2002.6.9放送

昆虫写真家・海野和男さんを迎えて


今週のゲストは昆虫写真家の海野和男さんです。“小諸日記パート2”とタイトルが付けられた写真展会場にお邪魔して、色々とお話をうかがってきました。この写真展、展示されている写真が素晴らしくて、都会にいるということを全く感じさせず、独特な空間になっていました。
「自然の中にみんなに浸っていただけたらと。僕は『小諸日記』と題して自分のホーム・ページで、毎日写真を撮って、その日のうちに“自然からのレポート”といった感じでコメントを書いて、アップするというのを、一日も休まなくなってから、もう2年と9ヶ月やってるんですよ。その2001年、去年の分を見ていただこうという趣向なんです。」

写真展会場にいると、こういう風景の中にこんな虫がいたんだなぁというのが見えてくるような、普段私がもしその場にいても気がつかず、ガサガサと歩いてしまった可能性のあるようなものがね・・・

「そうですね。人間の目というのは不思議なもので広い風景を見ていると、小さなものは目に入らなくなるんです。で、小さいものを見ていると逆に大きいものが目に入らなくなる。例えば、僕は昆虫の写真を撮り続けてるわけですが、テントウムシを一生懸命見てるとすると、そこにもっと大きなカミキリムシが飛んでも気がつかないんですよ。ようするに小さな虫の目になると、自分も小さくなっちゃう。鳥を見てたら決して虫は見えてこないし、虫を見てたら鳥は見えません。だけど、それは全部一緒に住んでいる世界なんですね。そういうときに風景を見て、風景と一緒に虫もいるようなものを写真で撮れないかなと、模索してきたの。まぁ、今回はそういう写真が少ないんですけどね。」

今回の写真展会場の中で、私の目を引いたのが“カマキリの上に止まっている赤とんぼ”

「(笑)あれはね、『びっくり』という題をつけたんですけど、びっくりしたの。このカマキリ君は、その日はちょっと寒かったんで、じーっとしてたんですね。でも、一応えさは捕る気があって前の方に足を延ばしてるんです。これ、お祈りの姿勢といってカマキリ独特の姿勢なんです。虫が来るとグッと構えてピッと捕るわけです。ところがカマキリというのは自分の顔の前に虫がいないと捕ることが出来ないんです。ところがトンボの方はといえば、トンボはすごく目がいいんですけど、止まってるものは余りよく見えないんです。カマキリがいても動かないから棒かなんかと間違えちゃったんだね。それで、前から行ったらカマキリが来るんだけど、後ろから行って止まっちゃったわけ。カマキリびっくりだよね。動けないよね。そんなことされたことないからカマキリも困っちゃってさ。それで、2枚3枚と撮ったんですよ。そしたらまたトンボがちょっと飛んでまたそこに止まるの。トンボって同じところを行ったり来たりする習性があって、それを繰り返してたら、ついに1分位たって、止まろうとしたらカマキリが振り向いてトンボを狙ったんですけど、だめだったんですね。」

こういうことってあるんですね。

「そういうことはいくらでもありますよ。そういうおかしなチャンスを動物ではよく撮られるんですけど、昆虫だと皆さん、そういうのを狙おうという気が無いので、ないんですね。周りを見ていると身近で面白いドラマがたくさんあるんですけどね。そういうのを記録していくのが楽しくてしょうがないと。僕は東京生まれなんですよ。都心に近いところに住んでて、今も東京にいるときは千代田区にいるんです。3年前までは神田、市谷の辺りをフィールドにしてたんです。で、随分いろんな虫がいるんです。東京って、実は世界でもかなり自然が豊かなところなんですね。大自然はありませんよ。手付かずの自然というのは、日本どこいってもほとんど無い。で、人間が作った自然ですが、都市の中ではけっこう豊かな緑があるところなんです。それは住民が古い老人が住んでるからなんですね。老人が植木鉢に色々なものを植えて、外に出すわけ。これはたいした緑じゃないんだけど、実はそこにアゲハチョウが卵を産みに来たり、テントウムシが油虫を食べに来たりするんですね。だから特殊なものはいないけど、千代田区だけで、日本に住んでるチョウチョの2割がいる。虫がいれば鳥もいるということで、鳥もけっこう多い。皇居もあるし。随分いろんなものがいるんです。
 大体、虫って小さいのでよほど気をつけないと見えないんですよ。例えば、今ここにテーブルがありますよね。80センチ×80センチぐらいで、狭いでしょ?ここにテントウムシさんが座ったら何匹座れるかなって考えるんですよ。テントウムシは人間のおよそ200分の1の大きさなんです。ということは80センチというのは160メートルなんだよ。160メートル×160メートルですから広さとして凄いよね。それで、高さが40センチということは200倍だから80メートル。もしこれくらいの草が生えてたら、アマゾンのジャングルと同じわけ。ですから、そういう目で見るとテントウムシはそこにいるわけですけど、小さな草むらだと思えば、そこには何もいないと思っちゃうわけですね。」

海野さんは昆虫をメインに撮ってらっしゃるんですけど、小さいときから昆虫が好きだったんですか?

「僕は物心ついたときから虫が好きだったんです。なんで好きかはよくわからんですが、虫ほどきれいなものはないなんて、子供の頃は言ってたんですが、虫の色を見てこれと同じ色が絵の具で出せるかなんて言ってたんです。でも、そうじゃないね。虫と人間が大差ない生き物であるということがわかったということで、子供の頃人が苦手だったんで虫が好きだったんだと思う。虫見てたら、何だか人間より凄いじゃないと思ってたんだね。それは今でもそう思う。勉強になるんですね。虫見てるだけで、人生が開けてくる。だから僕は虫との出会いが無かったら写真も撮らなかっただろうし、写真家にもならなかっただろうし、今毎日が楽しくてしょうがないわけだけど、そういうふうな人生を送れたのは、すべて虫さんのおかげということになります。虫を通じて自然を見たということですね。」

昆虫って、よく見てないと気がつかないほど小さいものも一杯いるじゃないですか。海野さんの写真を見ているとなんか、ホントに人間と変わらないなという表情もあるし。
「そういうこともあるし、そういう部分と、もう一つは、虫はどうしていろんな色があるのかとか、虫にも言葉はあるんだろうかとか、虫にも愛はあるんだろうか、どうやってオスとメスは出会うんだろうかとか、まぁ、自分も面白いんだから人にも面白いと思って欲しいなぁと思うんですね。そのためにはメッセンジャーになることが必要で、僕は昆虫のメッセンジャーと自分で呼んどるんですけど。」

インセクト・アンバサダーですね
「そうですね。そういう外交官のようなこともやるわけでございますけど、昆虫界が送りだしてくれたんですね。だから昆虫には足を向けて寝られない、なんて言ってて、昨日実は虫を2匹も殺してしまいまして。」

踏んでしまったんですか?

「ゴキブリなんですけど。夜中まで仕事してて帰ろうと思って玄関に行ったらゴキブリが1匹いたんだよ。僕は殺虫剤は大反対なんだけど、ゴキブリとは戦って、スリッパか素手でつぶせって。たまたま靴をはいてたんで踏んづけたの。それで意気揚々と外にでて歩いてたら、途中で足の中でもう1コ潰したの。僕はなんか地面にガムでも落ちてて踏んだのかなと思ったんだけど、なんか感触がいや〜な予感がしたんですね。ということでウチに帰って家族に見せたらキャーってなもんで、都会育ちだから慣れてなくてその靴下履いたまま上に上がるなとかって。」

海野さんにとってもゴキブリは殺虫剤は反対だけど、殺生していい?
「そりゃ当たり前ですよ。決まってるじゃない。自然を大切にというのは、大切にじゃないんだね。自然というのは、そんなに生易しいものではなくて、相手とこっちの戦いみたいなところがあるんです。いつもそうやって戦ってきた。だけど、人間というのは機械力があって一気に自然を壊しちゃうということを平気でやってる。そういったときに弱者はなんだと考えれば、そこに住む生き物ですよね。そうした場合にその生きものたちを守ろうという前に、そういうところで生きものたちが生活しているということを知るということが一番大切だと思うんですね。なんとかを殺すなとか、なんとかを守ろうじゃなくて、そこにこういう虫が生活してるんだよって。さっきも言ったように1メートル四方ぐらいの空間にもいろんなものが住んでるんだよってことがわかって、草を刈ってもいいわけ。わかってれば対応が違うんですよ。草刈って申し訳ないなと思う。でも自分の家にはそんなに広いスペースがあるわけじゃないんだからテントウムシのためにとって置けないよと。それはいいんです。つまりさ、なにか、知ってて殺すといけないみたいで、知らないで殺すといいみたいという、逆なんですね。知らないで殺すのが一番悪いわけ。それは知ってて殺すとかわいそうで、知らないで殺すとかわいそうじゃない・・・。」

知らないんだからということですよね。

「そう、これがいけない。そのためには自然のことを知るということですね。それがメッセンジャーの仕事なんですよ、昆虫界の。」

海野さん、今実はガーデニングに凝っている?
「うん。ガーデニングというほどのもんじゃなくて、ようするに庭にチョウチョの好きな花を植えてチョウチョが来る庭作りということで、バタフライ・ガーデンと呼んどるわけですが、これをずっとやっとると。子供の頃からの夢ですね。身近なところでチョウチョに飛んでて欲しいと。」

なんか、バタフライ・ガーデンってすごく素敵なネーミング。

「花って実はチョウチョやハチを呼ぶためにきれいになったと言われてますんで、チョウチョやハチのいない花壇なんてのは偽物だと思うわけです。ですので、チョウチョやハチが来る花を植えるんです。」

それは私たちが通常ガーデニングなどで揃える花とは違うものなんですか。
「その辺に生えてる花だったりもするんですけど、基本的には改良が進んだ花はだめですね。少し古い系統の花がいい。例えば百日草とかでも昔からある背の高い百日草はいいんですけど、今売られている矮小系の小さくしてるやつはだめなのね。蜜が出ないんです。蜜や花粉がある花ならいいんです。だから来ない花は植えないとしていたんですが、実はチューリップを植えるのに凝っちゃいまして。春に花が無いからね。チューリップというのは、改良種なんですよ。原種はもっと花が小さいわけ。それにはハチとかもよく来るんだわ。でも大きいやつはだめ。なんで来ないかというと、人間が色々世話してあげるでしょ?だから虫になんか来てもらわなくてもいいとチューリップが思ったんじゃないかと思うんですね。植物というのは結構したたかで虫をだまして受粉させたりするんだけど、チューリップは人間をだまして個体数を増やしてるんじゃないか。」

人間をも操るチューリップ・・・
「そう。僕が操られたぐらいですから。でもね、何年かしたら、ウチの庭のチューリップには虫が来るようになったんですよ。去年はハナモグリというのが何匹も花粉を食べてまして、今年はなんとミツバチが来たのよ。僕は子供の本にチューリップにはミツバチは来ませんよと書いてるんだけど、来ちゃったのね。」

それ、なんでなんですか?
「僕があまり手入れをしないからチューリップが困ったんですね。人は当てにならないということがわかって自衛策をチューリップが取りはじめたのかもしれない。これちょっと冗談ぽいけど、結構本当のところもあるかもしれないね。」

でも、このバタフライ・ガーデンというのは都内でも成り立つものですか?
「成り立つね。小さい土地があればね。さっきいったように1メートルぐらいでもいいんだけど、チョウチョはもう少し大きいので、人間でいえば500坪ぐらいの公園があれば憩いになるかなと思えば、チョウチョは人間の50分の1ぐらいの大きさだから10坪ぐらいの土地があればバタフライ・ガーデンができる。」

小学校の花壇とか造るんならバタフライ・ガーデンを造って欲しいですね。
「そうなの。小学校の花壇は全部バタフライ・ガーデン、もしくは自然ガーデンにすると。そうすればチョウチョだけじゃなくて他の虫も来るようにして鳥も来ると。ただし、花は少なくともチョウチョが好きなものにすると。都会に住めるチョウチョで代表的なものはアゲハチョウです。あとは楠を食べるアオスジアゲハ。だから、東京周辺だったら柵を鉄なんかで作らないで、カラタチで作る。カラタチというのはトゲが一杯あって泥棒が入らなくていいんですよ。それで垣根にすればアゲハチョウが葉っぱを食べる。そういうのを作っておけばどこでもチョウチョが来ると。彼らは羽がありますから、そういうネットワークをたくさん作れば、飛んで東京中チョウチョが一杯ということになりますね。」

まぁ、ホーム・ページの方でも2年9ヶ月続けてらっしゃる日記(http://www.wnn.or.jp/wnn-x/unno/index.html )。今回の写真展もデジカメで全部撮ってらっしゃるんですが、デジカメとフィルム・カメラは、どう違うんですか。
「何も違わないんだけど、フィルムに露光するかCCDに露光するか。ただちょっと違う点は、僕の使ってるオリンパスのE10というカメラはフィルムにあたるCCDが小さいんです。ということはレンズの焦点距離が短くていい。その良さはピントが深い、つまりピンボケが少ないということです。だから一眼レフで撮るよりも簡単に写真が撮れる。そこがちょっと違う。でも基本的には何も変わらないですね。デジカメの方が易しいのでどんどん自然の写真なんかもチャレンジしてもらうといいですね。」

特に昆虫とかを撮るコツというのは?

「それは虫が好きになることね。そうするといい写真が撮れるよ。風景もいいなと思えばいい写真が撮れる。でもその前に写真には一応技術が必要なのね。絞りを絞るとピントが深くなるとか、絞りを開けるとボケがきれいになるとか、そういうごく基本的なところさえ知っておけばいい。あとは愛があれば写真は撮れる。」

なるほど。私もちょっと挑戦してみようかな。
「うん。お花なんか撮ってみるといいんじゃないですか。」

簡単に扱えるデジカメをもって自然のフィールドに出かけて、いい写真をたくさん撮る。またまた休日の楽しみが増えたような気がしました。

ホーム・ページ&写真集紹介/海野和男さん
http://www.wnn.or.jp/wnn-x/unno
昆虫写真家、海野和男さんのホーム・ページ「海野和男のデジタル昆虫記」。海野さんの活動予定や昆虫フォトギャラリー、撮影技術のコーナーなどがあります。また、デジカメで写す自然界の出来事を海野さんのコメントで紹介する「小諸日記」は毎日更新! ゲスト・トークでも話に出た、カマキリの上にトンボが留まってビックリの写真は「小諸日記」の2001年8月12日に載っています。

デジカメで記録する 海野和男の里山日記

世界文化社/2,520円/絶賛発売中
「小諸日記」が本となって発売されています。2000年4月から2001年3月までをまとめたもので、もちろん写真集的な楽しみ方もあるんですが、いつどこで、どんな状況で何の写真を撮ったのかを書いた文章も付いているので昆虫図鑑、植物図鑑、野鳥図鑑としての使い方もできます。また、デジカメで自然写真を撮る参考にもなるという、オススメの1冊です。

『海野和男とクラシックカメラ/クラシックカメラで自然を撮る』

人類文化社/本体価格3,600円/7月発売予定
カメラ写真はデジカメで、自然写真はクラシックカメラで撮影。「クラカメ図鑑」としても、「ネイチャー写真集」としても楽しめます。

『虫たちの惑星』

海野さんが自費出版した写真集。書店では販売していない貴重なもので、海野さんの写真家・人生を凝縮したような1冊。こちらは写真展会場か、海野さんのホーム・ページでのみ購入できます。ぜひ見てただきたい1冊です。

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