2015年10月31日

北極と南極〜原始の地球を見た!

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、田邊優貴子さんです。

 現在、国立極地研究所に所属する生物学者の田邊優貴子さんは、北極や南極をフィールドに、主に植物や湖を対象に調査・研究を行なっています。そんな田邊さんが先頃『北極と南極〜生まれたての地球に息づく生命たち』という本を出されました。今回は、同じ極地なのに気象的にも生物学的にも全く違う北極と南極についてうかがいます。

北極と南極は全然違う!

※まずは、北極と南極の違いをうかがいました。

「皆さんは似たようなイメージを持っているかと思いますが、違うところが結構あるんですよね。特に違うのが、北極は可憐な花畑が広がるんですが、南極は赤茶けた大地で“生命砂漠”みたいなイメージです。南極は花を咲かせる植物は生えていなくて、私がよく行く南極大陸の寒いところで一番高等な植物はコケです。なので、降り立った瞬間、全く違う世界が広がっているんですね。
 なぜそういう場所になるのかというと、平均気温が全然違うんです。平均で15度違って、南極の方がかなり寒いんです。では、なぜそんなに違うのかというと、南極の極の部分には大陸があって、北極の極の部分には大陸がなくて海しかないんですね。南極大陸の上にある氷は平均2,000メートルの厚さがあって、分厚いところだと4,000メートルあるんですよ。それに対して北極は海氷しかないので、平均3メートルぐらいしかない薄い氷なんですね。その薄い氷の下は海なので暖かいんですよ。そういうことで、南極は分厚い氷によって冷やされてどんどん寒くなっていって、北極は海があるのでそれほど寒くならないんです」

●全然違うんですね。そうなると、そこにいる生き物も全然違うんじゃないですか?

「かなり違いますね。アザラシは南極には6種類いますが、彼らは南極でしか暮らさないです。ペンギンも南極にはいますが、北極にはいないです。北極にはホッキョクグマがいるけれど、南極にはいません」

●それぞれ独自の生態系があるんですね。以前ご出演いただいたときに、「北極は南極に比べると、トロピカルだ」とおっしゃっていましたけど、花が咲くことで、生態系の違いはどうですか?

「花が咲くような植物が生える時点で、根っこがある植物がいるんですね。そうすると、土の中に根っこが入っていって、彼らが枯れることで土壌ができあがっていきます。なので、北極は土がありますが、南極は根っこがある植物がほとんどいないので、土ができあがらないんです。なので、岩盤がむき出しになってしまうんですね」

●となると、北極の方が私たちが暮らしている生態系に近い状態なんですね?

「すごく近いです。北極を歩いていると、土や草の匂いがして、生き物がいる感覚を感じられますね」

私はキョクアジサシ!?

※北極では地球温暖化の影響で氷河がどんどん解けているそうですが、実際はどうなんでしょうか?

「2年前にツンドラの氷河の末端を計測し、今年再度計測したら、50メートル後退していました」

●たった2年間でですか!?

「そうなんです。そうなると、植物の定着も変わってきていて、この本の中にも出てくるグースは植物を食べる生き物なので、彼らが食べるモノや速度、住む場所も変わってきているんですよ。でも、その変化はむしろ植物や動物にとって棲むことができる場所が増えるので、いい環境になると私は思っています。ただ、人間や氷を使って生きる生き物にとっては厳しくなってくると思います」

●でも、もしグースが育ちやすくて増えてしまったら、それはそれで問題じゃないですか?

「そうなんです。そうなると植物がまたガクンと減って、生態系に違う影響が出てきますね」

●ということは、北極では今、色々なことがかなり変わってきているということですね。

「急激に変わってますね。
 1年空けていくと、ガラッと変わっているんですね。70歳ぐらいの教授と今私が行っている北極の調査地の話をすると、30年前行ってたころの感覚のままなので“そんなところにそんな植物はいない!”と断言されてしまうんですね。今ではもう人間が生きることができるぐらいの時間スケールで変わってきています」

●いつも観察されている田邊さんにとって、それに対してどう思っていますか?

「2つの想いがあります。まずは、(氷河の)後退速度の速さに驚いて“このままではいけない”という危機感と、生物学者としてのピュアな気持ちで“環境がこれだけ急激に変わったら、生物の進化はどうなるんだろう?”っていう興味で見ているという2つの想いがありますね」

●今回の写真集には、鳥の写真も掲載していますが、北極には鳥もたくさん生息してますか?

「そうですね。先ほどお話したツンドラの生態系の変化のこともそうですが、鳥が生き物をもたらして、生き物の分布範囲を決めているんじゃないかと最近すごく考えているんですよね。羽に付けてきたり、種子を食べて糞として出すといった感じで、北極やそういったところに棲んでいないようなものを持ってくるというのは、地球上で一番移動性の高い動物なので、すごく気になりますね」

●北極には、どんな鳥がやってくるんですか?

「私が一番好きな“キョクアジサシ”ですね。夏の間に北極で子育てをして、夏が終わると、南極の夏に向かって飛んで、夏の南極でエサを捕って、北極に戻るという生活をしているんですね。それがまるで自分と同じような鳥なので、すごく好きですね(笑)」

湖底に原始の地球!?

前回お話をうかがったとき、「実は南極には湖があって、その湖のことが分かれば、生命の誕生の仕組みが分かるかもしれない」と、おっしゃっていました。その後、その研究はどうなっているのでしょうか?

「元々地球には生き物が全くいなかったのに、なぜか生命が誕生して変化して進化したことで、今ではすごく複雑な生態系ができているという縮図を南極の湖で見ることができるんですね。氷河が削れたあと、生き物がいなかったところに進入もしくは発生して、それぞれの湖固有の生態系に変化を遂げていくんですが、その湖の1つ1つが独立した環境で進化していっているので、まるで“地球規模の生態系ができあがる実験室のような場所”だと私は思っています。
 これまで昭和基地の近くの湖の研究をしてきましたが、湖底に潜ってみると、森のような世界が広がっていて、豊かだと思っていたんですね。そして、去年の10月〜12月にかけて、昭和基地よりももっと寒い内陸の湖に調査に行ってきたんです。昭和基地の近くの湖は、夏になると1ヶ月間氷が解けて水面が出てくるんですが、内陸の湖は氷が年中張っていて、夏でも厚さが4メートルあるんですね。冬だと7メートルぐらいあります」

●それだと太陽の光が入ってこないですよね。

「いや、それが入ってくるんですよ! 淡水の湖なので、透明な氷ができあがるんですよ。光量は少ないんですが、氷を透過して中に入ってきます。去年、夏の南極に行って4メートルの氷に穴を開けて、4日かけて穴を作って、そこに私とアメリカ人のリーダーと潜って中を見てみたら、昭和基地の近くの湖とは全く違う世界が広がっていました」

●どんな世界が広がっていたんですか?

「湖底に近づいていったら、昭和基地の近くの湖と似たような構造が見えてきたと思って近寄ってみたら、ピンクと紫を混ぜたような色が湖底一面に広がっていました」

●それは何なんですか?

「“シアノバクテリア”という生き物です。バクテリアなんですが、光合成をする生き物で、今から27億年前に生まれた、初めて光エネルギーを使って酸素を発生させた“光合成”の仕組みを発明した生き物なんです。それまでメタンや二酸化炭素が地球の大気を生成していたのが、それが生まれたことによって酸素が段々と増えていって、私たち人間みたいに酸素を使って呼吸して生きる生き物が進化していったんですね」

●ということは、そこに人類誕生の秘密が隠されているということですね?

「それもそうですし、そのときは酸素を使って呼吸する生き物がいなかったんですよ。というのも、“活性酸素”という言葉をよく聞くと思いますが、酸素はDNAを傷つけてしまうデメリットがあって、生き物は酸素があまり好きではなかったんですが、酸素がどんどん増えていったことで、DNAを壁で隔てようとする“真核生物”が生まれたんですね。それによって、バクテリアみたいな“原核生物”とは違って、DNAを細胞の中で隔てることができたので、酸素を使ってエネルギーを作るという仕組みができあがったんです」

●酸素が地球上にできたことによって、今までの生態系がガラッと変わったんですね。

「生態系もそうですし、生き物そのものの仕組みが変わったんですね。そして、その湖には、変わる前の姿があるんです。なので、その湖に潜ってそれを見たときに“私は27億年前の生態系を見ているんじゃないか。地球の原始を見てしまった”という気持ちになりました」

●そこをこれからどんどん研究していくのが楽しみですね!

「そうなんです! 27億年前の生態系を見て、シアノバクテリアだけじゃなくて、藻やコケが生えてきた10億年前ぐらいの世界が昭和基地の近くの湖なんですよね。
 実は、今年の1月ぐらいにまた南極に行っているんですね。そこは“南極半島”という暖かいところなんですが、南極半島の湖に行ったら、エビが暮らしているんですよ。普段見ている田んぼのような世界が広がっているんですよね。エビは植物を食べるので、フサフサした生態系が無くなってしまうんですよ。植物が少しあって砂地があって動物が生きているんです。まさに27億年から今に近い生態系にタイムスリップして見てきたような感じなんですよね」

●南極に今までの地球の歴史の全てがあるんですよね! 今すごく鳥肌が立っています!

「生態系が段々複雑化していく様子が凝縮されている感じです」

●田邊さんのこれからの仕事は、そこを繋げていく感じになるんですか?

「そうですね。生物がどう進化していったのか、生態系がどうやって複雑化していったのかというのを、順を追って解析していきます」

●これからのことなので、まだ分からないことがたくさんあると思いますが、大体どんな感じで進化していったのかイメージできていますか?

「まだ全然できてないですね(笑)」

●(笑)。気になりますよね。

「そうなんです。どうやって他の生き物が入ってきたのか、もしくは氷で隔てられた中で独自の進化していったのかがこれから見えてくるはずなんですね」

●何もないところからコケが生まれて、甲殻類が生まれたということは、何かがあったはずですよね?

「そうなんです! 絶対にジャンプするポイントが何かあったはずなんです。そういうところも分かってくると面白いなと思うんですね。生態系って徐々になめらかに変わってきたわけじゃなくて、あるところで突然変化して、大きく変化するというポイントがあるはずなので、そういうところも知りたいところですね」

●すごく気になります! 分かったら教えてくださいね。また、南極に行きますか?

「行きます。11月2日に出発します」

●今度はどんな研究をするんですか?

「今回も内陸の湖に国際チームとして行きます。またシアノバクテリアだけのピンク紫の世界に潜っていきます。実は去年、水中の環境を1年間計測する機械を設置してきたんですね。それを回収して、この1年間どういうことが起きていたのかが分かると思います」

●それは楽しみですね!

「ちゃんと動いてくれているといいんですが(笑)」

●そういうこともありますよね(笑)。

「そうなんですよ。動いてなかったりして涙が出そうになったりしますね。次行けるチャンスがいつになるのか分からないんですよ。もしかしたら10年後になってしまうかもしれないし、もう二度と行けない可能性もあるんですね」

●そうなると、毎年毎年が勝負ですね。田邊さんは北極と南極の両方を研究していくと思いますが、今後その2つの研究が重なり合うことってあるんですか?

「あると思います。先ほど鳥が生き物をもたらすという話をしたかと思いますが、南極半島の湖にはエビがいたり、植物以外の大きな生き物が増えてきているのは、風だけで運んでくるのは難しいので、鳥が運んでくると思うんですね。なので、北極も南極も地理的には分断されたところだけど、キョクアジサシは繋いでいるじゃないですか。なので、その辺りを行き来して鳥が生物の分布にどうやって影響しているのかを研究していきたいと思います」

●北極も南極も不思議で未知の世界という感じがしますが、同じ地球上にあるんですよね。

「それがすごく面白いところだと思います」

※この他の田邊優貴子さんのトークもご覧下さい

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 南極に湖があるというお話は以前もうかがっていましたが、新たな湖を見つけて、その湖の底に潜ったら27億年前の原始の地球と同じような世界が広がっていたなんて、本当に鳥肌ものですよね。南極には湖というタイムマシーンがあったんですね。

INFORMATION

北極と南極―生まれたての地球に息づく生命たち

新刊『北極と南極
―生まれたての地球に息づく生命たち

 文一総合出版/本体価格2,400円

 今日お話にもあった北極と南極の違いが分かりやすく書かれています。極地の風景からペンギン、アザラシ、トナカイ、キョクアジサシなどの野鳥、そして植物などの写真がたくさん掲載されていて、見ているだけで楽しくなります。そしてお話にもあった原始の地球をイメージしてしまう湖の底の写真、これは見物です!

オフィシャル・サイト

 田邊さんの近況や研究内容などについてはオフィシャル・サイトをご覧ください。極地の写真も掲載されていますので、そちらもチェックしてみてください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. HEAVEN IS A PLACE ON EARTH / BELINDA CARLISLE

M2. ECHOES IN RAIN / ENYA

M3. FLY(ENGLISH VER) / MONKEY MAJIK

M4. RIGHT HERE / HUMAN NATURE RADIO REMIX / SWV

M5. VIVA LA VIDA / COLDPLAY

M6. OVER THE RAINBOW / CELTIC WOMAN

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」