2014年8月16日

南極の湖底に“緑の森”!?

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、田邊優貴子さんです。

田邊優貴子さん

 早稲田大学高等研究所の極地研究者・田邊優貴子さんは、これまでに南極と北極にそれぞれ3回訪れ、厳しい環境の中に生きる植物などの生態を調査・研究されています。また、これまでの極地での活動や旅、生き方をまとめた『すてきな地球の果て』というフォト&エッセイを昨年出されています。今回はそんな田邊さんに、南極の湖の底に生息する生き物のお話などうかがいます。

“感動”に理由なんていらない!

●今回のゲストは、夏には北極、冬には南極、春と秋には東京で生活をされている極地研究者の田邊優貴子さんです。よろしくお願いします。

「よろしくお願いします」

●田邊さんが極地に惹かれたキッカケは何だったんですか?

「今思えばというところもあるんですが、小学校の低学年のとき、家に帰ってテレビをつけたら、アラスカやシベリア辺りの自然映像が偶然流れていたんですね。オーロラや氷河、野生動物などの映像を見て『なんて世界があるんだろう!』って、子供ながらにワクワクしたのがキッカケです。それから、よく分からないんですけど、北に対する憧れがずっとあって。青森に生まれ育ったんですが、高校のときには北海道に憧れていました。高校2年の冬に学校を1週間サボって、サロマ湖と知床にキャンプをしに行きました(笑)。そして、受験シーズンに入る高校3年の夏にも学校をサボって、青春18きっぷを買って、青森から利尻島まで野宿の旅をやりました(笑)」

●(笑)。どうでしたか?

「『自由だー!』っていう気がして楽しかったですね! そして、大学入って3年間は旅ばっかりしていたんですが、大学4年のときに『このままの道を行ってしまってはいけないな』という気がして、ずっと憧れていたアラスカに行くことにしました。その冬に出発して、しばらく向こうで滞在していました。アラスカは思っていた以上に広がりのある世界で、肺も凍ってしまうんじゃないかというぐらい寒かったですが、同時に凛とした感じがして、感激しました」

●そこから復学をして、研究員としての道を進まれたんですよね?

「そうですね。“研究者になりたい”という想いは小さいときからあって、そのときは天文学者になりたいという想いがありました。ですが、大学でやっていたのが工学部にいたこともあって、DNAとかタンパク質などを使って、人工の光合成システムを作るという、今では花形の分野を研究していました。そういう実験をしながら窓の外を眺めたら、夕陽が沈んで空がキレイなオレンジ色に染まると『今、アラスカのあの白い山もこんな感じでキレイに輝いているのかな』って思ったり、夜になると『今頃オーロラが出てるのかな?』って、いつの間にか考えるようになってしまったので、大学院の途中で再びアラスカに行くことにして、夏のアラスカに行きました」

●2回目のアラスカはどうでしたか?

「冬と違って、カリブーやハクトウワシ、アザラシなど色々な動物が煌いていて、植物も生い茂っていて、花もたくさん咲いていて、生命が溢れているような世界で驚きました。夏から秋にかけて滞在したんですが、夏には緑だった植物が気温が下がっていくにつれて、すぐ真っ赤に染まっていくんですね。そのぐらい急激に変化していく生き物の様子と、雪が降ると耐える冬を過ごすので、短い夏の間の生き物の命の輝きを感じて、『こういう研究をしたい』と、そのときに思いました」

●そんなダイナミックな変化を見てしまったら、惹かれちゃいますよね。

「そうなんです。『世界ってなんて広いんだろう』っていつも見ながら思いました。理由もない感動がひたすら押し寄せてくるというのが、私にとって驚きで、『本当に感動するときって、むしろ理由なんてないんだな』って感じたことが、私にとって大きかったですね」

南極の湖に“森”!?

※田邊さんは南極でどのようなテーマの研究をされているのでしょうか?

「“湖”をテーマに、湖の環境とそこに生きている植物を研究しています」

●フォト・エッセイ『すてきな地球の果て』を読んで驚いたんですが、南極に湖があるんですね!

「そうなんです。大体、真っ白で氷に覆われたような湖だと思われるんですが、そうじゃなくて、夏の間は氷が解けて、キレイな水面が出てきます。実は、冬の間も氷が大きくなったとしても2メートルぐらいまでしか成長しないので、それよりも深いところは、外気温がマイナス40度でも0度より温かい状態なんです」

●だから、そこに生き物が生息できるんですね! どんな生き物がいるんですか?

「アオコやコケの仲間など、普段聞き馴染みのない(藻類という)藻の仲間とバクテリアなどが共生し合って、大きな植物の群落を作り上げているんですね」

●動画も見たんですが、驚く世界ですよね!

「あれは動画を見てもらわないと、あの驚きは伝えられないんですよね(笑)」

●(笑)。“南極の森”というタイトルを付けているじゃないですか。まさに“森”ですよね!

「潜るとまず見えるのが、火星に行ったことはないですが、火星みたいな赤茶けた大地が見えるんですよね。そこからさらに潜ると、一面緑になるんです。さらに深く潜ると、その緑が立体的になっていって、小さな遺跡がそこにあるような風景で、まさにSFの世界に迷い込んでしまったんじゃないかと思ってしまう感じでした」

●思わず“すごい!”って叫んでしまいそうになりますよね!

「『うあーっ! なんだこれー!』って叫んじゃいますね! でも、実際に叫ぼうとしてもレギュレーターを付けているので、ただ空気がボコボコとこぼれるだけなんですけどね(笑)」

田邊優貴子さん

●(笑)。そこに潜って、サンプルとかを採取してくるんですか?

「そうですね。植物をサンプルとして採取してくるんですが、その採取の仕方もただ採ってくるんじゃなくて、円柱状のパイプを使って採ります。50センチで1000年分ぐらいの成長履歴があるんですよ。それを持ち帰って分析して、“どの年代にどういう植物が栄えていたのか、どういった環境だったのか”を推測して、復元するということをしています」

●持ち帰ったサンプルからは、どのようなことが分かったんですか?

「この湖ができたのが最終氷河期が終わったころの約2万年前で、そこの氷河が削られて生物が全くいない環境から始まったので、今では豊かな生態系になっているんですね。その段階を追ってみていくと、そこには栄養がない状態だったので、空気中の窒素を体内に取り込んで栄養にすることができるシアノバクテリアが栄えていたんですね。彼らがそういう風にして栄養をひたすら溜め込んでいたんですが、徐々に栄養が溜まってきたので、コケや藻が入り込んでくるようになってきました。そういう風にしてエネルギーの流れも変わってきたんです。
 そして、その植物の中にある栄養の量を調べていくと、日本に宍道湖(しんじこ)という湖があるんですけど、そこよりも高濃度の栄養が蓄積されていたんですね。しかし、温度の変化といったちょっとした変化で、その栄養が放出され、水中の生態系が急激に変わっていくかもしれないということが、今のデータから推測されています」

●南極という過酷な環境なので、豊かな生態系がそこにあるとは想像できなかったんですが、実際は栄養がすごくあるんですね。

「そうですね。南極の湖ができた状況は、地球が生まれたときと似ているので、原始の地球でどういったことが起きて、環境がどうやって変化していって、生き物が進化していったのか、それに繋がるような研究をしています」

アザラシのミイラ!?

●私は生き物が大好きで、南極・北極というと、可愛いペンギンやシロクマなどの生き物との出会いもあると思いますが、どうですか?

「ありますね。ペンギンには毎日のように出会います。(砕氷船「しらせ」が)南極大陸に到着する前の海にいるときからペンギンの群れが寄ってきます」

●寄ってくるんですか!?

「船に気づいて、興味津々なのか、船の近くまで寄ってきますね」

●可愛いですね!

「可愛いです。特に、氷の上で見ているペンギンはキレイですよ。(私が)『グワッグワッ』って鳴くと、向こうも『グワッグワッ』って鳴いて、向こうから走り寄ってきます(笑)」

●(笑)。コミュニケーションも取れるんですね!

「そうですね。近づいてきて『あれ? 騙された!』って思って離れていきますけど、その間抜けな感じも可愛いなって思いますね(笑)」

田邊優貴子さん

●(笑)。他にも、生き物との印象的なエピソードってありますか?

「これもペンギンですが、ペンギンは17種類といわれているかと思いますが、南極大陸にいるペンギンはアデリーペンギンと皇帝ペンギンの2種類しかいないんですね。船の上で見ていると、遠くから野太いペンギンの声が聞こえてきて、それに反応してアデリーペンギンの群れがザワザワしだすんです。そしてお互いが歩み寄ったら、向こうから皇帝ペンギンがやってきたんですね。近くまでくると、あるペンギンとひそひそ話をし始めて、その後にみんな腹ばいに倒れて皇帝ペンギンのあとに付いていくという不思議な光景を見ました。種類が違っても、それを越えてコミュニケーションが取れるんだなって思いました」

●それを田邊さんは陰から見ていたんですか?

「陰というより、普通に見てました(笑)。映画を見てるような感じでずっと眺めてましたね」

●『すてきな地球の果て』の中にも書かれているんですが、アザラシのミイラを発見したんですよね?

「実は、南極大陸にはアザラシのミイラが結構ありまして、そのほとんどは大人のアザラシのものなんですね。あるとき、奥地にある湖の調査に行ったら、80〜90センチぐらいの小さなアザラシのミイラを発見したんです。周りは赤茶けていて、生命感がないところにミイラがあって、その周りには緑のコケが取り巻いていたんです。まさにお墓みたいでした。そのアザラシのミイラの肉片を持ち帰って年代分析をしたら、“2000年”という数字が出てきたんですね。もしかしたら、海からそこに迷い込んできて、親を探しても見つかることがないまま死んでしまってから2000年が経ったんだと思います。2000年かけて細胞が分解されて植物の栄養となって、コケが芽吹いているということなんだと思います」

●そこでも命って、巡っているんですね。

「特に日本にいるとビルが建っていたりして、そういうことを垣間見ることがなかなかできませんが、南極なので、ゆっくりと如実に見ることができました」

北極はトロピカル!?

●田邊さんは北極にも調査に行かれていますけど、北極のどの辺りに調査に行っているんですか?

「私がいつも調査地にしているのは、ノルウェーの方の北極で、ノルウェーの先端にトロムソという街があるんですが、そこから北に1000キロ行ったところにあるスヴァールバル諸島というところです。ツンドラに生えている植物をよく見てみると、氷河が交代して間もない新しい土地に最初に入っていく植物がいるんですね。それを“パイオニア種”と呼んでいるんですけど、“パイオニア種はなぜパイオニアになれるのか”という研究をしています」

●本来不毛な場所だったところに入っていくんですよね。

「砂利しかなく、栄養もないようなところに入っていくんです。彼らが入ることで土壌ができあがり、他の植物も定着できるようになるんですね。なぜ彼らはそんなことができるのかということを研究しています」

●なぜできるんですか?

「今のところはまだ分かりません」

●そうなんですね。それが分かったら、色々なことがかなり分かってきそうですね! 
 田邊さんは南極も北極も行っていますが、それぞれの違いを感じていると思うんですね。田邊さんが思う、南極と北極の違いって何ですか?

「一番の違いは、北極は南極と比べるとトロピカルな世界なんですね」

●北極なのに!?

「そうなんです。北極では花が咲いて一面花畑になるときもありますし、吹いている風も生暖かいんですよね」

●とはいえ、きっと私たちは寒いんじゃないでしょうか(笑)。南極に比べると北極は暖かいんですね。

「そうですね。暖かくて女性的な印象があります」

●普段私たちが見ている植物や生き物と、そこに生息している植物や生き物とでは、一番違うところはどこですか?

「1年のうちに1〜2ヶ月という短い期間に急激に成長し、他の時期はただ寝ている状態なんですね。だから、生き方が全く違います」

●そうなんですね。夏なら夏の間に短期集中で一気に成長するんですね。

「日本だと春から秋にかけてと、結構長い期間があるんですけど、向こうは明確な春と秋がないので、1〜2ヶ月の間にしか成長期がないんです」

●そうなると、そこに凝縮されてる分、力強さとかありそうですね

「“バン!”って成長する感じがして、一番好きです」

●今まで極地研究をしてきて、一番感じることは何ですか?

「実際にフィールドに出て行なう研究って効率的じゃないというのと、若い人たちがあまり外に出なくなって、泥臭いことをしなくなったことで、すごく減ってきているんですね。あと、子供たちの前で講演をしたり授業をしたりすると、『環境問題のために、私は何をしたらいいですか?』っていう質問が小さい子からされるんですね。でも、それって順番がおかしいなと思うんです。なぜなら、まず外に出て、生き物や自然を好きになってから『これを守りたい』とか『ここが問題だな。じゃあ、どうすればいいんだろう?』って思うのが順番だと思うんですが、今では先に問題が来てしまっているんですね。そこがおかしいなと思いますね」

●最後に、夏休み中でこの番組を聴いているお子さんもいると思いますので、田邊さんからメッセージをお願いします。

「私もそうでしたが、子供のころはとにかく遊びまくってください。自然のところに出たり、建物が好きなら建物を色々と見てみたりして、とにかく自分が“面白い!”と思うことを見て・触って・感じてください。そして、そこから自分がどんなことが好きなのか、どんなことがやりたいのかを見つけていけるように、夏休みを楽しみながら過ごしてください」

●夏休みだったら、学校をサボらないでいいですからね。

「サボっちゃダメですよ!(笑)」

田邊優貴子さん

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 田邊さんにお会いした時、長身でスラッとしていて、とても可愛らしい方だったので、何回も極地に行かれているようには見えなかったのですが、話せば話すほどその情熱を感じました。なにより、子供のころに持った興味をずっと持ち続けて、その道に突き進むバイタリティーがすごいですよね! これからも、南極や北極できっとたくさんのことを発見されると思うので、またこの番組でお話をうかがわせていただきたいと思います。

INFORMATION

「すてきな地球の果て」

フォト&エッセイ
すてきな地球の果て

 ポプラ社/本体価格1,600円

 田邊さんが南極や北極でどんな世界を見てどんなことを感じたのか、興味のある方は、是非この本を読んでください。初めてのフォト&エッセイということもあって、田邊さんの半生も綴られています。そして写真が素敵です。

オフィシャルサイト

 田邊さんの近況や研究内容などについてはオフィシャル・サイトをご覧ください。極地の写真も掲載されていますので、そちらもチェックしてみてください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. ぼくらが旅に出る理由 / 小沢健二

M2. ハイウェイ / くるり

M3. THE FROZEN WORLD / EMILIE SIMON

M4. LIFE IN A NORTHERN TOWN / THE DREAM ACADEMY

M5. 荒野より / 中島みゆき

M6. HEAL THE WORLD / MICHAEL JACKSON

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」