2003.3.23放送
元イワシ予報官・平本紀久雄さんの
『食ってみるまでが魚学』
今週は、イワシやサバの漁況を予報する「イワシ予報官」として活躍された、平本紀久雄さんを約5年ぶりにお迎えしました。平本さんは約40年もの間、千葉県水産試験場の職員としてイワシなど沿岸資源調査に従事。千葉の海や漁師さんと密接な関係を保ち続け、変わりゆく千葉の砂浜をつぶさに目撃してきました。そして退官後の現在は「千葉の海と漁業を考える会」を立ち上げ、その代表として活躍されていらっしゃいます。今週はそんな平本さんに、同会の活動内容や、著作『イワシ予報官の海辺の食卓』から、ご専門のイワシのこと、千葉の漁師さんの食卓に載る意外な海産物のこと、そして変わりゆく千葉の砂浜のことなどをじっくりと伺いました。
●どうも御無沙汰しております。6年振りくらいなんですが、以前は本当に"イワシ予報官"として、その聞き慣れない肩書きというのも番組の方では色々伺ったんですが、その頃というのは千葉県水産試験場の方に勤務されていらしたんですよね。
「はい、そうですね」
●そして38年間の勤務を終え、翌年の2001年に『イワシ予報官の海辺の食卓』という本を出されたということで、この本はそれまで書かれていたエッセイとかをまとめられた本なんですよね?
「そうですね。あちこちで頼まれるものですから、退職を機にまとめてみようと。それから退職後に書いたものもありまして、ちょっと内容はイワシの予報とは違ものもありますけどね」
●以前にお話しを伺った時にもすごく感じたことは、イワシって結構食している身近な魚のような気がしたのに、実際はあまり知らなかったって思ったんですね。ここで改めてイワシさんの"おさらい"をちょっとしていただければと(笑)
「世界でですね、大体1億2000万トンくらい魚介類が捕られるんですね。で、そのうち海の漁獲量というのが9000万トンくらい。そのうちの25%くらいがイワシ類なんですよ。だから世界で1番捕られている魚ですね。そしてまた、1番食べられていない魚でもあるんです」
●食べられていない魚なんですか?
「要するに、食料以外に用いられることが多い、そういう魚なんですよ」
●種類的には、イワシ類というのはどれくらいいるんですか?
「世界には330くらいの種類はいるらしいんですよ。日本にも26種類いるんです。普通、イワシって言うとマイワシです。これは10年くらい前までは日本の全漁獲量の40%くらい一つの種類で捕れていたんですが、今は急激に落ちて全盛時代の2%くらいにまで落ちているんですよ。450万トンから数万トンまで落ちているんです。今は少なくなったものですから、みなさん「イワシを食べたい、食べたい」って言うんですけど、あの豊漁時代にほとんど食べていなかったんですね」
●無駄なことをしていたわけですね。
「はい、でも何故だと思いますか?」
●・・・なんでなんですか?
「要するに、安すぎるでしょ。そうすると魚屋さんは買ってきて売っても、儲けにならないんですよ」
●なるほどねー。
「その頃は、浜では「1キロ・幾ら」なんですね。実際、1キロが10円以下だったんですよ。今は、数千円ですよ」
●あの頃に食べておけばー(笑)!
「(笑)。そういうことなんです、もうすでに遅しっていう感じなんですね。だけど、よくしたものでマイワシがいなくなると、カタクチイワシという別のイワシがいるんですよ。例えば煮干しになる、メザシになる、あの魚です。今あれが1番捕れているんです。太平洋の東側と西側というのは、水温がシーソーのようになっていて、ラニーニャの時には貿易風が吹きますからね、南極から栄養の富んだ寒流がいっぱい流れてくるわけです。当然そこから、いま深層水がブームですけど、栄養の豊富な湧昇流があがってくるでしょ。それを南米のカタクチイワシが食べて繁殖するわけです。そうやってカタクチイワシが繁殖すると、マイワシは隅に追いやられてしまうわけです」
●なるほどー。
「その反対がエルニーニョと言うんですけど、太平洋の東側のこちらが暖かくなると、カタクチイワシがダメージを受けるわけです。餌が不足するんでしょうね。その合間にマイワシが増えていくんですよ。そうすると日本側の東側が冷たければ、向こうは暖かいんですよ、シーソーですから。だけど、どういうわけか、日本と南米とですね、時を同じくして、マイワシが増える時は増える、カタクチイワシが増える時は増えるんですよ」
●じゃあ、気温とか、だけが原因ではない?
「だから、それだけでは決められないんです。もちろん環境というのは重要な側面ですけど、漁況予報の基本にですね、イワシと言えども生き物でしょうと。生き物の基本って何ですか?って言うと"食い気と色気"じゃないですか」
●(笑)。
「食い気って言うのは餌が無ければ生きられない。色気って言うのは人間ほどじゃないけど(笑)、子孫を残さなければいけないでしょ。イワシはイワシなりの生き方しているんだと。それに基づいて予報をすれば、環境だけで言う予報よりも当たりますよ、っていうのが私の予報のミソだったんですよ」
●なるほど。でも、マイワシは私達が「キロ・幾ら」で気軽に食せるように、また戻って来るんですかね?
「それは今までの江戸時代からの歴史を見ますと、人間が捕り尽くすなんていうのはありえないんですね。それから上手いぐあいに産卵するときにはあまり沿岸にいませんから、子孫を残せるようになっているんですね。だけれども、回復するのには何十年もかかっているんですよ。江戸時代からずーっとですね、20世紀にも2度豊漁があって、今、奈落の底に落ちるように下がっているんですね。でもいずれ20〜30年すれば増えることは間違いないです」
●あと、20〜30年後ですか?
「そうですねー」
●その時は、大切に、大事に、おいしく戴きたいなと思います(笑)
「頑張って生きなきゃいけませんね(笑)」
●そうですね、はい(笑)。で、平本さんのご本の帯にも載っているんですけど、「食ってみるまでが魚学」という信条、そして実際に色々なものを食べていらっしゃるということなんですが、本当に色々なものを食されていらっしゃいますね(笑)
「この分野になると、僕は素人なわけです。浜の人達、特に漁師さん達が専門家。で、僕はその聞き書きをするという、要するに食べさせてもらって能書きを書くだけなんです。漁師さんというのは、自分の得意な分野というのを本当に得意になって話してくれるんですよ。必ず食べさせてくれて自慢をするわけですね。で、「また、来いよ!」なんて言われると、私も食いしん坊だからまた行くわけですよ(笑)」
●(笑)。では、この本でもいくつか載っているものをいくつかご紹介をしたいと思うんですが。まず「カメノテ」(しいりっけえ)、これは?
「カメノテっていうのはですね、フジツボの仲間なんですね。だから良い意味ではエビ・カニの仲間、甲殻類なんですよ。ただ岩に張り付いていて外に見えるところが貝みたいに見えるんですね。それが亀の手に見えるわけ。房州では尻に貝がついているという意味ですね」
●これ、どんな味なんですか?
「これは味噌汁のダシに使うんですね。割りと上品な味です。千葉県の場合では味噌汁のダシを摂るだけでけですけど、南の方では茹でて食べたり、鹿児島辺りでは市場に出ているんですよ。私はこういうものに旬なんてないのかと思ったら、やっぱり秋に食べるよりも春のほうが身があるんですね。だからこういうものだって、ちゃんと旬があるんだと思いますよ」
●なるほどねー。あと、「はこふぐ」これは?
「これも、浜のものの中では僕は絶品だと思いますね。はこふぐはヒレのところにしか毒がないんですよ。そこは器にしてしまいますから食べないですよね。そして上下に切りまして、パカって2つに割って中身を出して、内蔵を取って、肝の部分は脂っこくてラードみたいなので、半分だけ使うんですね。それから肉をたたいて両方に詰めて上にホイルなんかをかけて焼けば蒸し焼きになるでしょ。そうすると、魚というよりも肉に近いですね。非常にジューシーで(笑)」
●はこふぐは、魚よりかは、肉。
「ええ、そうですね。特に定置網なんかに入るんですけどね、1〜2匹ですと捨ててあるじゃないですか。で、戴いてこれますよね(笑)」
●なるほど(笑)
「房州じゃ、民宿なんかで出しているところもあるようですけど、ほとんどの人が知らないですね。ところが五島列島なんかに行くと、1匹3000円くらいの料理ですよ」
●そこらに捨ててあるようなものが? 3000円の料理に化けるんですか?
「そうそう、高級料理ですよ。だから、いかに知らないかですよね」
●これ、要チェックものですね。あと、「アメフラシ」(ござら)。これは?
「ござらっていう意味はですね、なかなか分からなかったんですけど、江戸時代の言葉では「ござる」っていう言葉、くたばるとか汚い、死ぬとかそういう意味ですね。要するに掴むと紫のモノを出すじゃないですか、あれだと思いますね。ところが広い意味ではアメフラシは貝とかイカ・タコの仲間ですね、軟体動物なんですよ。見かけによらず味が淡泊なんです。クセが無いんですよ。千葉でも館山辺りでは食べません。大原付近だけなんですよ」
●その地域でしか食さない?
「そういうことです。で、浜の人、50歳より上の人達かな、食べた記憶のある人達は「うまい」っていいますよ。僕に言わせると、あんまり味が無いと思うんですけど(笑)。これはまず、内蔵を取って茹でて、3センチくらいの角切りにして、油で炒めるんです。味噌とミリンと砂糖を入れて、ごぼうが合うのかな。それで炒めると縮んで、クセが無いから食べられるということですよね」
●逆にクセがないから、そうやっていろんな炒め物とかには案外おいしいかもしれませんね。
「そうです、おいしいですよ」
●そしてウチのスタッフも、エッ!?って言っていたのが、「ごんずい」。食べるんですか?って。
「そうですね(笑)、釣りの邪魔ものですよね、これ引っ掛かっちゃたら悲鳴上げますよね。針が毒でしょ。だけど今、館山辺りでは普通の魚屋さんで売っています。それからスーパーにも出始めましたね。すごく安いですよ。小さい物は味噌汁の具にするんです。1番合うのが、かぼちゃ。かぼちゃの味噌汁ですね、ごんずいというのはすぐ壊れやすいですから、後から入れた方がいいんだと思いますけど、本当に合いますね。大きい物でも1匹50円くらいしかしないんじゃないかな。だから小さい物だったら200円あったら家族4〜5人で十分に食べられますね。本当に合いますよ、かぼちゃと。とげを取ってありますからね。それから大きい物でしたら天ぷらが1番いいです。軽いですよ、だってナマズの仲間ですから」
●これ、ちょっと意外ですけど、是非お試しですね。で、平本さんは退職された後、2000年に「千葉の海と漁業を考える会」というのを立ち上げていらっしゃるんですけど、この肩書き通りの内容なんだろうなというのは分かるんですが、もともとこれはどういう目的を持って作られたんですか?
「長年ですね調査の為に、車が主ですけど、館山から銚子まで150キロくらいかな、月に2〜3回とか通っていたんですよ。すると段々ですね、浜にコンクリートの建造物があちこちに出てきて、砂浜がどんどん減っているんですね。全体としては年間で20万トンくらい、ダンプカーで4万台くらいの砂を補給してやらないと埋め合わせが出来ないそうですよ」
●そんなになるんですか?
「ええ、だから放っておけば、数千年かかってできた九十九里浜が、数十年でなくなるという計算になるわけなんですね。それが1番最初に気付いたことです。これは人間が自然を壊しているわけですから、それが抜き差しにならないと思ったものですから、そのことを一つ取り上げたいと。それがら今、魚が軒並み減っていますね、イワシは極端な例ですけど。そういう中で漁業が非常にピンチなわけですよ。それでも漁業で頑張ろうという人達は減っていますけどたくさんいるわけですね。そういう人達のお手伝いが出来ないかなと思って立ち上げたんですよ」
●それから立ち上げてから3年目になるということなんですよね、今はどんな風に?
「その海岸工事の事ではですね、安房郡に和田町というところがあるんですが、そこの白渚(しらすか)海岸の工事で、住民の人達が非常に不満があったんですね。県の事業ですけど、それに住民の意志を入れながら海の中に原則としてコンクリートは入れないとかですね、陸上の問題は陸上で処理をするといったこと、一方では工事は高潮対策などの人命に関わることでもありますから、そういうのを専門家集団と地元の人、県の技術者と一緒になって変更をするという形でね、全国初のケースだそうです。2年かかったんですけど、後で気付いたら日本全国で最先端のやり方だったそうですよ。これを和田だけでなくて私の住んでいる館山なんかにも人工的な海岸作りがあって、それが流れを変えてしまいますからね、酷い目に遭っているんですよ。そういうものを、海を変えない、流れを変えない、そういう大前提に立ってですね、住民の意見を入れながら、新しい工法で自然を生かした海岸に戻していかなければいけないと思っているんですが」
●人間って、すごく自分たちに便利がいいようにというような、見た目をきれいに整えるっていうのを、すごくするじゃないですか。
「そうですね、例えば日本人っていうのは箱庭が好きじゃないですか、あれ僕は害をなしていると思いますね。全部自分の頭で、完全に作り上げちゃうんですね、そうじゃなくて、野放しのものがあっていいじゃないか、例えば生き物でも天然記念物とか、きれいな物は守るけど、他のものはいらないって、そうじゃないですよね、きれいなものもあれば、目立たないものもあれば、ありのままのものが、生き物だったら見栄えのしないものも生きているわけでしょ、そういうのも全部評価できる仕組みが必要なんじゃないかなって思いますけどね」
●そしてこれからの会の活動、ご予定とかは?
「40年近く漁業の仕事に携わってきたので、何かの形で世話になった漁業者に恩返しをしなくちゃいけないじゃないですか。それと同時にそういうことで引っ張り出されるというのは、ある意味で生き甲斐になりますよね。だから両方あるんですね。自分の趣味を生かすのと、それから自分のことを考えるよりも人のことを考えていたほうが幸せじゃないですか。そういう線でやっていこうと思っているんですけどね」
●また、講演会とかありましたら番組でも紹介させていただいて、皆さんにもぜひ楽しい講演を聴いていただきたいですね。ぜひ番組にもまた遊びに来ていただいて、お話をして下さい。
「こういうお話で良ければ、いつでも来ますよ(笑)」
●もう、とっても楽しく勉強になっております(笑)。今日はありがとうございました。
■ I N F O R M A T I O N ■ |
今週は、元「イワシ予報官」、現在は「千葉の海と漁業を考える会」の代表として活躍されている、平本紀久雄さんにお話をうかがいました。
■平本さんのご本の御紹介
○『イワシ予報官の海辺の食卓』
今回ご紹介した内容以外にも興味深いエッセイが満載。皆さんもぜひ読んでみて下さいね。本体価格は1,500円。
尚、この本に関するお問い合わせは、崙(ろん)書房出版/0471-58-0035 までどうぞ。
■平本さんイベントの出演予定
○『加藤登紀子の未来たち学校』
5月31日(土)に、千葉県・鴨川の県立・長狭高校で開催される『加藤登紀子の未来たち学校』に平本さんが参加されます。
歌手で「国連・環境計画」の親善大使としても活動されている、加藤登紀子さんが行なっているこのイベント、今回のテーマは「海に聞く」ということで、平本さんが講義を行なう他、以前この番組にも出演して下さったプロ・ダイバー、成田ひとしさんも参加されるそうです。
詳しくは日程が近づいてから、またお知らせしたいと思います。
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