2002.6.16放送

ピアニスト、ウォン・ウィンツァンさんを迎えて


ウォンさんとは今年5月の“ザ・フリントストーン・ミュージック・アルバム発売記念公開放送”の時に素晴らしいピアノ演奏を披露していただいて以来。その時にはウォンさんにトークのチャンスがなかったので、近いうちにたっぷりとお話をしてもらおうということで、今回のゲスト出演ということになりました。

心地よい緊張感、究極のリラクゼーションを聴く人に与えてくれる音楽だなということを、はじめて聴いたときから感じてたんですけど・・・。
「僕にとって音楽を作るということは実は自分を癒していくプロセスだったわけ。一番最初に『さとわ』というCDを出したあと、『童謡』や『エイジアン・ドール』を出すことによって自分のルーツ、母方のルーツ、父方のルーツ、今の自分はなんだろうという、物語を紡いでいく作業だったのね。それが僕のCDになっていくわけ。僕自身を癒す作業だったんだけど、それが結果としてオーディエンスを癒すことになったんだなということで、嬉しかったですね。だから、自分自身を癒すことではあったけど、人まで癒せるとは考えてなかったんですよ。で、この間ね、ツアーが集中的にあったりして疲れてて、家に帰って『九寨溝』って新しいCDをちょっとかけたのね。癒されるんだなぁ。なんて癒されるんだろう、この音楽って自分で自分のことを思ってしまった今日この頃なんです。(笑)」

今日発売!なんです。ウォン・ウィンツァンさん、ニュー・アルバム『九寨溝』。

「はい。別に“キュウサイコウ”って、九歳の子供がいるとか、昔最高だったとか、そういう意味じゃなくて、これは中国のチベットの山の奥に、九寨溝という場所があるんですね。意味は九つの村がある谷という意味なんですけど、ここには本当に美しい湖が100以上あるんです。谷に沿ってずっと並んでるんです。そこを取材したNHKの番組が昨年、スペシャルで放映されて、その映像に音楽をつけて下さいということでね。作曲できる期間が10日もなかったくらいだったんですけどね。テーマ音楽は作曲したんだけど、他はほとんど映像を見ながら即興で弾いていった。」

その意味では『九寨溝』はサウンドトラック?
「うん。これはサウンドトラックですね。僕、実を言うと昔テレビ・コマーシャルの作曲を10年以上やっていた時期があって、映像に音楽を合わせて演奏するということはよくやってきたんです。ピアノ・ソロの活動を始めてからはそういうことはなかったんで、本当に久しぶりに映像に音楽をつけることの醍醐味を楽しみましたね。」

一番の違いといったらどういうところなんですか?

「映像を見ないで、何もないところで自分で作曲していく作業というのは、ピアノの前に座って即興でいろんなものを弾いてみる。そうするとその時に一番弾きたいものがでてくるじゃない。つまりその時のエモーションなり、自分の内側にあるかけらみたいなものが出てきて、一つの音楽になっていくんだけど、これは与えられた映像につけていくのね。つまり前の方は怠け者だと永遠に作曲できない。映像があると、これにつけるんだなということでパァーッと・・・。」

じゃぁ、急に広い湖の映像が出ると曲的にはこう盛り上がってとか?

「実を言うとね、色々きれいな自然のところにいくじゃない。山いったり海いったり。そこいっても僕は音楽が出てこないんですね。だから音楽を作るというスイッチを入れないとね。頭の中にスイッチがずらーっと並んでてね、今日はおしゃべりのスイッチとか、沈黙のスイッチとか、色々あるんですよ。(笑)」

これはもう、私たちにはわからない・・・
「いや、みんなにもあるんだけれど、音楽を作るという行為の音楽のチャンネルにスイッチを入れてあげると、一つの映像を見て自分はこれにどういう音楽をつけたいのか、どういう音楽が湧き出てくるのかとか、自然に出てくるんですよね。」

『九寨溝』のなかでは「水のうた、森のねむり」はスイッチを入れて・・・

「これはテーマだったのね。九寨溝というのは水がとうとうと流れているのね。不思議にね、森の中に水が流れている。森が先か水が先かは分からないけど、不思議な風景なんですよね。その時に僕がイメージしたのが、水っていうのが歌うようにちょろちょろ流れていて、そこに森が眠っているんだな、悠久の眠りを。そういう感じがあったのね。」

九寨溝のテーマとしての「水のうた、森のねむり」以外の曲は即興でということですが。
「ある意味では映像の向こう側に見える音というのを紡いでいくんだけど、音楽をつけることによって、もう一つの意味、向こう側に隠れている意味を見いだせるというか、そこが音楽の不思議なところだよね。よくウォークマンで音楽を聴きながら歩いていると、見慣れた何気ない風景が違って見えるじゃない。ああいうことなんだと思うのね。作曲家というのは、風景を見ながら向こう側に潜んでいるなんか、もう一つの感性みたいなものを導き出しているってことだと思うね。」

ウォンさんご自身は九寨溝には行ったことがあるんですか?
「僕、中国人だといわれてるんだけど、中国に行ったことがないんだから。日本生まれ、日本育ちでね、国外もたくさん行ってるんだけど、中国だけはまだ行ったことがないんです。」

じゃぁ、この場所は本当に映像で見ただけ?
「うん」

やっぱりインスパイアされるものがすごくある場所でしたか?

「ああ。びっくりしました。そうだね、一番印象に残っているのが、水がともかくきれいで、水の中で30メートル先が見えるというね。水中の映像があるんだけど、それはそれは筆舌に尽くしがたいという言葉があるけどね。」

実は、ウォンさんのアルバム『九寨溝』のジャケット。これまた多分奥様の手作りのところが入っているんですけど、その中の写真が一部使われて・・・

「はい。2時間番組の中のハイヴィジョンのデータを写真に換えてもらって。全部で4枚の写真があるんですけど、そのうち3枚が水中写真なんですよ。これは湖底に落ちてきた倒木なんだけど、ここの山は全部が石灰石で水に石灰石が溶けだす。だから水がきれいなんだけど、その石灰が木に付着して石灰華って呼ぶものになるの。この石灰華が、様々な美しい倒木の造形を見せてくれるんだよね。見せられないのが残念だなぁ、なんてね」

もう絶対にアルバムをゲットしていただいて、この写真を見ていただきたいんですけど、その中でこれが水中写真だとは信じられないものがあるんです。深い夜明けの森、ちょっと霧のかかった森の写真なのかなと。

「そうだね。僕もはじめて映像を見たときは、きれいだなぁって。凄い奥行き感があって霧のかかった森の奥の方に樹氷が、という感じの美しいね。僕も色々な映像を見てきたけど、これは本当にきれいだよね。」

ところで、ウォンさんには、この番組にたびたび出ていただいて、最後に出ていただいたのが、『もしも地雷がなかったなら』の頃なんですけど、それからウオンさん、チャリティ活動も含め、結構海外にも。今年に入ってからはニューヨークの方にも行かれてますよね。
「はい、これは皆さんご存知の昨年9月11日のテロ事件のあと、僕も去年の秋は自分のコンサート・シリーズを“平和への祈り”と変えて、アフガン戦争やテロの犠牲者への思いというものを伝えるような気持ちで活動したわけですけど、今年の1月、井津建郎さんという写真家がいて、彼の周りのアーティスト100人に、ピース・アート展を開くために、平和をモチーフにした作品を作ってもらって、ポスター展になってるんだけど、その井津さんが、僕の友人だったので、彼のポケットマネーで僕を呼んでくれて、ニューヨークのそのギャラリーの真ん中にピアノを置いて、ピース・コンサートという形でやらせてもらったんですね。」

私なんか戦争を知らない子供なわけですけど、実際にそういう場面も新聞やテレビでしか見たことがないじゃないですか。争いの怖さっていうの、そこではじめてニューヨーカーの人たちも触れたんだろうなって。よく平和を訴えるときに二通りあるじゃないですか。戦争のむごさを示すことによってこういうことはやってはいけないということを見せる。また、もう一つは美しいものを見せ続けることによって、すべてをポジティヴ・シンキングに持っていく・・・
「まさしくエイミーが言った通りだと思うのね。今まで色々な戦いがあった。人間の歴史なんて戦いの歴史で、むしろ今の方が戦いが少ないのではないかと思うぐらい。でも、兵器は凄い、いつでも戦争できるぞって。で、そのむごたらしさをちゃんと見せないといけないことが一つと、でもそればっかりじゃとても苦しい。本当に僕たちがやりたいのは、平和はいいんだよというメッセージじゃない。確かに暴力性のようなものは僕の中にもある。確かにあるんだけど、僕の中にあるもう一つの平和への希求、幸せに生きたいという思いも強くある。そっちの方を強く思ったときに、ネガティヴなものはしぼんでいってしまう。人間の本質として持っているんだけど、別にそれにフォーカスする必要はなくなってくるというかね。やっぱりストレスとか疲れとか、間違った知識、偏見、そういうものをひとつひとつ除いていくと、人間は自分の生き甲斐や幸せを見いだして、自分を愛することを知って、そのことがそのまま目の前にいる人を愛すことを知る。」

ニュー・アルバムが発売されたばかりですけど、この先のご予定は?
「もう、たくさんあるんですけど、まずCDのリリースでいうと、既にでき上がってるCDがフォーク・シンガーの及川恒平さんと一緒に作ったCDが出ます。それと、山本公成さんという、風の楽団というグループのサクソフォン・プレイヤーで、彼とは永いつきあいなんだけど、彼との2枚目のCD、これも美しいCDなんですね。あと、WIM3というジャズの、ちょうどこの間ツアーとレコーディングをやっていい録音が出来ましたので、多分これも9月ぐらいにはリリース。」

じゃぁ、これからも大忙しですね。今度はコンサート会場でもお会いしたいですね。

是非皆さんもコンサート会場でウォンさんの心の琴線に触れる素敵な音楽と磨きのかかったダジャレを体験して欲しいと思います。

『九寨溝〜水のうた、森のねむり』
サトワミュージック/STW-7015/¥2,625
http://www.satowa-music.com/cd/kyusaiko.html
2001年に放送されハイビジョン番組賞を受賞したハイビジョンスペシャル「中国の桃源郷〜原始の森の湖沼群・九寨溝〜」並びに2002年に放送されたNHKスペシャル『水と森が生んだ奇跡〜世界遺産 中国・九寨溝〜」のサウンドトラックとして制作されたウォンさんの最新アルバム。もちろんサントラということで映像とともに聴いた方がより深い感動を受けるのだろうが、音楽だけ単独で聴いても究極のリラクゼーション、深い安らぎを得られる素晴らしい内容になっている。九寨溝の悠久の時の流れに身を任せて、しばしゆったリズムの中でくつろぎたいと思っているあなた、このアルバムを是非聴いて下さい。

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