2018年01月13日

シリーズ「“縄文人のLIFE STYLEに学ぶ”」第2弾
〜日本最大級の貝塚、加曽利貝塚の取材リポート(後半)!

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンは、シリーズ「“縄文人のLIFE STYLEに学ぶ”」第2弾! 千葉市「加曽利貝塚」の取材リポート、その後半をお送りします。

 去年、国の特別史跡に指定された、千葉市若葉区にある「加曽利貝塚」は、東京ドーム3つ分がすっぽり収まる広さなんです。歴史的にも、その大きさからも、大変貴重な貝塚として今、注目を集めています。
 加曽利貝塚の敷地内には「北貝塚」と「南貝塚」があり、その年代差はおよそ2000年! つまり2000年以上、その周辺で縄文人が暮らしていたということになります。また、加曽利貝塚は特に、幾重にも積み重なった貝塚の状態がとても良く、当時の縄文人の暮らしぶりを推測できる「情報の宝庫」なんです。

 去年の2017年11月25日にお送りした第1弾では、貝塚の断面に残る貝や動物の骨などから、縄文人は私たちが想像する以上にグルメだった! というお話や、復元した茅葺(かやぶき)の縦穴住居に入って、当時の暮らしぶりをお届けしました。

 番組として一番気になっていることが、縄文人が加曽利貝塚の周りで、およそ2000年の長きに渡って暮らすことが出来たこと! そこで、今回の第2弾ではさらに、縄文人の知恵や暮らしに迫ります。
 今回も、いろいろ解説してくださるのは、加曽利貝塚博物館の学芸員・米倉貴之(よねくら・たかゆき)さんです。また、半世紀ぶりに行なわれた最新の発掘調査を緊急リポート! すごいものが見つかりました!

縄文時代にブランド品!?

※縄文人といえば、やっぱり縄文土器。あの縄の文様が印象的です。ということで、加曽利貝塚博物館で、出土した土器にはどんなものがあるのか聞いてみました。

「加曽利貝塚から見つかった土器の中でも、“加曽利E式”“加曽利B式”というのが特に全国的にも有名なんですね。“加曽利”という名前がついていることからもわかるように、実際に加曽利貝塚から見つかった土器ということで、こういう名前になっているんです。加曽利E式は、縄文時代の土器で、縄を転がした跡、つまり縄文が土器の面にいっぱい付いている状態。あと特徴的なのが、形ですね」

●土器の入り口にいくに従って、だんだんと開いていくような形ですね。

「また、文様が渦を巻いた形になっているんですね」

●土器のふちの部分には、かなり装飾がされていますね。大きい土器ですよね。深鉢(ふかばち)、と言っていいんでしょうか。

「はい、これは全部、深鉢という、かなり高さのある土器の形になりますけど、加曽利E式は浅鉢(あさばち)に比べるとかなり大きい、大型の土器が多いのも特徴のひとつですね」

●だいたい何センチくらいの土器が多いんですか?

「高さでいうと、30センチぐらいあります」

●今、私たちの前にも50センチくらいの土器がありますけども、本当に文様が特徴的ですよね!何でこんなに綺麗な文様をつけたのかっていうのが、すごく疑問なんですけども、どうしてなんでしょうか。

「縄文土器の文様っていうのは、多種多様なんですね。地域もそうですけども、年代や時代によってもバラエティに富んでいます。なので、地域が違うと加曽利E式やB式に似ているんだけど、名前が違う土器というのがいろんな所にたくさんあります」

●“私たちが住んでいるところはこんな文様にしよう”とか、そんな取り決めがあったんですかね?

「そうですね、一種の“ブランド品”みたいなところはあったかもしれませんね」

●でも例えば、使うだけならこういう文様は必要ないわけじゃないですか、ちょっとは持ちやすいとかはあったかもしれないですけど。それなのにこう…遊び心があるというか、なんか“余裕”みたいなものを感じますよね!

「この文様ひとつとっても、縄文人のいろんな“思い”みたいなものが込められていると思うんですね。もしかしたらこの、加曽利E式の渦を巻いた形なんかは、イボキサゴのような巻き貝の形を表していたのかもしれませんよね」

●なるほど。そういうふうに日常のモチーフを取り入れている可能性もあるということなんですね。

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オシャレな縄文人!

※「暮らしを楽しんでいた」といえば、女性のアクセサリー類も加曽利貝塚からは多く出土しているそうなんです!

「これは縄文人が身につけていたアクセサリーですね。これらは全て加曽利貝塚から見つかったものになるんですけども、見ていただくとわかるように、“土製品”つまり土で作られたものです。例えば耳飾りですね。今でいうピアスのようなものを(縄文人は)つけています。また、真ん中の方に展示されているものは、“骨格歯牙製品(こっかくしがせいひん)”と言いまして、動物の骨や牙を加工して穴を開けたりして、ペンダントや髪飾りにしたりしています。そして、貝ですね」

●実際に(展示されているマネキンが)つけていたりもしますが、何でこんなにオシャレをしていたのかっていうのは、わかっているんですか?

「そうですね、特に“貝輪(かいわ)”と呼ばれる、貝で作ったブレスレットなんかは女性がつけていたと考えられています。実際に見つかっている人骨には、必ず女性がこの貝輪を身につけています。男性はあまり身につけているという例がないんですね。なので縄文時代の女性も、アクセサリーというのはかなり気を遣っていたんだと思います。
 例えば、“オオツタノハ”という貝なんですが、この貝は伊豆のほうでしか獲れないんですね。千葉県ではまず獲れないんです。そういう貴重な貝を身につけることで、もしかしたら今の女性と一緒で、“他の人が持っていないような、いい物を持っている”という感覚があったのかもしれないですね」

●貝輪って、貝のリングなわけですけど、ちょうど貝の真ん中の部分をくり抜いて作られていますよね。これ、当時の技術だと、くり抜くのもけっこう大変ですよね!

「そうですね。慎重に作らないとすぐに割れてしまうんですね。なので貝輪をひとつ作るのにも、かなり大変だったと思います」

●ちなみに、当時の人たちはどんな洋服を着ていたんですか?

「もう縄文時代に麻はあったんですね。なので麻を編んで衣服や網かご、寝るときの敷物といった物を作るのに“アンギン編み”という編み方をしていたと考えられています」

●オールシーズン、同じ物を着ていたんですかね?

「さすがに麻、一枚だと風通しがよ過ぎるので、冬場の寒い時期なんかは、きっと動物の毛皮とかを着て寒さをしのいでいたんじゃないかと思います」

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最新の発掘調査で大発見!

※実は2017年の末、加曽利貝塚で半世紀ぶりに発掘調査が行なわれました。その成果が12月に公開されたんですが、そこで驚くべき出土品があったんです! 番組では急遽、電話で米倉さんにお話をうかがいました!

●昨年は、そちらの現地取材でお世話になりました! その時すでに発掘調査も行なわれていましたが、今回、その発掘調査で出土した物の中で、“これはすごい!”という物があったそうですね!

「そうですね、耳飾りが見つかりました」

●それは、どんな形や素材なんですか?

「素材としましては、粘土を使っています。上から見ると丸い形をした耳飾りで、今でいうピアスのような使い方をしています」

●今までに出てきた耳飾りとの違いというのは、あるんですか?

「装飾性ですね。“透し彫り(すかしぼり)”という、鋭利な刃物などを使って細かい装飾がされているのが特徴ですね」

●実は今、手元にその写真があるんですが、本当に文様がすごく細かいですよね!

「そうなんですよ! こんなに文様の細かい物っていうのは、今までの加曽利貝塚の調査では見つかっていない物でして、もう本当に、芸術品って言っていいぐらい、装飾性の高い物と言えますね」


加曽利貝塚出土耳飾り(写真協力:加曽利貝塚博物館)

加曽利貝塚出土耳飾り[横向き]
(写真協力:加曽利貝塚博物館)

●今まで見つかっていない、ということは、あまりない物だったということですか?

「そうですね、こういった装飾性の強い物っていうのは、今から3000年くらい昔、縄文時代の晩期という時期に限られて見られる物なんですね。なので、“搬入”と言いまして、他の地域から持ち込まれた物ではないか、と今は推測しています」

●他の地域と、物のやり取りみたいなものがあったんですね!

「縄文時代にも交易というのは行なわれていますので、きっと加曽利貝塚の人も、この耳飾りをもらったのと同時に、例えば貝とか、何か別の物を渡して物々交換のようなことをしていたんじゃないかな、と考えられます」

●どこから持って来たか、わかります?

「まだ分析はしていないので、はっきりとしたことは言えないんですけども、現在の群馬県の辺りでは、こういった装飾性の高い耳飾りというのが多く見つかっておりますので、そちらからの搬入ではないかなと、今は考えています」

●どんな人が付けていたんでしょうね?

「これだけ装飾性が高いので、女性が付けているものではありますけども、きっとかなりオシャレな女性が耳に付けていたんじゃないかなと思いますね」

●どんなシチュエーションで付けていたのかとか、想像するとおもしろいですよね! もしかしたら、パーティか何かで付けていたのかもしれないですね(笑)。ちなみにこの耳飾り、私たちが見ることはできるんですか?

「今は見つかった土器とかを整理している段階なんですけども、加曽利貝塚博物館で今年2018年の3月10日の土曜日から、平成29年度の発掘調査の速報展示というのを行なう予定です。なので、その際にはこの耳飾りだけではなくて、さまざまな土器や石器なんかも展示を予定しています」

●じゃあぜひ、また新しく、面白いものが発掘できたら、この番組にも教えてくださいね!

「はい!」

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縄文エコライフ!?

※第1弾の時に、縄文人はグルメだった、ということがわかりました。では、そんなグルメな縄文人は、どんな調理法で料理を食べていたんでしょうか。まずはどんな食材を使って食べていたのか、米倉さんに教えてもらいました。

「加曽利貝塚から実際に見つかっているものとしまして、例えば木の実でいうと、クリとかクルミ、あと私たちに馴染み深いところでいうと、小豆や豆類が見つかっています。縄文時代の主食は木の実なんですけども、それ以外にも貝、例えばハマグリとかイボキサゴ、あとはサザエとかアワビといった、今でいう高級食材もかなり見つかっています。また、魚ですね。ウナギとか、今でも食べるタイやイワシ、アジといったものも加曽利貝塚から見つかっています」

●それをどのように調理して食べていたかっていうのは、わかっているんですか?

「縄文土器を使った調理では、基本的には煮炊きをする土器なので、おそらくスープやお鍋のような感じで食べていたと思うんですけども、例えば猪や鹿のお肉などはミンチ状にして、今でいうハンバーグのような食べ方もしていたと思います」

●結構いろんなバリエーションで食べていたんですね!

「今と比べると、食材は確かに少ないと思うんですけども、毎日食べても飽きないような食べ方を縄文時代の人も工夫していたんだと思いますね」

●食材が豊富に取れないような時期は、どういうふうにしていたんですか?

「加曽利貝塚から見つかっているものとして、土坑(どこう)という穴の中に、秋に採れたクリを貯蔵している、“貯蔵穴”というのが見つかっています。なかなか収穫できないようなものは、こうやって貯蔵をすることでオールシーズン食べられる状態にしていたということが、発掘によってわかっています」

●保存食みたいな物を作っていたりもしていたんですかね?

「そうですね。お肉なんかも燻製にしたりとかして、常時食べられるように、保存食を作っていたと思います」

●縄文人というと、どうしても“狩猟”のイメージが強いんですけども、自分たちで何かを作ったり栽培した、ということは可能性としてあるんですか?

「今、特に縄文時代の研究で進んでいるところが、植物の利用、という部分なんですね。実際に、加曽利貝塚から小豆とか豆も見つかっているんですけども、それは限りなく野生種に近いものです。栽培をしたものですと、小豆の大きさが野生のものよりもデカいものが、他の県や遺跡では見つかっています。縄文時代にはこういった植物の栽培というのはすでに行なっていた、というのが今の研究の進展でわかっています」

●じゃあ、そういうのって例えば女性が作って男性が狩猟に行っていたりとか、そういうところまでわかっていたりするんですか?

「分業みたいなことはあったと思うんですけども、やはり狩りに出るのは危険も伴いますので、男性が行なっていたんじゃないかなと思います。逆に女性は、村の中で土器や料理を作ったりしていたんじゃないかなと思います」

●先ほど、貝や骨を再利用してアクセサリーにしている、という話がありましたけど、他にもそういった貝や骨などの食べられない部分を利用することってあったんですか?

「まず、貝でいうと“貝刃(かいじん)”というものがあります。これは魚の鱗を取るために使ったのではないか、というのが今の有力な説ですね。あとは、鹿の骨や角を使って、狩猟の際に使う矢の先とか、魚を突くために使うモリなど、このような物に加工して狩猟の道具としても使っていますね」

●やっぱり、“無駄なく使う気持ち”というのが、縄文人にはあったんですかね?

「そうですね。やはり限られた資源の中で、それをどれだけ上手く利用するかというのは、縄文時代の人はかなり気にしていた部分じゃないかなと思います。特に、千葉県は石器に使うような“石材”というのが、なかなか採りづらい県なんですね。なので、加曽利貝塚から見つかっているもので、例えば石で作られた斧が壊れてしまったようなものでも、新たに加工して利用したり、石を研ぐ“砥石(といし)”に転用したりしているんですね。壊れた物も無駄なく利用するという、縄文時代の人の“エコ”ですね。そういうのが、出土した遺物から読み取ることができます」

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2000年続いた、その要因とは

※最後に、どうして加曽利貝塚で縄文人が長きに渡って暮らすことが出来たのか、米倉さんにうかがいました。

「加曽利貝塚の場所がキーワードになってくると思います。海にも行きやすく、そして山にも森にも近いという環境なので、例えば山の資源が取れなかった時には海の資源を取る、というように、資源の利用が幅広くできたというのが加曽利貝塚の立地の特徴だと思います。こういった環境を上手く利用して縄文時代の人が生活をしたということが、ムラが2000年間続いた要因のひとつではないかな、と思います」

●本当にすごいですよね、2000年間ですもんね! それだけの長い期間、ここで生活できたっていうのは、豊かな資源、そしてやっぱりエコライフっていうんですかね、無駄にしないようなライフスタイルがよかったんでしょうね。そのあたりも、研究をされていると強く感じますか?

「そうですね、特に加曽利貝塚の場合ですと、たくさんの資源がありますけども、それを上手く利用したというのが、見つかってきた遺物からも読み取ることができます。これからの研究も、科学的な分析なども踏まえて、縄文時代の人たちがどういった生活スタイルだったのか、そしてどういった思いで日常を過ごしていたかということも、今後わかってくるかなと思います」

●やっぱり無駄なく、慎ましく暮らしていたとは思うんですけど、その中で、土器の文様だったり、アクセサリーだったりと、遊び心というか、生活を楽しんでいたんじゃないかな、ということも感じました。

「“縄文時代の人”と聞くと、一般の人だと“狩りをして、けむくじゃらな人”っていうイメージを持ってしまうんじゃないかなと思うんですけど、実際に加曽利貝塚で見つかった縄文時代の、そういったエコな暮らしを見てみると、意外と現代の人たちと変わらない部分もかなり持ち合わせていたんじゃないかなと思いますね」

●そこから私たちが学べることは、どんなことでしょうか?

「資源を無駄なく使うというのは、一番身近で、学べる部分じゃないかなと思います」

●そういったことも学びに、この加曽利貝塚に行ってみるのもいいかもしれませんね! 加曽利貝塚は、国の特別史跡に指定されました。千葉では初めてということですが、今、どんな思いがありますか?

「そうですね、“特別史跡”というと、一般の方は“どういうことなのかな?”とわかりづらいと思うんですけれども、“遺跡の中の国宝”に値するものが特別史跡なんですね。私は千葉市の出身なんですけれども、自分自身、出身のこの千葉市で国宝というものが指定されたというのが、単純に誇らしいです。また、千葉県内には特別史跡ではないんですが、国の指定を受けた史跡が27箇所あります。今回の“加曽利貝塚が特別史跡に指定”というのをきっかけに、千葉県にまだいろいろとある史跡や、千葉県の歴史を学んでもらえればいいなと思います」

●千葉にこれだけ貝塚があるのは本当に驚きだったので、私もいろいろと巡ってみたいなと思います! では最後に、もし縄文時代にタイムスリップできたら、米倉さんはどんなことを縄文人に聞いてみたいですか?

「まず、土器の文様をあれだけたくさん工夫して作ったのは、一体どんなことを思って作ったのか。あと縄文時代の人は、自分たちの未来のことを考えていたのかな、ということも聞いてみたいですね」

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 土器に模様をつけたり、アクセサリーをしたり、縄文人は暮らしを楽しんでいたんですね。
 そして限られた資源を上手に利用してエコライフも実践、そこには学ぶべきライフスタイルがありそうです。


加曽利貝塚博物館の学芸員「米倉貴之」さんと。

INFORMATION

 今年から、考古学者の仕事体験と、土偶のペーパークラフトなどを作る縄文体験プログラムが始まりました。発掘調査の道具などを使って体験できるということで、大盛況だそうです。3月まで毎週土曜日・日曜日に行なわれます。詳しくは加曽利貝塚博物館のオフィシャルサイトをご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「(MEET) THE FLINTSTONES / THE B-52's」

M1. 狩りから稲作へ / レキシ feat.足軽先生・東インド貿易会社マン

M2. HOOKED ON A FEELING / BLUE SWEDE

M3. 神々の詩 / 姫神

M4. やつらの足音のバラード / ムッシュかまやつ feat. 布袋寅泰

M5. YOU GOTTA BE / DES'REE

M6. 花鳥風月 / ケツメイシ

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」