2018年5月5日

美しく、完璧な音
〜未来の子供たちに伝えたい自然音〜

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、自然音録音家・ジョー奥田さんです。

 奥田さんは1954年、大阪市生まれ。1980年にロサンゼルスに渡り、音楽活動をスタート。その後、音楽プロデューサーとして、海外の有名なアーティストたちと音楽制作。2013年に活動拠点を東京からハワイ島へ移し、世界各地の自然音を、バイノーラルマイクという特殊なマイクを使って録音。美しい自然を「音の記録」として、次の世代へ伝えていくことをライフワークとされています。
 そんな奥田さんは昨年、ハワイ島ボルケーノの森の24時間を録音し、その時間の流れを1時間に圧縮したCD『KILAUEA FOREST 24HOURS』を発表しました。今回は奥田さんに、自然が発する音はなぜ美しいのか、奄美大島で体験した夜の森の神秘、そしてハワイ島レインフォレストのお話などうかがいます。

ボルケーノの森の24時間

●ジョーさんが先ごろ出された『KILAUEA FOREST 24HOURS』は、ボルケーノの森の1日の移り変わりを収めているんですよね。

「そうです。これは僕にとって初めての試みだったんですけど、同じ場所を24時間録音して、例えば1時台、2時台といった、その各時間帯から2分30秒を切り取ったんです。つまり、2分30秒×24で60分になるんですけど、その24時間の時間の流れを60分にギュッと凝縮して体験する。最近では写真の世界で“タイムラプス”という撮り方があるんですけど、それはコマ落としと言いますか、10秒ごとにとか、ある一定の時間ごとにシャッターを切ったものをひとつのムービーにするような手法ですが、それと同じことを音でやってみようということなんですね。なので、ギュッと凝縮された60分を最初から最後まで聴いていただくと、ハワイのボルケーノの森の24時間を体験していただける、そういうCDです」

●私も聴かせていただいたんですけど、やっぱり朝は朝、昼は昼、そして夜は夜で聴こえてくる音も違いますし、何となく温度感も違うような感じがしました。それぞれ特徴的ですよね。

「そうですね。僕にとっては日常なんですけど。このCDは、朝の6時から始まるんですけど、レインフォレストの朝というのはほとんど例外なく小雨が降っていたり、夜中に降った雨の夜露というか、葉っぱに溜まった水滴がぽつぽつと落ち始めて、うっすら明るくなる頃に鳥が鳴き始めて、その前まで鳴いていた虫が鳴き止んで、そしてだんだんと陽が昇るとともに水滴が落ちる音が減ってきて、鳥が増えてきて……ということで、時間が経過していくんですね」

●私、ちょうど夜になって、だんだん虫の音が聴こえてくる、あのあたりが好きです!

「ありがとうございます! 僕もそこが一番好きなんですよ。夜中の森っていうのは、僕が録音する対象物の中で一番好きなもののひとつなんですけど、森には非常に静かな時間帯があるんですね。静寂っていう言葉がありますが、森の中での静寂は“無音”という意味ではないんですよ。英語で言う“Sound of Silence”という、Paul Simonの曲にもありますけど、“静寂という音”があるんです。僕はその森の中にある静寂の音、これを(みなさんに)体験していただきたいんですよね。これはですね、アナログの時代では不可能だったんですよ。なぜかというと、アナログの時代というのはノイズとの戦いの部分があったので、本当に森の中の微妙な音とかを捉えることができなかったんですよね。なので、(こういうことができるのは)もうデジタルでしかあり得ないんですよね」

神様がつくった音

※元々、音楽プロデューサーとしてフィリップ・ベイリー(EW&F)やレオン・ラッセルなど、たくさんの著名なアーティストのプロデュースをしてきた奥田さん。一体なぜ、自然音に惹かれていったのでしょうか。

「自分の家にスタジオがあるんですけど、ある時、そのスタジオでミックスの仕事など、制作の仕事をやっている時に、夜中に耳休めというか、違うものを聴きたくなって、自分が録ってきた森の音とか波の音を聴いている時に、ハッと気が付いたことがあったんですね。それは、“自然の音は完璧に美しい、パーフェクト”ということです。僕ら人間がつくるものっていうのは、常に完璧を目指してやるんですけども、人間がやることですから、完璧になることはないんですよね。それが僕は、人間がつくるものの美しさだと思うんですけども、それに対して自然の音っていうのは、全く非の打ち所がないほどの美しさ、完璧な美しさがそこにあるわけですよね。

 それに気が付いた時に、“なんでだろう?”と思ってよく考えてみると、音楽だったり他の音などの、人間が作った音を英語で “man made sound(人間がつくった音)”って言うんですけど、それに対して自然の音っていうのは“god made sound(神様がつくった音)”って言うんです。だからこんなに完璧に美しいんだっていうことに気が付いたんですね。それに気が付いた時に、“この美しさを、より多くの人に届ける、そういう仕事ができたらいいな”って思い始めたのがきっかけだと思います」

●そうだったんですね。私たちももちろん、自然の音を聴いて“美しいな”とか“リラックスするな”とかは思うんですけど、専門家からみて、どのあたりが完璧なんでしょうか?

「僕もそうだったんですよ。それまでは、例えば波の音が聴こえてきたら“あ、波の音だね”、森の音が聴こえてきたら“森の音だね、気持ちいいね”っていうところで終わっていたんです。音楽制作の作業っていうのは同じ曲を朝から晩まで何十回も何百回も聴きながらやるんですが、そうすると耳がある一定の方向に向かう、つまり音楽を聴くという姿勢の中で集中していくんですね。その聴き方と全く同じ聴き方で自然の音を聴いたんですよ。つまり、いわゆるSEであったり環境音として聴いたのではなく、あたかも音楽を聴いているかのような聴き方で聴いたんだと思います。そうして聴いた時に、例えば音楽の場合は“もうちょっとボーカルが出ていたほうがいい”“もう少しベースが出ていたほうがいい”“もう少しこの楽器は下がっていたほうがいい”というように調整していくんですけど、自然の音の場合はそれがないんですよね。“もう少しここで、こうなっていれば”っていう、意見をさし挟むようなものがないんですよ。つまり完璧なんですよね。

 その完璧な美しさっていうものに気が付いた時に、これをよい形で録音して、このまま人に伝えたい、つまり制作っていうよりも、メッセンジャーですね。郵便配達みたいなもんで、ここにあった音を、そこにいない人に届ける。もちろん聴いてくださった方が“あぁ、やっぱり自然っていいね”と思ってくださることが基本なんですけど、例えばですね、そこに実際に行けない人がたくさんいるんですよ。屋久島を歩いて10時間以上かけていかないと行けないような山の上には、高齢の人は行けないじゃないですか。体の具合の悪い人は行けないじゃないですか。そういう、本当は行きたいのに行けない方も含めて、あたかもそこに行ったかのような体験というか、感動を届けられるようになったらいいなというのが、自分のモチベーションの一番大きいところかもしれないですね」

漆黒の森、月光のシャワー

※音楽プロデューサーとして経験した“あること”が、今でも奥田さんの中で活かされているそうです。

「ロサンゼルスで、ずっとスタジオの中で音楽制作を長年やってきた感覚っていうのがあるんですけども、そこで僕が一番学んだことというのは、スタジオの中で音楽を録音するということは、いわゆる“マジック・モーメント”、つまりただ楽譜通りにちゃんと間違わずに弾けたということは基準にならなくて、それを超えた部分の“特別な瞬間”っていうのがスタジオの中であるんですよ。それをいかに捉えて、音楽の中に入れ込むかということが、向こうでいうところの、音楽を作る中の一番大切な部分なんです。ですから、それと全く同じ考え方で、自然の音を録音している中で、いわゆる特別な瞬間っていうのがあるんですよね。それが“マジック・モーメント”なんですけど、その瞬間をいかに捉えるか、気が付くかが、自分のスタイルかなと思っていますね」

●今までどんなマジック・モーメントがありましたか?

「今でもこれを続けている一番大きな原動力になっている体験だと思っているんですけど、奄美大島の夜中の森に行ったことがあるんですよ。それまでは、夜の森っていうのは行かないことにしていたんです。まず、危ないということ。それと、これは自然を相手にしている方ならどなたも同じことを言うんですけど、夜の森には夜の森の神様がいるんですよね。その怖さというか、そういうのがあったので、夜の森に行くことはなかったんですけど、最初に奄美大島に行った時に、森や自然の写真ばかり撮っていらっしゃるツネダさんという方と知り合いになって、その方が夜の森の入り方を教えてくれたんです。一緒に連れてってくれて、“あ、こうやって入って行くんだ”というのがわかったんです。

 それで初めて、一人で夜中の森に入って行った時のことなんですけど、その時は満月の夜だったんですよ。ただ、雲が厚くって、真っ暗だったんですよね。それで、マイクを立てて録り始めるんですけど……もう、ともかく怖いんですよ! ヘッドフォンでモニターをしながら録音をしているわけじゃないですか。普段聴いている時よりももっと大きい音で聴きますから、もっと遠くの音だったり細かい音、小さい音も全部、克明に聴こえるわけですよね。そうすると、森の気配っていうのがわかるんですけども、それは、森の生き物たち全員が僕のことを見ているっていうことだと気が付いたんですね。(僕は)森の中の“異物”じゃないですか。その異物に対する緊張感っていうのが森の中にあるっていう状況、それに気が付くんですね。その中で、そのままずっと録音し続けるんです。

 本当に、自分の人生の中で体験したことのない暗闇なんです。手も見えませんからね。そういう状況で録るんですけども、本当に怖くってじーっとして、どれくらいの時間が経ったんでしょうね……。30分か1時間ぐらいだと思うんですけども、自分にとってはもっともっと長く感じていましたね。そうするうちに、動物たちが緊張を解く瞬間があるんですね。おそらく、“こいつは大丈夫なんだろうな”っていうことだと思うんですよね。そうすると、森の生き物たちが動き始めるんですよ。その様(さま)がもう、素晴らしくって…! なんて言うんですかね…今まで体験したことのない、生命の力と美しさ。そして、“すごい…!”って思いながら録っている時に、厚い雲が動いて、月が出てきたんですよ。月の光が木漏れ日みたいに、シャワーのように森の中に降ってくるんですよね。その瞬間、自分が森の中で体験したことの一連の、その最後に満月の光のシャワーが森の中に落ちてきたことで、自分がすごく森に受け入れられたというか……。その時の体験っていうのが、自分にとって一番大きな原動力になっていますね」

明治神宮の森

※自然音を録音する時、天敵になるのが車の音など、人間が発する人口音だそう。でも、奥田さんはそんな人口音も聴こえてくる都会の森「明治神宮」でも、自然の録音をされたそうです。一体なぜ、明治神宮の森の音を録音しようと思ったのでしょうか?

「ぼくが東京の中で一番好きな場所っていうのが明治神宮の森なんですけども、あそこがなぜ素晴らしいかというと、人口の森なんですよね。例えば緑化運動であったり、そういう形で植林がたくさん植えられていると思うんですけど、明治神宮も同じなんですけど、ただむやみやたらに木を植えたわけじゃないんですよね。あそこは人の手を借りることなく、何百年も維持していける生態系が成立した森をつくろう、というコンセプトの中でつくられた森で、綿密にデザインされているんですよ。“この木はここに植えて、この木はあそこに植えて…”というふうに、本当に計画的につくられた森なんですね。つまり、人間の英知を結集すれば、そして全力を尽くせば、大都会の中でも生態系の成立した森をつくることができる、(明治神宮は)その証明なんですよね。

 実際、そこが世界中ですごく評価されていて、いろんな国の方が、その明治神宮の森を見学に来られるんですけども、実はそういうこともあまり知られていないんですよ。ですから今回、僕がテーマとして明治神宮を取り上げたのは“都会の森”、都会の中に存在する森。森の中にたくさんの生物が住んでいるわけですけど、例えば、鳥たちは自分を取り巻く自然環境の、その向こうにある人間界を、森を通して見ているんですよね。僕はその鳥だったり、動物たちの目線で、その森と、森の向こうにある都会みたいなものを、24時間録ってみたかったんですね。ですから、自分のこういう、自然の音を扱ったシリーズの中では唯一というか、初めて人口の音がたくさん入っているCDになりましたね。本来であれば、車の音であったりとか、そういう都会のいろんな環境ノイズもあるじゃないですか。今まで、そういうものは僕は一切使わないことにしていたんですけど、今回はそれも含めての、2018年の東京の森のドキュメンタリーというか、そのシーンを切り取ったものを作りたかったんです。

 もちろん、今、生きている方にも聴いていただきたいですし、明治神宮に行きたくても行けない人にも聴いていただきたいんですけど、100年先、200年先の、東京に住んでいるであろう我々の子孫たちに、記録として“2018年の東京の森はこういう音がした”ということを残したいんですよね。これも、デジタルであればこそ、可能になったことなんですよ。というのは、アナログテープっていうのは寿命がありますから、保存期間が約10年とか20年と言われていますけど、デジタルの場合は保存方法さえきちんとすれば、ほぼ半永久的に残っていける可能性があるんです。例えば、我々が今、“江戸時代の音はどんなだっただろう?”って想像した時に、何にも資料がないじゃないですか」

●確かに! 江戸時代の音、聴いてみたかった〜!

「それを、200年先の子供たちに伝えたいの」

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 なぜ私たちは自然の音に癒されるのか。それは、自然の音が完璧なハーモニーだったから、なんですね。そんな自然の音に癒されたいけど、なかなか自然の中に行けない! そんな時は、これから奥田さんのCDをヘッドフォンで聴いて、まるで森の中にいるような、その音を楽しみたいと思います。

INFORMATION

『KILAUEA FOREST 24HOURS』

KILAUEA FOREST 24HOURS

 ハワイ島ボルケーノの森を24時間録音し、その時間の流れを1時間に圧縮した作品。フォトブックCD仕様で、奥田さんが撮った森の写真も掲載されています。ぜひヘッドフォンをして聴いてみてください。きっと、ハワイ島のレインフォレストの中にいるような感覚になりますよ!

最新作『TOKYO FOREST 24HOURS』

 テーマは「都会の森」。明治神宮の森の音を録音しており、人工の音がたくさん入っていることが、今までのCDとは大きく異なるそうです。発売は6月20日予定です。

 詳しくはジョー奥田さんのオフィシャルサイト、またはMiM Soundのホームページをご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「(MEET) THE FLINTSTONES / THE B-52's」

M1. DREAM OF YOU / KALAELOA

M2. THE SOUND OF SILENCE / SIMON & GARFUNKEL

M3. BUTTERFLY / DONAVON FRANKENREITER

M4. LOVIN'YOU / JANET KEY

M5. THIS MAGIC MOMENT / THE DRIFTERS

M6. 子供たちの未来へ / ケツメイシ

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」