、問題が起きたときの対処とか色々あるけど、猫に関してはあまりルールがないの。ルールがないのに本を書けって言われて作り始めたときには大変だったけど(笑)、書き始めて自分にある経験を色々書き込んでいるうちに、『あっ、こういうことだったんだなぁ』っていうのがまとまってきたんですね。それが面白かったです。色々な角度から猫を見ることが出来て、すごく勉強になりましたね」

●猫をあまり知らない私が、この本を読んで生まれた疑問点や感動した点を色々とぶつけていきたいと思うんですけど、まず、獲物を飼い主の元へ持ってくるっていうじゃないですか。
「その辺も定番の話で、決して問題な行動ではなく猫にしてみれば正常な行動なんです」

●私は、それを自慢しに来る行動だと思っていたんですよ。でも実は、飼い主に獲物を与えてあげる親心的な部分もあるっていうことなんですよね?
「そうなんですよ。大概みなさん仰天するわけですよ(笑)。その獲物をビックリして放り出すとまた取ってくるわけですよ。だから、よく言われちゃっていることなんだけど、それを誉めてあげろというわけですよ。とても難しい注文なんだけど、誉めてあげろと。これも、色々な種類を持ってくるんですよ。虫から爬虫類から魚類から、すごいのになるとヘビに巻き付かれたとかね(笑)。あと野うさぎね。ハクビシンくらいだと逆に手負い傷を負って帰ってくるとかね。都会じゃせいぜいネズミでしょう。あと昆虫くらいかな。色々なものを持ってきますよね」

●でも、それを誉めてあげなくちゃならないんですよね?
「そういう風に言いますよ。でも、僕自身ウチの猫が持ってきたときは誉めませんね(笑)。『びっくりした。あぁ、またか』でね。こんなのもいるんだと思って逆に感心しますよ(笑)」

●(笑)。じゃあ、猫が顔を洗うと雨が降るっていうのはどうなんですか?
「僕は全くその通りだと思うんです。僕も小さいときに家で『あっ猫が顔を洗ってる!』って見たこともありますし(笑)、田舎に行くと近所の猫が顔を洗っていて、それを見ておじいさんが『もうすぐ雨が降るぞー』って言うんです。子供心に見ているとそういう風に見えるんですよね。でも、決してそんなことはないわけですよ(笑)」

●えっ!? 雨が降る前に顔を洗っているわけではない?
「顔を洗っているわけじゃない。体の手入れなんですよ。要するにグルーミングですよ。自分で飼っている猫を毎日見ていると、晴れの日もあるわけですよ(笑)。もちろんそれは違うんだと。でも、お年寄りが今でもそういう風に言われているのは、全くあてがない事じゃないと思うのね。湿度とかを先に感じて、空気中の埃がついてグルーミングをしているんだと思うんですけど、実はこれ地方によって全然違うんですよ」

●そうなんですか?
「中国へ行くと来客の表し。モンゴルもそう。これ、昔からの農業に関係していると思うんですよ。猫が顔を洗うと雨が降るというのは、一部の特有のことだと思うんですよね。だからといって、大人になって『これは全部違うんだ』と、科学的に解釈してしまうのは私は好きじゃないんですよ。今でも私、子供に教えますよ。雨が降るんだと(笑)。あるいは吉兆の表れだとかね。来客が来るって僕は言いますね」

◎猫が戻ってくるおまじない
●先生の本には目からウロコの話が満載で、これも本の中に書いてあったんですけど、猫がいなくなっちゃったときに唱えるといいおまじないがあるそうですね?
「よく使うのが、在原行平(ありわらのゆきひら)の百人一首の和歌の一句の『たち別れ いなばの山の 峰に生ふる まつとし聞かば いま帰り来む』という句なんですけど、これを書いて玄関に貼っておくんです。あるいは逆さにして貼るとかね。そうすると、戻ってくるっていわれているんですよ」

●本当に戻ってくるんですか?
「本当に戻ってくるんです。私もやったし、色々な人にも教えましたし、逆に教えられることもあるんですよ。割と共通しているんですよ。だから、これをおばあちゃんなんかに聞くと、結構みんな知っているんですよね」

●ということは、古くからやっているんですね。
「そう。古くからこれがあるんですよ。内田百間(うちだひゃっけん)は食べていた食器を乗せてお灸をすえるいう方法をとっていたそうです。おまじないとはいいますけど、その人の気持ちを落ち着かせる方法としてはすごくいいと思うんですよね」

●要するに、猫が戻ってくるとか戻ってこない以前に、飼い主さんが落ち着くにはいいということなんですね。
「必ずパニックになるんですよ。大事なものがいなくなると物凄く心配でご飯も食べられない、仕事も出来ない、何も手に着かないという状態の時に1回こういうことで気持ちを落ち着かせるということで、冷静になって見つけることが出来る。その時間を稼ぐことが出来るんですよね。見つかるまで2時間〜3時間かかりますよ。その間に冷静になることで、見つけることが出来るんです。こっちから見つけることも出来るし、戻ってきてくれることもあります」

●でも、最近猫の室内飼いってよく聞くじゃないですか。以前、タクシーの運転手さんが「都会の猫は昔と違って危険が多すぎるから、室内飼いをして管理をしてあげないとかわいそうだと思いますよ」と言っていたことがあったんですよ。
「猫の室内飼いについては、20年ほど前に東京都の獣医師会の方でそういう意見が出たことがあって、未だに実現化していないんですよ。あるいは、犬と同様に登録制にしようという意見もあったりして、その頃から問題があったんですね。未だにそれが出来ずにいます。
 でも、最近になって『猫は室内飼いにしましょう』と、環境省が奨励し始めたんですよ。各家庭でも、ひもをつけて散歩をするという人が現れて、大変いい光景だと思いがちだけども、僕に言わせればナンセンスですよ。とんでもないですよ。猫にしてみたら、今やっていることは全部人間の都合ですよ。野生の動物がたまたま人間の生活に共存しようとしている。非常に野性味を持った生き物だから、それを強引に人間の生活に合わせるのは無茶だと思う。猫自身が外へ行ったり、外に興味を持ったりしているわけですから、それを閉じ込めておくというのは、果たして『そこまでして飼うのかよ!?』ということだよね。だから、猫にひもをつけて歩いている人がいたとしても、たまたまその猫はうまく歩けているかもしれないけど、一般的には不可能だよね。パニックになってひもが絡まったりとか、どこかの垣根に入っちゃうとかね。自動車が横を通っただけでパニックになるし、無理だ。犬のようにうまく歩けないもの」

●本によると、室内で人間の気温に合わせて猫を飼っていると、シーズン・オフに発情するケースもあるそうですね?
「これは日照時間が関係しているんですよ。発情というのは日照時間が菊と反対だよね。菊は日が短くなると咲くっていう。猫も含めた一般的な動物はそうなんですけど、日が長くなるころ、春先に発情期が来るんです。春先から夏にかけて発情期が2〜3回来るわけですよね。そういった生き物なんですよ。夜中まで電気をつけている人がいますよね。要するに、日照時間が延びたと思って、年間を通して発情してしまうということなんですね。一見、発情するというのは元気があってよさそうに思えるけど、何度も何度も来たら、内分泌のバランスを崩していますからね。これはいいことじゃないです。もう少し分かりやすく言うと、菊の花が年間通して何度も咲いていたら弱ってきますよ。ですから、内分泌系を常に刺激しているということは、年に何度かしか発達しないような臓器を分泌させ続けるわけですから、いい影響はないですよね」

◎野良猫の餌問題
●本にも書かれている野良猫問題というのがあって、以前、ARK(アーク)という関西の動物保護団体の代表を務めるエリザベス・オリバーさんとお話をしていたときに、野良犬が減ると野良猫が増える。野良猫が減るとネズミが増える。というお話を伺ったことがあるんですが、これについてはどう思いますか?
「野良猫が減ったらネズミが増えるというのは間違いないでしょうね。例えば、モンゴルの草原に1軒で住んでいると、ネズミがどこからか入ってくるんですよ。草原にネズミはたくさんいますから。だから猫を飼うんですよ。で、もちろん全部いなくなる。大きな町になっても同じことで、猫が減ればネズミが増えるのはごもっともだと思うんですよ。ただ、それと並行して考えなければいけないのが、同時に野鳥もとると思うの。いくら狩りの習性があるといっても、生態系に入り込んでいますよね。野生のものをとってきているわけですから。それを考えると、外に出しっぱなしにしておくっていうのはどうかと思うんですよ。そういう複雑なところまで考えるようになっちゃいますよね」

●あと、よく公園に「猫に餌をやらないで下さい」という看板が立っている一方で、茂みの奥の方にはタッパーが置いてあったり、定期的に餌をあげている人達もいるみたいですけど、あれはどうなんですか?
「そういうのは今、全国的みたいね。それについては僕、20年来ずっと考えてきているんですよ。だけど、答えがないっていうのが答えなんです。で、うかつなことが言えないです。でも、これは敢えて反発買うのを承知で言いますけど、あれはいかんですよ。飼うならしっかり飼えっていうことですね。で、飼うとは何かというと責任を持つことですよ。自己責任。誰も飼い主ではないというのは間違っていますよね。例えば、日本には野犬がいません。これはなぜかというと狂犬病予防法で、狂犬病を撲滅するために野犬を放さない。そういうところから来ているんですよ。全部捕獲してしまう。日本でいつ狂犬病が発生してもおかしくないんですよ。狂犬病っていうのは全て哺乳類に感染しますからね。猫にも感染するわけですよ。そうなると、問題なのがなにか1件発生したら『野生の野良猫は危ない』っていう風になるわけですよ。僕は、これは飼い主さんや獣医の責任ではなくて、公衆衛生上の問題だと思う。ですから、これに行政が入ってキッチリ法整備をしないと、野犬と同じように、なにかどこかで反動が来るのは間違いないと思う。ですから、猫に餌をあげている人達は『いいことしてる』『かわいそうだから』と、慈善事業のようにしてやるわけですよね。確かに餌をあげるっていうことは悪くないんですよ。困っていてかわいそうなものに手を差し伸べるっていうのはいいんですけど、もっと責任を感じてほしいんですね。猫のエイズとか他のウィルスの感染症を他の猫に移すわけですから。それも考えると、ただやればいいという風に思わないでほしい。そして、法の整備をしていかなければならないと思います」

●日本には昔から地域猫という、地域の住民達がみんなで放浪する猫に餌をあげたりとか、町ぐるみで飼っていたりとかしますよね。
「エイミーさん、地域猫っていう言葉をいつ頃から聞きました?」

●私、もちろん野澤先生の本で(笑)。
「あ、そうですか!(笑)僕が聞き始めてから10年経っていないと思う。地域猫っていう単語は10年くらいだと思う」

●でも、昔からみんなで飼うっていうのはあるじゃないですか。
「ただ、みんなが組織化してそれをやるっていうことはなかった。地域猫っていう言葉がここ10年くらいで出来て、あたかもいいものであるかのような錯覚を起こしてしまうのね。これは、キッチリもう1回見直してほしいと思います。それによってどういうことが起きてくるか。隣近所に迷惑をかけているっていうことも忘れちゃいけないですね。嫌いな人も同じくらいいるわけですよ。困っている人もいるわけです。でも、言えないんですよね。保健所も手を出せないと。『私達、地域猫の世話をして、いいことをしているんだ』ではなくて、野良猫ですよ。野良猫を外で飼っているんですよ。どこかで一時的に餌をあげるとかそういうことではなくて、そこで飼っているわけですから、しっかり責任をもって自分の家で飼う。もう少し現実を分かってほしいなと思いますね。最後に迷惑がかかるのは猫ですからね。だから、先ほど言った環境省の室内飼いの奨励っていっても曖昧ですよね。とはいうものの、野良猫をカバーする法は何もないんですよね。これは非常に矛盾しているので、もう少しキッチリ猫に対して目を向けてほしいと思います」

◎正しく理解して、長くつき合おう
●最後になりましたけども、この本をこういう形でまとめようと思ったキッカケや、伝えたいことを教えて下さい。
「間違いだらけだということですね(笑)。私自身、そんなに偉そうなことは言えませんけど、もっと気楽に接してほしいと思う。これは猫や動物に限ったことではなくて、毎日のことですから、もっと気楽に自然体の生活を送りながら、楽な方法で飼えばいいと思う。ただ、キッカケが思いつきで飼うとか、押し付けられて飼うとか義務になってほしくないと思うのね。自分自身はいいかも知れないけど、猫がかわいそうだしね。あと、飼う以上は正しく飼ってほしいと思う。それに、あまり間違ったことはしてほしくない。細かいことになると、体を洗いすぎてほしくないとかね。生魚ばかりあげないとか。栄養のバランスを考えて色々な食材を与えるのがいいと思う。簡単に言うとキャット・フードになってしまうんですけど。あと、よそ様に迷惑をかけない。今どき、都会ではよその家にあがっていってしまうのは嫌われますから。保健所にも物凄い数の苦情が来ているんですよね。色々な苦情ですよ。野良猫の苦情もあるし。よその家に行くとか色々な問題があるので、よそ様に迷惑をかけない。あと、猫自身の衛生管理を考えるということですね。あとは、経済的に余裕がなくては飼っちゃダメですよ。それと、もっと厳しい言い方をすると、スペースがなければ飼わないほうがいいと思う」

●生き物のことだから、自分勝手の“その時”だけではなくて、その相手が『この人の家で一生涯生きていてよかったな』って思えるように生活するべきですよね。
「それが全てじゃないかなぁ。お互いにいい出会いだったなって思えれば、それが一番いいですよね。猫って飼っていて実に楽しいんですよ。犬とは全然違うので、よくなついてきてくれるというのとは違うのかもしれませんが、猫も猫なりに飼い主になついているんですよ。よく理解してくれているんですよ。猫とは単独を好み、狩りもするし、人にはあまりベタベタいかないという習性を分かって、正しく理解してほしいということです。10数年つき合うわけですから。長くつき合えるんじゃないですか。
 ところで、エイミーさんは公園でお腹を空かせている猫を見かけて、『にゃーん』って鳴かれたらどうする? 見て、挨拶してそのまま帰れそうですか?」

●ええ、それはもう。「ウスッ!」って言って。
「そうですか。何でもかんでも餌をあげて、かわいそうかわいそうってやらない。これは、かわいそうなのとは違いますから。それもまた優しさですよ」

●餌をあげたくなったら、ちゃんと家に連れて帰るところまでいきたいと思います。
「そうです! それが自己責任の飼い方ですよ」

●分かりました。その辺を心して野良猫達と接していきたいと思います。
「町も共存して、飼い主も猫と共存する」

●今日はどうもありがとうございました。

■ I N F O R M A T I O N ■
■獣医「野澤延行」さんの『ネコと暮らせば〜下町獣医の育猫手帳』(集英社/定価735円)
 台東区谷中の墓地周辺にいる野良猫の避妊手術を行ない、野良猫を増やさない活動をなさっている東京・西日暮里にある「動物・野澤クリニック」の獣医さん「野澤延行」さんの新刊。野良猫問題や猫に関する興味深く、面白い話の他、猫の生態や食事、健康、病気に関することなども書かれているこの本は、これから猫を飼おうとしている方、すでに猫を飼っている方にもぜひオススメの1冊。

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