2011年3月20日

極地ランナー・赤坂剛史さんが走る極地マラソンの世界

 今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、赤坂剛史さんです。

赤坂剛史さん

 今回のゲストの赤坂剛史さんは、サラリーマンを続けながら、有給休暇を使って、サハラ砂漠や南極のマラソンに挑戦したランナーで、先頃、世界をフィールドに活躍する冒険者たちを対象にした「第2回ファウストA・G・アワード」の挑戦者賞を受賞されています。
 今夜はそんな赤坂さんに、厳しい自然環境の中で行なう過酷なマラソンについてお話をうかがいます。

 

“マラソンを通じてできた仲間”の影響で始めた極地マラソン

●今回のゲストは、“走る会社員”、極地ランナーの赤坂剛史さんです。よろしくお願いします。

「よろしくお願いします。」

●そもそも、なぜマラソンを始めたんですか?

「元々、僕にとってマラソンは、テレビの中の世界でしかなかったんですけど、マラソンをしている友達が『マラソンをやってみない?』って誘ってきたんです。『誘われてしまったから、まぁいいかな』っていう、軽い気持ちで参加しました。」

●初めて出場したマラソンは、どんなマラソンだったんですか?

「川口湖で行なわれた42.195キロのフルマラソンです。」

●軽い気持ちで始めたのに、いきなりフルマラソンだったんですか!?

「そうですね。その大会の三ヶ月前に誘われたので、『マラソンってどうやって走ればいいんだろう』と思い、誘われてすぐ本屋さんに行って、本を読みまくって、知識を頭の中に入れてトレーニングをしました。」

●結果は、完走したんですか?

「はい、完走しました。」

●すごいですね! 学生時代には何か運動とかしていたんですか?

「私は中学・高校ではテニスをしていて、大学ではパラグライダーをやりました。パラグライダーって、山に行って、そこから空を飛ぶんですけど、パラグライダーをするには、重い荷物を持って山に登らないといけないんですね。そのときに体力がついたような気がします。あと、僕はアルバイトでパラグライダーのインストラクターをしていたので、毎週のように山に行って、お客さんと一緒に走ったり、荷物を背負って登ったりとかしていました。そのときに登っていた山は“菅平高原”といって、標高が1,500メートルぐらいあるんですね。菅平高原は、標高が高いから、空気が薄いので、トレーニングに適しているということで、陸上選手のトレーニング施設があるんです。」

●高地トレーニングですか?

「そうです。僕はそういうところにずっといたので、自然と体が鍛えられていったんじゃないかと思います(笑)」

●(笑)。心肺機能は、そのときにかなりトレーニングされていたんですね。

「そうだと思いますね。下山すると、体が軽く感じましたね。」

●そういった基礎体力があったから、普通のフルマラソンでは物足りなくなってきて、極地マラソンに参加したんですか?

「初マラソンをしたときは、途中から足が痛くなってきて、しんどくなってきて『もう二度と走らない』と思いながらゴールをしました。だけど、マラソンを始めたときに、仲間が20人ぐらいいたんですね。マラソンは一人で走るものですけど、そういう仲間と一緒に練習をしたり、終わってからご飯を食べたりなどをして、すごく楽しかったんです。
 ゴールした後に、みんなで打ち上げをするんですけど、二度と走らないと思っていたんですが、みんなが『次はどこの大会に出る?』っていうぐらい、すごくポジティブなんですね。会社で仕事をしていて『次はどの仕事をしようか』って目を輝かせる人なんて会ったことないし、なかなかいないじゃないですか。そういう意味では、みんなすごく元気なんですよね。そうしたら、その仲間と一緒にいることが楽しくなってきて、元気をもらっていって、マラソンを続けていくようになっていきました。」

●その後、極地マラソンにしていくことになっていきましたけど、そのきっかけも、仲間の影響だったんですか?

「そうですね。これもまたご縁があるからだと思うんですが、フルマラソンをやって『マラソンって42.195キロが一番大変なんだ』と思っていたら、たまたま雑誌を見ていたら“100キロマラソン”とか“ウルトラマラソン”っていう言葉がでてきたんですよ(笑)。『なんだ、この世界は!?』って思いましたね。
 僕は学生時代にバックパッカーとして、一人旅をしていたこともあったんです。“知らない世界に行ってみる”というのが、僕の好奇心としてあったので、100キロマラソンやウルトラマラソンに興味がわいてきたんです。すると、ある大会で、100キロマラソンに出場したことがある人と出会ったんです。その人に、100キロマラソンのことを、つい聞いてしまったんですね(笑)。すると、『この大会がいいよ。この大会に出るためには、こういった練習方法がいいよ』と、親切に教えてくれました。

 走っている人はみんな、“嬉しい”とか“気持ちいい”という経験を共有したいし、伝えたいんですよね。その思いを受けて『すごく楽しそうじゃない!?』って思って、参加したのが100キロマラソンだったんです。100キロを走っていたら、今度は“極地マラソン”という存在を知って、そのマラソンに誘ってくれる友達がいたんですね。
 極地マラソンって、マラソンの要素の他に、旅の要素もあるんです。なので『旅行もできて、走ることができる。これはいいや!』と思って、かなり楽しみにして参加しました。」

途中の過程を楽しむのが大事

●赤坂さんは、極地マラソンの第一歩として、2008年にサハラマラソンに参加されていますが、このマラソンは、どういったレースなんですか?

「サハラマラソンは、モロッコにあるサハラ砂漠で行なわれる大会です。期間は七日間で、距離は約250キロです。今日は40キロ、明日は30キロと、一日で走る距離は決まっていて、その距離毎に、大会が用意してくれたキャンプサイトがあります。なので、ランナーはテントを持ちません。なので、毎晩寝るところはあります。その繰り返しで七日間走っていきます。その中で二日間だけ、80キロぐらいの距離があるところがあるので、そのときだけは夜中も走ります。
 レース中は、背中に背負ったバックパック一つで生活をしないといけないです。つまり、七日分の食料はバックパックに入っているし、防寒着も入れていきます。レース中に足とかを怪我するかもしれないので、治療道具も入れていきます。」

●普通のマラソンとは随分条件が違うんですね。

「アドベンチャー的な要素が強いですね。あと、砂漠ではサソリがでると聞いていたので、刺されても、すぐ毒が吸えるような注射器の逆のような物も用意していました。あと、砂漠を想像していただけると分かると思いますが、道なんてないですよね。なので、方位磁石を持って、道を探しながら走るんですけど、道がないところを走ると、道に迷いやすいんです。」

●そうですよね。道なき道を進んでいくんですから、迷いやすいですよね。

「なので、道に迷ってしまったときには辛いですね。なぜ、道に迷ったら辛いかというと、水がなくなる可能性があるからなんです。一応、マラソン大会なので、給水ポイントが10キロ毎にありまして、そこでペットボトルで水がもらえます。その水がなくならないように、次のチェックポイントに向かって、走っていくんですけど、道に迷うと、走る距離が長くなってしまうんですね。その分、時間や体力を消費していきます。そこで『水がなくなったら、どうしよう』というのが、一番怖いですね。」

●そういった大変な思いをして参加するサハラマラソンだと思うんですけど、“参加してよかった”と思うところってどんなところですか?

「人との出会いが、一番よかったところだと思っています。特に印象に残っているのが、マラソンを始めたときに、大学でパラグライダーをやっていた先輩で、アルバイト先の社長から『マラソンって何が楽しいと思う?』って聞かれて、僕は、ゴールすることが楽しみだと思っていました。」

●普通はそう思いますよね。

「ですが、その社長は『ゴールばかりが楽しみだと思っていたら、途中の過程は辛いものでしかないんじゃないか? その途中の過程を楽しくしないとゴールまで行けないんじゃないか』って言うんですね。今考えると、その社長はマラソンをしたことないのに、よくそんなこと言えたなって思うんですけどね(笑)。だから、マラソンをしているときも、その考えを持って走っていて、砂漠でのマラソンも同じようにして走っていたんですね。

赤坂剛史さん

 そのときは過程を楽しんでいたつもりだったんですけど、景色が素晴らしい山に登ったとき、ちょうど日が落ちていく直前ぐらいだったんですね。僕は『これはマズイ!』と思いながら焦っていたんです。すると、僕より二周りぐらい年上のドイツ人の選手が足を止めていて、なぜか僕に『そこの日本人、僕たちにはこんなにもたくさんの時間があって、こんなに素晴らしい景色があるのに、なぜそんなに慌てているんだ? もっとゆっくりしていけばいいじゃないか』って言うんですね。僕は『暗くなったら道に迷ってしまうじゃないか』って思ったんですけど、すぐ『ちょっと待てよ。もし道に迷ってしまっても、迷ったことを楽しめるようにしていけばいいんじゃないか。苦しかったら、その苦しみを楽しみに変えていけばいいんじゃないか』と思ったら、『そんなに慌てる必要もないな』と思いまして、そのドイツの選手と一緒に写真を撮ったり、地面に座って景色を見たりして、その瞬間を楽しみました。結局は、同じペースで走ることはできないので、途中で分かれてしまいました。 その後、日が暮れてしまいました。夜はヘッドライトを付けて走るんですが、ヘッドライトの電気が付かなかったんです! すると、後から来たカナダの選手が『どうした?』って声をかけてくれたんですね。『電気が付かない』って言ったら、『じゃあ一緒に走ろうよ』って言ってくれて、彼の電気を頼りに、一緒に走って、その日の夜は彼と一緒にゴールすることができました。その彼とは、日本に帰ってきてからもメールのやりとりをしていましたね。

 実は、彼と走っているときに『南極マラソンって知ってる?』っていう話をしていたんです! 走っているときは『変な大会があるよな』とか『絶対に行くわけないよな』とか言っていたんですけど、日本に帰ってきてから、彼とメールのやりとりをしていると、南極マラソンのホームページを発見したことを教えてくれたんです。そこで、実際に南極マラソンがあるということを知ったことで、『南極マラソンに行きたい』という気持ちになりました(笑)」

●そこから、南極マラソンへの挑戦が始まるんですね!

「そうですね。」

 

様々な“感謝”を感じた南極マラソン

●南極マラソンのこともうかがいたいんですけど、南極マラソンに参加するには、資格が必要なんですよね?

「そうですね。南極マラソンは誰でも参加できるわけではなくて、七日間で250キロ以上走る大会で、二つ以上完走しないといけないんです。南極マラソンを主催している団体が主催している大会があります。エジプトのサハラ砂漠で行なわれる“サハラマラソン”、チリの標高3,000メートル以上の高地にあるアタカマ砂漠で行なわれる“アタカマ砂漠マラソン”、あと中国のゴビ砂漠で行なわれる“ゴビ砂漠マラソン”、この三つのうち二つ以上を完走しないといけないです。」

●先日、南極マラソンの映像を見たんですけど、「こんなところを走るの!?」と思うような、一面真っ白な世界の中で、みなさん楽しそうに走っていたんですけど、実際に走ってみて、どうでしたか?

「まず、南極の景色が広がって『これが南極かぁ』って思いましたね。白い氷河が海の上に浮かんでいたり、遠くの方には雪山があって、青い世界と白い世界が入り混じった世界でしたね。上陸したら『長年の夢が実現した』と思って、すごく嬉しかったです。」

●走っていたときは、どうでしたか?

「楽しかったですね。寒いときはマイナス20度ぐらいになったので、ダウン・ジャケットを着て走ったりしていましたけど、普段の気温はそれほど寒くはなくて、0度ぐらいだったんです。雪が降ったときって、子供たちや犬って走り回りますよね。そんな感じの気分になって、本当楽しかったですね。雪まみれになって、靴の中に水が入って、冷たいときもあるんですが、走っている今をすごく楽しんでいましたね。」

●走っているときには、南極の自然をたくさん感じることができたんですか?

「そうですね。南極の自然って何があるかというと、雪と氷と海ぐらいなんですけど、そこにいるペンギンがすごく可愛いんですね! ヨチヨチと歩いて寄ってきたりして『お、僕に気があるのか!? でも、走らないといけないから、バイバイ』って思ったりしています(笑)」

●そんな近くに、生のペンギンがいるんですね!(笑)

「いますね(笑)。一応南極のルールで、自然保護のために、“ペンギンには5メートル以上近づいてはいけない”と決められているので、ペンギンが近づいてきたら逃げなきゃいけないんですね。そのぐらい、ペンギンが気さくに近づいてきていたように思いました。」

●南極を走るのって、普通の人にはできないと思うんですけど、途中で辛くなったり、苦しくなったときに、励みになったことってありましたか?

「南極に行くまでには、色々な人に応援してもらったんですね。妻や両親はもちろんのこと、仲間が応援してくれたり、カンパしてくれたりと、色々な方がスポンサーとなって、ウェア類や小物類を支給していただいたりと、色々と助けてもらったので、そういうときは、みなさんのことを思い出しました。そうすると、感謝の気持ちしかでてこないですよね。そうすると、どんなに苦しくても、全部受け入れられますね。また、自然環境はものすごく素晴らしいので、その自然に感謝をしたり、ボランティアとして参加してくださっているスタッフの方に感謝をしたり、そこに立っていることに喜びを感じたり、一緒に走っている仲間にも感謝をしたりしましたね。
 特に日本のマラソンだとそうなんですが、沿道に応援してくれる人がたくさんいますよね。なので、沿道の人たちからの応援で、元気になれますよね。でも、砂漠のマラソンにしても、南極のマラソンにしても、応援してくれる人っていないですよね。」

●ペンギンぐらいですよね(笑)。

「そうなんですよね(笑)。そうなると、選手同士で応援しあうんですよね。なので、スタート前に『次は○○のチェックポイントで会おう!』とか『今日無事到着できればいいな、頑張ろう!』みたいな声を掛け合います。スタート前やゴールした後、走っている最中でも、選手同士が仲間になって、応援団になって、一緒に走るんですね。そういう風に『仲間があそこで待っているから、頑張ろう。また、あいつに会って、色々話そう』という気持ちも、走る元気の一つになりました。」

 

極地マラソンを通じて得た“地球環境を守っていく”使命

●今まで、砂漠、南極と、様々な極地マラソンに参加されてきた赤坂さんですが、自然環境のことについて、思うことってありましたか?

「僕が砂漠を走ったときに思ったのが、『砂漠の中では、水がないと生きられないんだな』って思いました。あと、特に道に迷ったときに感じたんですけど、砂漠にも植物って結構生えているんですね。ただ、生えている植物って、日本に生えている植物のような、葉っぱの大きい植物じゃないんですね。松みたいなトゲトゲした葉っぱです。後で知ったことなんですけど、それは中の水分が蒸発しないように、植物が工夫して変化していったみたいなんですね。それを見て、『色々な苦しい状況でも、みんなアイディアを使って、工夫して生きているんだな』って学びました。
 あと、砂漠が増えていくと、『砂漠化だ! 温暖化だ!』といって、植物を植えるとかするのはすごくいいことだと思うんですけど、結局のところ、地球に対して何かをするということは、人間のエゴなんじゃないかって思いました。砂漠を拡大させるのもエゴだし、それを小さくするために努力するのもエゴだと思って、どっちもエゴじゃないかと思いました。ただ、自分が思った通りに突き進むというのが大事なんじゃないかって思いました。

赤坂剛史さん

 あと、南極のときなんですけど、南極マラソンのときには、僕の妻も応援に来てくれたんですね。南極大陸に行くためには、許可証の発行が必要なんです。最終的には、大陸に上陸できる手続きができたんですけど、その過程で、日本の環境省の方が対応してくれました。その手続きの際に、南極の方が、南極大陸の意味について『地球最古の自然が南極にはある。なので、そこを守っていかないといけないんです。そのためのルールなので、ちゃんと守ってほしい』と話してくれたんですね。そういうことを色々聞いて、南極に行ったんですけど、そこで感じたのは、本当に素晴らしい自然なんですね。なので、興味がある人には是非とも行ってほしいんですが、逆に、行ったからには、南極大陸を通じて、“地球環境を守っていく”ということを伝える使命を背負ったんじゃないかと思って、今では、今の南極大陸の状態を残していく努力をしていきたいと思いました。」

●是非、この番組を通じて、その想いを伝えていってください! というわけで、今回のゲストは、“走る会社員”、極地ランナーの赤坂剛史さんでした。ありがとうございました。

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 過酷な状況下でのサハラや南極のマラソンでも、共に戦う仲間の存在が大きな力になるんだと、改めて感じました。
 そしてどんなに辛いマラソンにも、必ずゴールはある!今回赤坂さんのお話に、たくさんの勇気を頂きました。

INFORMATION

赤坂剛史さん情報

 赤坂さんは自分のブログに活動の記録を残してらっしゃいます。タイトルは「走り方ならおまかせ! 世界で最も過酷なサハラマラソン・南極マラソンへの道! 赤坂のブログ」。 サハラや南極などのマラソンに出場したときの記録はもちろん、マラソンに役立つ情報もまとめて掲載。ランナーを目指す方には参考になるものばかりです。
 また、赤坂さんの出演情報や、ニュースで放映された南極マラソンの動画も見ることができます。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「JAVA DAWN / SHAKATAK」

M1. NO SURRENDER / BRUCE SPRINGSTEEN

M2. RUNNING ON EMPTY / JACKSON BROWNE

M3. MAN IN THE MIDDLE / BEE GEES

ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「UNDERSTANDING TO THE MAN / KOHARA」

M4. FIX YOU / COLDPLAY

M5. THANK U / ALANIS MORISETTE

M6. DESERT ROSE / STING

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」