2011年7月23日

バックパッカー・加藤則芳さんが半年かけて歩いた、
あこがれのロングトレイル“アパラチアン・トレイル”

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、加藤則芳さんです。

加藤則芳さん

 バックパッカー、そして作家の加藤則芳さんは、自然保護の父、または国立公園の父といわれるジョン・ミューアの研究家としても知られ、アメリカ式の自然保護や国立公園のシステムに造詣が深い方です。また、ジョンの功績を称えて名付けられた、アメリカ西海岸にあるロング・トレイル「ジョン・ミューア・トレイル」340キロを踏破され、その魅力も著作を通して日本に紹介。さらに、長野と新潟の県境にある「信越トレイル」の普及に尽力されるなど、日本にトレッキングとロング・トレイルの文化を広めてこられたアウトドア界の最重要人物でいらっしゃいます。
 そんな加藤さんが今月、平凡社から新刊「メインの森をめざして〜アパラチアン・トレイル3500キロを歩く」を出版されました。アパラチアン・トレイルはアメリカ東部にあり、ジョージア州からメイン州まで、14の州を貫くスーパー・ロング・トレイルです。加藤さんはそのアパラチアン・トレイル3,500キロを2005年に半年かけて踏破されています。
 今週はそんな加藤さんにアパラチアン・トレイルの旅について語っていただきます。

アパラチアン・トレイルは“聖地巡礼”

※アメリカには3つのスーパー・ロング・トレイルがあって、その一つが最も人気のあるアパラチアン・トレイル。山が低く、森が多いという特徴もあるそうですが、なぜ加藤さんは、そのトレイルを歩こうと思ったのでしょうか?

「私は、国内外の色々なトレイルを歩いてきましたけど、自分の中で歩きたいと思わせるトレイルには全て“テーマ性”が必要なんです。パシフィック・クレスト・トレイルやコンティネンタル・ディバイド・トレイルは、アパラチアン・トレイルよりも長いし、素晴らしい風景がいくつもあるんですね。でも私の中で、テーマ性を考えると、アパラチアン・トレイルだったんです。」

●どんなテーマだったんですか?

「アパラチアン・トレイルは標高が低いんですが、標高が低いということは、山麓に人がたくさん住んでいて、特にヨーロッパから移住してきた人が住んでいるということなんですよ。さらに、昔はネイティブ・アメリカンの人たちも住んでいたということで、そこには色々な歴史や文化が展開されていたんです。スコットランドやアイルランド、フランスなど、ヨーロッパの色々な国から移住してきていますけど、そういう人たちがそれぞれのコミュニティを作っているんですね。
 “西部開拓”という言葉が一般的に知られている中で、実は知られていないことがあるんですけど、それはみんな海岸沿いに住んでいて、段々西へと移動していきました。その移動中にあったのがアパラチアン山脈だったんです。まさに彼らにとって、立ちはだかった山脈でした。」

●彼らはもっと内陸に行きたかったけど、そこがあったから行けなかったというわけですね。

「そうなんです。なので、そこに人々が集まってきて、そこでコミュニティや社会を作っていったんですけど、段々と人数が増えていきました。すると、あるとき、オーバーフローを起こしたんです。そのオーバーフローがキッカケで、一気に西部開拓が始まったんです。」

●ということは、アメリカの歴史を感じられる場所なんですね。

「そうなんです。なので、ヨーロッパ系のアメリカ人にとってアパラチアン山脈、特に南部の方は“心のふるさと”のようなところなんです。ということで、アメリカ人のパックパッカーにとってこのトレイルは“聖地巡礼”の意味があるんですね。それから、歴史的な観点から見ると、南北戦争がありましたよね? その南北戦争の戦跡のほとんどは、この山麓に集中しているんです。そういった様々な事柄が、私は昔から興味があったんですね。
 アメリカの政治の歴史を考えたら、このエリアを外すことができないんです。このエリアには、アメリカの中で最も保守的な人たちが住んでいるんです。私が歩いた2005年はブッシュ大統領の時代で、彼らを支えた人たちが、このエリアに住んでいるんです。アメリカの政治・経済・宗教を考えたときにも南部アパラチアン・エリアは、すごく重要なエリアなんですね。」

●加藤さんにとっては、行かざるを得ない場所だったんですね。加藤さんはアパラチアン・トレイルを半年間かけて踏破されましたが、その行程はどのようなものだったんですか?

「期間は人それぞれで違ってきて、早い人では3ヶ月半〜4ヶ月ぐらいで歩き終えてしまいます。僕の場合は187日間かけて歩きました。方角的には、南から北に向かって行きました。ここを歩く人の9割以上は南から北に向かって歩きます。それを“ノースバウンディング”と言って、それをする人を“ノースバウンダー”といいます。その逆は“サウスバウンディング”、“サウスバウンダー”といいますが、なぜ南から行く人が多いかというと、一番北にあるメイン州は、緯度が非常に高いので、秋から春にかけて、氷や雪の世界になるので、非常に厳しいエリアなんです。例えば、4月・5月ぐらいに出発しようとしたら、雪がまだ残っていますし、場所によっては氷も残っています。
 それと、湿地帯が多いので、雪解けの湿地帯は最悪な状態なんです。湿地帯は木道がたくさんあるんですが、木道が水浸しになっていますし、それ以上に、英語で“バグ”っていいますけど、ハエや蚊といった虫が多いんです。“人型”って分かりますか? 人が歩いているところを後ろから見ると、蚊がその人の形になってまとわりついているんです(笑)」

●それは、想像しただけでも嫌ですね(笑)。

「それが厳しいので、南から北に歩いていきます。また、秋のメイン州はものすごく美しいし、虫がいないんですよ。」

●その美しいメイン州を目指すコースだったというわけですね。

「特に僕の場合は、そういう意味合い以上に、“メイン州を目指す”という大きな目的があったんです。今回の本のタイトルが“メインの森を目指して”となっているんですけど、単にメインの森を目指しているだけではなくて、『森の生活』を書いたヘンリー・デヴィット・ソローという有名が作家がいるんですが、その人が『The Maine Woods(メインの森)』という本を書いているんですね。それを私は大学のときに読みました。私がアメリカの自然を初めて知ったのが、この本なんです。そして、ソローとソロー世界観を知ったのもこの本で、その本のフィールドが自分が目指しているところだったんです。
 最終地点がマウント・カタリンという山なんですけど、ヘンリー・デヴィット・ソローの『The Maine Woods』の中にも書かれていることなんですが、ソローが1846年にカタリンに登っているんですよ。というわけで、原点回帰といったようなことを含めたタイトルであり、僕にとってのノースバウンティングなんです。」

一本のコーラで、心が通い合う

※アメリカ東部を南北に縦断するバックパッカー憧れの聖地、アパラチアン・トレイルには、アパラチアンだからこその特徴があるそうです。

「アパラチアン・トレイルの一番大きな特徴の一つに、アパラチアン・トレイル自体が一つの文化になっていると言っていいほどのもので、アパラチアン用語みたいなものがたくさんあるんですよ。その中で一番有名なのは、トレイル・エンジェルです。これは、アパラチアン山脈の山麓に住んでいる人にとって、アパラチアン・トレイルって“誇り”なんですね。世界で一番有名なトレイルが自分のふるさとにあるということなので、そこを歩く人のことを尊敬してくれるんです。そして、歩く人たちを支えようとしてくれるんです。
 例えば、トレイルを歩いていると、林道だったり、インターステート・ハイウェイだったり、色々な道と交差していくんですけど、林道が近づいてきたら、たまにクーラーボックスが置いてあって、開けると、コーラなどの炭酸飲料が入っているんです。それは、地元の人たちがバックパッカーのために無料で置いていってくれるんです。だから、私たちはそういう人たちのことを“トレイル・エンジェル”と呼んでいます。そして、そのクーラーボックスのことを“トレイル・マジック”と言っています。まさに、そこにクーラーボックスがあったらマジックですからね。非常に厳しいところを歩いている人間にとって、コーラがあったら、それ以上嬉しいことはないんです。そこでもう一つすごいことがあって、バックパッカーは喉が渇いているので、水に加えて甘みのある炭酸飲料は二本でも三本でも飲めちゃうんですが、一本だけで我慢するんです。それは、後から来るバックパッカーのために一本だけで我慢するんです。つまり、これはバックパッカー同士の心の通い合いができてくるんですね。

 これは、距離が長ければ長いほどその流れができてくるんです。例えば、歩き始めて300キロぐらいで、他のバックパッカーと会ったら『どこから来たんだ? 頑張っていこうぜ! どこかでまた会うかもしれないな』といった感じでコミュニケーションを取るんですね。そして、そのバックパッカーに1,000キロの地点で再開したら『また会ったね! 今度降りたら、一緒に食事でもしようか』みたいな感じで親しくなるんです。そしてそのバックパッカーと3,000キロの地点で再開したら、抱き合って涙を流しあいます。なぜそうなるかというと、心が通い合っているからなんですね。3,000キロを歩いて、どれだけの想いをしたかという自分の気持ちが、彼の気持ちを鑑みるんです。」

●まさに運命共同体のような感じがして、いいですね。

「そういう世界ができてくるんですね。」

●また、バックパッカー同士では、トレイルネームで呼び合うそうですね。

「これもアパラチアン文化だといっていいと思います。それぞれの本来の名前を呼ぶよりも、アパラチアンにいる想いを共有している仲間たちで使う名前で呼び合うことで、仲間意識がより強くなってくるんです。ちなみに僕は“ジャッカ・ルー”でした。」

●どういう意味があるんですか?

「これもストーリーがあるんですけど、元々は“ホイッスリング・ジャックラビット”というトレイルネームを、ミシガン州に住んでいるアメリカ人の女性からもらったんですね。ホイッスリングは“口笛を吹く”という意味で、ジャックラビットというのは、アメリカで一番大きくて、一番足の速いウサギなんですね。僕は、気分がいいときは口笛を吹きながら、速く歩くんですね。その様子からホイッスリング・ジャックラビットという名前を付けてくれたんです。
 アパラチアンを歩く前にジョージア州にある友人のところに食料を届けにいったんですけど、その友人が「すごくいいトレイルネームだね。でも、トレイルネームは呼び合う名前だ。呼び合うには長すぎる」って言ったんですね。」

●たしかに、ちょっと長いですよね。

「『ちょっと短くしようよ』って彼が付けてくれたのが“ジャッカ・ルー”だったんです。」

●なんかカッコいいですね!

「これにも意味があるんですよ。オーストラリア語で“放浪”とか“カウボーイ”といった人たちのことをジャッカ・ルーと呼ぶんです。だから、放浪者という意味合いと、ホイッスリング・ジャックラビットを省略した名前なんです。」

歩くこと自体が人生みたいになっていった

加藤則芳さん
加藤さんが手にしているのは、アパラチアン・トレイル3,500キロを
踏破したハイカーに授与される証明書と、
スルーハイクの証し「2,000 MILER」のワッペン!

※アメリカの東部にあるスーパー・ロング・トレイル「アパラチアン・トレイル」3,500キロを、2005年に半年かけて踏破された加藤さんは、ゴールのメイン州マウント・カタディンが近づくにつれて、こんな思いが胸に迫ってきたそうです。

「メイン州に入ってからは、日々、寂しさが募ってきたんです。これはどういうことかというと、半年間一人で歩いてきましたけど、たくさんのバックパッカーの仲間ができて、心の通い合いができてきたんです。それによって、アパラチアン・トレイルのバックパッカーの仲間たちとの一つのコミュニティができたんですよね。そこを毎日歩くということは、その歩き自体が人生みたいになってきたんですね。
 例えば、3,500キロのうち3,000キロを歩いたとしたら、『ここまで歩いてきた』という気持ちがでてくるんですけど、それ以上に『あと500キロしかないんだ』っていう想いがでてくるんですね。それまで3,000キロを歩いた人間にしてみたら、500キロなんて手の届く距離になってくるんですよ。でも、500キロって、東京から京都ぐらいまでの距離なんです。しかも、国道みたいな整備された道を歩くわけではないんです。毎日山を越えて、東京から京都まで歩く距離が500キロなんですが、それでも3,000キロを歩いた人間にとって、500キロは手の届く距離なんです。なので、段々寂しさが募ってきたんです。それは僕だけではなくて、時には一緒に歩いた仲間たちも全く同じ気持ちになっているのが、背中を見ると分かるんですよね。

 そして、187日目に到達したんですけど、到達したときの達成感は、ものすごく大きなものがありました。これは、私が常に言うんですけど、例えば、オリンピックで金メダルを獲ることができる人は、本当に一部の長けた人ですよね。また、エベレストの山頂に到達できる人も一部の選ばれた人ですよね。アパラチアン・トレイルは高さではなく、長さのトレイルですし、標高も低いんです。そういう意味では、到達できるのは限られてきますけれど、誰でもチャレンジできるんですよね。最初は無理だと思っていた人もできてしまったりするんですが、3,500キロを歩いたときの達成感というのは、エベレストの山頂に到達したときと、金メダルを獲ったときの達成感と変わらないんですよ。ロングトレイルの素晴らしさは、そういうフィールドを提供しているということになるんです。この達成感を得るということは、その人の人生において、人間的な成長も含めて、ものすごく意味があると思うんですよね。」

●今振り返ってみて、2005年の4月から10月までかけて歩いたアパラチアン・トレイル3,500キロという距離が、加藤さんに何をもたらしましたか?

「国内外にある様々なトレイルを歩いてきましたけど、3,500キロという距離は初めての経験でした。そして、私自身、元々、原生自然が好きなんですね。その原生自然の中に、一人でいることが好きで、そういうところを歩いてきました。アパラチアン・トレイルがそういうところだと知っていて、テーマ性があったから入ったんですけど、このトレイルは自然の中にあるので、ネイチャー・トレイルではあるんですけど、歩き終えて、ソーシャル・トレイルだと感じました。そのトレイルの中では、独特の社会ができているんですよね。
 私は、人があまり好きじゃないと思っていたんですが、本当はとても好きだったということを、このトレイルで感じました。今までそういう風に感じていなかったわけではなかったんですけど、改めて『私は人が好きなんだ』ということを、ここを歩いて確認しましたね。」

(この他の加藤則芳さんのインタビューもご覧下さい)

 

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 実は、加藤さんはご自身のブログや著書のあとがきなどでも公表されていますが、現在「筋萎縮性側索硬化症」という、徐々に筋力が衰えてしまう難病と闘ってらっしゃっており、既に車椅子での生活を余儀なくされています。しかし、そんな中でも私たち取材陣がお邪魔をすると、温かい笑顔で迎えて下さって、逆にこちらが元気を貰いました。実際にその場にいって、そこで感じた事を書くという、加藤さんらしいスタイルの著作は、今作が最後になってしまうかと思いますが、加藤さん想いがたくさん詰まった「メインの森を目指して〜アパラチアン・トレイル3500kmを歩く〜」を是非みなさん読んで下さい。

INFORMATION

加藤則芳さん情報

「メインの森をめざして〜アパラチアン・トレイル3500キロを歩く〜」

新刊「メインの森をめざして〜アパラチアン・トレイル3500キロを歩く〜」

 平凡社/定価2,940円
 バックパッカー・加藤則芳さんが2005年に半年かけて歩いた旅の記録が書かれたドキュメンタリー作品。3,500キロという途方もない距離を、バックパックを背負って歩く旅とはどういったものだったのか。そして、先々で起こるハプニングや体調のトラブル、同じ目的を共有する旅人たちとの出会い、そして感動的な風景など、読み進んでいくうちに、加藤さんが体験してきた旅を、疑似体験できる、素晴らしい紀行文です。
 そして、この本のあとがきにも書かれていますが、加藤さんのスタイルによる本格的なドキュメンタリー作品としては最後の作品となります。大変貴重な一冊ですので、是非とも読んでみてください。

「ロングトレイルという冒険〜歩く旅こそぼくの人生〜」

「ロングトレイルという冒険〜歩く旅こそぼくの人生〜」

 技術評論社/定価1,659円
 今月末に発売されるこの本は、ドキュメンタリー作品ではありませんが、加藤さんのこれまでの人生を垣間見ることができる一冊となっています。

オフィシャルサイト&ブログ

 加藤さんはブログ形式のオフィシャルサイトをやっていらっしゃいます。ご病気の中、思いが伝わってくる内容となっています。
 また、加藤さんの日々の活動等は、奥様がやっていらっしゃるブログにて公開されています。どちらも是非とも見てみてください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. HOW LONG / EAGLES

M2. GIRLS IN THEIR SUMMER CLOTHES / BRUCE SPRINGSTEEN

M3. SUNSHINE ON MY SHOULDERS / JOHN DENBER

M4. JACK RABBIT / ELTON JOHN

M5. WALKING MAN / JAMES TAYLOR

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」