2006年9月3日

作家・椎名誠さんの極北の旅

今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは椎名誠さんです。
椎名誠さん

 世界の辺境を旅する作家「椎名誠」さんをゲストに、アラスカ、カナダ、ロシアの北極圏を旅したときの体験的おもしろエピソードをお届けします。

犬ぞり体験記<アラスカ編>

『極北の狩人〜アラスカ、カナダ、ロシアの北極圏をいく』

●椎名さんは先頃、講談社から「極北の狩人〜アラスカ、カナダ、ロシアの北極圏をいく」という本を出されて、最後には「椎名誠が見たシベリアの東北〜極北の狩人を追う」というDVDも添えてあるという豪華なご本なんですが、そもそも北極圏を旅されたキッカケはなんだったんですか?

「ずいぶん世界のあちこちに行っているんですけど、北極圏だけ行っていなかったのね。だから、前から行きたいと思っていたんだけど、なかなかチャンスがなくて、それで、1年間のうちにまとめて行ってしまえということになって向かったんですね。去年はとにかく何かっていうと北極圏エリアにいました」

●アラスカ、カナダ、ロシアと3カ所移って行かれたわけなんですが、まずはアラスカに行かれたんですよね?

「そう。アラスカは冬だったんですね。2月なので一番寒いときで、もちろん夜ばっかりで、−40℃ですから氷に閉ざされたさびしい場所でしたね。ポイントバローっていうのは有名で、植村直己さんなんかも探検記に書いている世界で、そこから先は北極しかないという、北極海に面したところです」

●写真を見ていても、日本人と同じモンゴロイドで私たちとすごく似ているなと思いました。

「そうそう。そもそもユーラシア大陸からモンゴロイドが世界中に出て行ったわけでしょ。で、ベーリング海峡がまだ繋がっている頃、どんどん出て行って、北に行ったのがそれぞれ極北のネイティブになって、アメリカン・インディアンになって、それからどんどん下がっていったのが、最終的にはパタゴニアのヤーガンとかオーナーっていうモンゴロイドのネイティブになっていったんですね。だから、そのルーツを辿っていくと、日本語で『こんにちは』って挨拶できるようなおじさんおばさんがいっぱいいるんですよ」

●アラスカでは全面禁酒の区域にずっといらっしゃったということで、椎名さんにとっては辛かったんじゃないですか?(笑)

「それはもう、たまったもんじゃないよね(笑)。だけど、大体の見当はついていたんだけど、禁じられていても絶対にあるのよ。で、すぐさまそのルートは見つかったね(笑)。まずいか、こんな話は(笑)。でも、俺たちが泊まったホテルの向かい側になぜか『大阪屋』という店があってね(笑)、ちゃんと『大阪屋』って書いてあるのよ。−40℃近いところだから吹雪みたいになっているんだけど、『大阪屋』って書いてある文字が実に魅力的に見えてね(笑)、風に揺れているわけですよ。それで行ったら、日本人ではなくて韓国人がお店をやっていたんだよね。で、やはり全面禁酒で酒は飲めないんだけど、あとで裏から『あるんでしょ?』って聞いたら、魚心あれば下心で(笑)、『大阪屋』だから『おぬしもワルよのぅ』なんて言いながら(笑)、缶ビールでバドワイザー1ダースを日本よりちょっと高い値段で、指定された車のトランクに置いてありました(笑)。麻薬のように(笑)」

●非常に危ない世界ですね(笑)。オーロラを見ながら一杯やったら最高でしょうね(笑)。

「そんなことやったら死んでしまうよ(笑)」

●そんなアラスカでは犬ぞりも体験したそうですね。

「そうなんですよ。本を読んで犬ぞり冒険家の舟津圭三さんに憧れていたので、訪ねていったんです。舟津さんは南極を犬ぞりで横断した人ですからね。ものすごくいい人でね。奥さんと2人で暮らしていて、犬を20匹くらい飼っているんです。僕は犬ぞりに乗るのが夢だったので、お願いしたら乗せてくださったんですね。練習はまず最初、スノーモービルでレース用のそりを引いてもらって、操縦方法を体で覚えるんですよ。約1時間くらいだったかな。それですぐ、8頭の犬をつないで1人で出て行くんですよ」

●そんな簡単に乗れちゃうものなんですか?

「それが簡単じゃないの。俺が言うとおかしいんだけど、ああいうの上手いんだ昔から(笑)」

●馬とかラクダとか結構、乗っていらっしゃいますからね(笑)。

「舟津さんも『このくらいのレクチャーで8頭だての犬ぞりを乗りこなしたのは、日本人では多分、椎名さんが初めてですよ』って言われたんですけど、どうやらそうだったみたい(笑)」

●かなりのスピードが出るんですよね。

「うん、怖いよ。なので、犬語を5つ覚えなくちゃいけないのね。『走れ』、『止まれ』、『右』、『左』と、あと『落ち着け』かな。それは自分に言ったほうがいいんだけどさ(笑)。それで、ブレーキ操作と体重移動を覚えて、最初に森林の中を走っていくんですよ。そのときが怖いんですね。曲がっている道を行くので、体重移動をちょっと間違えると、木にぶつかっちゃうんですよ。そうすると、ひっくり返っちゃって、犬はそのまま行っちゃうから、1人取り残されて、犬ぞりは向こうに行っちゃうわけです。自分はすっ飛ばされて、落とされちゃいます」

●そういう経験はなさいましたか?

「しなかったよ。していたらかなりのダメージを負っていたでしょうね」

●本を読ませていただいていて、椎名さんが「もしも犬ぞりから落ちちゃったらどうするんですか?」って舟津さんに聞いたら、「犬ぞりはそのまま行ってしまうので、どこかの木に引っかかって止まるでしょう」って言われたっていうのを読んだときに、「そんなんでいいの!?(笑)」って思ったのと、犬が興奮しすぎて走っている間にフンをしてしまうことがあって、止まらないと出来ない子もいるから、その場合は宙吊り状態で・・・。

「首吊り状態で引きずられながらフンをするんだよね」

●で、舟津さんが「フンが終わったら、また立ち上がって元気に走り出しますから大丈夫です」って言っていたので、すごくワイルドで想像も絶するような世界なんだなぁって思いました。実際にスリリングで楽しい感じだったんですか?

「うん。気持ちの持ちようでね、広いところへ出ちゃうと、犬の『ハッハッハッ』っていう息遣いと、そりが進む『シュッシュッシュッ』っていう音しか聞こえなくなるんですよ。このときに至福の気持ちになりますね。風を切るように進んでいくでしょ。犬って走るのが大好きだから、こっちに走っている犬の喜びが伝わってくるんですよ。あれが病みつきになる元でしょうね」

世界で一番おいしい肉はカリブー<カナダ編>

椎名誠さん

●アラスカではとても素敵な思い出をたくさん作ってこられた椎名さんですが、カナダではユニコーン伝説の元になったイッカククジラと対面なさったそうですね。

「うん。イッカククジラは4メートル〜5メートルくらいの体に、2メートルから2メートル半のイッカク(角)がついているんですよ。で、すごく不思議な形なんですよね。写真で何度か見ているので、そういうのがいるっていうことは知っていたんです。で、僕の友人の佐藤さんっていう写真家も行っていて何度も話をしているんですが、『老人と海』みたいに、映画を撮ろうと思ったことがあるんですね。それは叶えられなかったんだけど、とにかく一度見てみたいと思っていた動物なんです」

●初めてご覧になってみてどうでした?

「それが、まだよく理解されていない動物なので、やたらと会うことができないのね。ただ、夏になると決まったエリアに現れてくるという情報があって、カナダのバフィン島というところに僕は行ったんだけど、その島は日本より大きいんですよ。で、そこに2万人くらいしか住んでいないのね。その中の一番先端のポンドインレットっていう村でクジラが来るのをしばらく待っていたんです。ただ、そこの海峡、ランカスター海峡だったかな、あそこはまだ氷で埋まっていて氷山がいくつか見えたりするので、クジラが泳いできても氷の下だから分からないんだよね(笑)。春になってくると毎日氷の動きが変わっていって、ある時、氷がパッとなくなってしまうことがあるんですよ。『おおっ!』と思ったりすると、翌日氷で埋まっていたりするんだよね。流氷って激しいんですよね。で、しばらく埋まっていて、頼んでいた漁師が『今日は行くぞ!』って言うので乗り込んだんですね。今度はさっきと違って、昼間ばっかりなんですよ。夜がないの」

●アラスカは夜だらけだったのに、カナダでは昼だらけ(笑)。

「そうそう(笑)。だから、時間の感覚が分からなくなっちゃうんだけど、今考えると、チャーリーという漁師が『行くぞ!』って言ったのは、午前3時か4時くらいだったのね。で、カヤック形のボートにエンジンがついたやつが先導して、水路を探しながら、日本で言うトラックみたいなものかな、10人くらい乗れるエンジンつきのアルミ製のボートでついていくんですよ。だけど、氷が至る所で動いているので、セイルがあってもほんのちょっとで変わってしまうから、必ずしも水路じゃないんですよ。そして、そのときに思ったのが、小さなカヤック型の船が有利なところは、氷が来ても勢いつけて飛び越えていっちゃうのね(笑)。といってもボートの長さは6メートルくらいあるんだけどね。後からついてくるトラック型の船はそうはいかないから、横倒しになってしまうんですね。砕氷船にもならないので、水路が開くのを待っていなくちゃいけないんですね。そうこうしているうちに霧が出てきちゃって、どこだか分からなくなってきちゃったりしてね(笑)。このままじゃ危ないっていうんで、今夜はここで寝るしかないっていうことになったんですね。で、『どこで寝るんですか?』って聞いたら、『氷の上だ』って言うんだよね(笑)」

●(笑)。椎名さんは氷の上にテントを張ってのキャンプっていうのは、何度かやられたことはあったんですか?

「ないですね。雪の上はいっぱいあるけど、浮かんでいる氷の上はないですよ(笑)」

●(笑)。今回もせずに済んだんですよね。

「と言いますか、チャンスを逃したと言いますか(笑)。『寝てみたいな』っていう気持ちはあったのね。ただ、平べったい氷の上で寝るんだけど、聞いたら時々、氷に亀裂が走って、離れ離れになってしまうことがあるんだって(笑)。『それはやだなぁ』って思っていたのね」

●大自然の中のテント泊って色々な危険があるじゃないですか。場所によってはクマがいたり、氷の上だったら亀裂が入ったりとか(笑)、そんな中で椎名さんが一番怖いと思うのってどういう場所ですか?

「氷山があるんですよね。で、氷山は遠近感がつかめないので、小さいなぁと思っていても近づくと、ものすごく大きかったりするんですよ。地上5、6階建てのビルくらいあるのね。で、そういうところはどっしりしているから、そういう上でテントを張ったらいいなぁと思ったら、そういうところのほうが危ないんだって。氷山の一角っていう言葉があるけれど、例えば、地上5、6階建て分くらいの氷山が地上に出ているとしたら、その8割くらいが下にあるわけですよ。で、ウイスキーのオン・ザ・ロックのところに氷があるじゃないですか。あれってしばしばコロンってひっくり返るでしょ?」

●ひっくり返りますね。

「それと同じようにコロンとひっくり返ってしまう場合があるんだって(笑)」

●(笑)。オン・ザ・ロックの氷の上でテントを張っている感じなんですね。

「そうです。ひっくり返っちゃったら確実に死ぬんだって(笑)」

●それは確かに怖い(笑)。

「でしょ!(笑) だったら、回転しない分、平べったいほうがいいらしい。ただ、亀裂が入って離れ離れになるというね(笑)。どっちが大変なんだって話なんだけどさ(笑)」

●(笑)。今回のご本の中では椎名さんがお料理をする場面もあって、あちこちで激辛カレーを作られたそうですが、現地の人たちにも好評だったそうですね。

「うん。スーパーがあるので行くと、カレーの材料になるジャガイモ、タマネギ、ニンジンと結構売っているんですよ。タマネギがやたらとデカイのね。カボチャくらいあるんですよ。で、硬いの。全身の力を入れないと、包丁の歯が立たないのよ。で、これ本当はタマネギじゃなくて『タマネ木』じゃないのかなんて話もするほど硬いの。ノコギリがいるんじゃないかって感じなの。で、何人かで協力して全身の力を入れてバキッと割ったら、年輪みたいなものがあって、木じゃないってことが分かったんだけどね(笑)。でも、その3つの野菜があれば肉はふんだんにありますからね。カレー粉は用心のためにたくさん数を持って行ったんですよ。カレー粉1箱で10人前くらい作れるわけですよ。ただ、実際には15人〜17人分くらい作らないといけないので、辛さが足りなくなるから色々考えて、みんなには見せられなかったけど、タバスコを3本〜4本入れたのね(笑)」

●隠し味ですね(笑)。

「アヒアヒカレーを作ったわけね(笑)。肉はとにかく美味いんだ。一番美味かった肉はカリブー猟に行って、カリブーを殺して、その肉で作ったカレーが美味かったんだよね。それで、カリブーの肉が世の中で一番美味いということが分かりました」

●どういう味がするんですか?

「鹿の肉をもっと柔らかくして、味をつけたような感じ。鹿っていうのはヨーロッパでは一番の高級肉でしょ。あれをもっとコクがあるのにキレがある感じにしたのがカリブーの肉ですね(笑)」

●まるで、カレー粉の宣伝のようですね(笑)。そんなにおいしいカリブー・カレーを食べているときに、カナダでは蚊もかなり大変だったそうですね。

「うん。ツンドラのキャンプは辛かった。夏だから氷にやられることはないだろうって思っていたんだけど、蚊の野郎が寄ってきて、日本では例えようがないほどなんですよ。しかも、24時間いるでしょ。世界三大獰猛蚊の場所には3つとも行っているんだけどね。シベリアとアラスカとアマゾン。でも、世界三大獰猛蚊よりカナダの蚊の方がすごい。数が多くて煙のようにいるし、ずーっといるしね」

●いやらしいやつらなんですね。

「そう! 精神がおかしくなっちゃう。網が入った蚊よけ服を着ているんだけどね」

●イライラするそうですね。

「イライラするし、刺されまくって、肌がむき出しだったら、あっという間に500カ所くらい刺されるでしょう」

●ご本にはカリブーをも殺せちゃうというふうに書いてありましたもんね。

「うん、殺しちゃう。群れから離れてはぐれカリブーなんていうと、襲って殺してしまうらしい。だから、カリブーは必ず群れを作って、真ん中に子供を入れて、風に向かって行進しているんです」

●蚊に勝てるのは風だけ?

「風だけ」

●風は大いなる味方なんですね。

「だけど、あんまり吹かないんだよね(笑)。ツンドラの風っていうのはすごく気ままなんだよね」

●今、振り返ってみて、カナダでの一番の思い出っていうのはなんですか?

「日本にいてとても想像が及ばないのが、シロクマなんかはそうでしたね。シロクマってかわいいから、日本だと『シロクマちゃん』なんていってマスコットみたいなところもあるでしょ。ところが、アラスカもカナダもロシアもとにかく警戒しているのはシロクマですよ。シロクマを見たら走るなって言うんですよ。シロクマのほうが速いから、絶対に追いつかれちゃうんだって。じっとしていればいいかっていったら、じっとしていてもやられちゃうんだって。どうすればいいかって言ったら、殺すしかないんですって。やるかやられるかの関係なのね。あと、シロクマのほうのコンディションにもよるので、お腹が空いているかいないかみたいな偶発性も関係があってね。だから、ちょっと散歩に行くのにでも銃を持っていますよ。そのくらいすごいのね。それで、ハドソン湾に面した町チャーチルではシロクマがしばしば町に出てくるので、白熊警察っていうのがあって、かわいい名前だから愉快なのかなと思ったらそんなことはなくて、命がけの警察なのね。僕が行ったときも何頭か、シロクマが上がってきたんですけど、『クマが出たぞ』っていうと連絡が入って、白熊警備隊が来るんですね。それで、空砲かなんか撃って来るなという脅しをするわけですよ。それでも町に入ってくると、麻酔弾を撃って眠らせて、シロクマの居住地に連れて行くわけね。それでもまた来ると、麻酔弾を撃つときに着色剤をつけるんですね。それで、色がついたクマが来ると、前科1犯なわけですよ(笑)。癖がついちゃうとまずいので、今度はシロクマ刑務所に入れちゃうんです。とにかく、我々が持っているシロクマのイメージと全然違いますよ」

元寇は馬が原因!?<ロシア編>

椎名誠さん

●アラスカ、カナダときまして、最後はロシア。本の後ろにDVDがついているので、それをご覧になると映像で雄大な景色も見ることができますし、シベリアでも犬ぞりに乗られていて、先ほどお話にあった犬の「ハッハッハッ」っていう息遣いと、「シュッシュッシュッ」っていうそりの音はDVDを見るとお分かりいただけるかと思います。シベリアで印象に残っていることはなんですか?

「今、犬ぞりの話が出たから犬ぞりの話をするけど、アラスカの犬ぞりはレース用の犬ぞりだったんですよ。で、シベリアの方の犬ぞりは狩猟用の犬ぞりだったのね。違いは、レース用のは後ろに立って乗るんだけど、狩猟用のは座るのね。いわゆるそりの上にあぐらをかいて座って、レース用のは2つのブレーキの使い分けがあるんだけど、シベリアのは棒1本なんだ(笑)。てこの原理でそりの下に棒をぶっこんで、それで力任せに引っ張りあげるっていうね。折れたらおしまいみたいな(笑)。結構ワイルドですよ。で、僕が氷の上で乗ったときは、シベリアが海の上だったので、平らなフィールドだったからやりやすかったんだけど、山の中になってくるとかなり難しいなと思った。でも、両方の乗り方で乗れたので、念願叶ってよかったですよ」

●今回は極北の狩人を訪ねるっていうことは食文化にも触れてこられていると思うんですね。よく食べ物で現地のことが見えてくるって言うじゃないですか。今回、アラスカ、カナダ、シベリアを廻られて、3カ所の共通点とか違いってどのように感じられましたか?

「最終的に思ったのは、アラスカ・エリア、カナダ・エリア、ロシア・エリアと国は全部違うんだけど、地球儀を見れば分かるように、北緯60度のエリアってみんな近寄っているわけだよね。丸いところのてっぺんに集まっているわけだからね。だから、国という概念があまりなくなってきちゃって、北極エリアの人々っていう感じなのね。だから、3つの国ほとんど価値観も一緒だし、食べているものも一緒なんだよね。アザラシを食べているし、生肉だしね。それから、踊りもみんな同じだし、使っている狩人のための武器や道具もみんな同じ。それから、顔つきも似ているしね。それから、夢と絶望みたいなものもよく似ていますよ。国というものが消えてしまうエリアっていうのは、旅人としては心地のいいものがありますね。
 それから、もう1つ分かったのは、アメリカとカナダは富たる国なので、人口1000人くらいの町でもスーパーがあるんですね。スーパーがあれば日ごろ、我々が食べているような添加物がいっぱい入った、大量工業製品みたいな食品をいくらでも食べられるわけでしょ。だから、みんな太っちゃっているんだよね。3人に1人は超デブですよ。ところが、ロシアはプーチン大統領が地方切り捨て政策に入っているからね。狩人のいる村なんていうのは、スーパー1軒ないんですよ。そうすると、そこに住んでいる人たちはスリムで健康的なんだ。やはり、いかにああいう文明の大量生産食品っていうのが、体に良くないのかっていうのを目の当たりにしちゃった」

●そういうのを目の当たりにされてから日本に戻られると、日本での食生活にも余計、気をつけるようになったんじゃないですか?

「前から僕は注意していたけどね、いろいろな国でワニを食べたり、サルを食べたり、ヘビを食べたりするんですけど、東京にいるときが一番食物に気をつけているみたい。変なコンビニなんかで買わないもの。だから、世界の辺境地区で日本で言うゲテモノ料理みたいなものがあるけれど、実はそれが健康食であって、都会で食べているものが一番のゲテモノ料理だって分かったね。そういうのを極北の人々が教えてくれましたよ」

●我々の暮らしって贅沢で豊かだって思いがちですけど、同時に自分たちを痛めつけてもいるんだなって感じてしまいました。

「知らず知らずのうちにね。だから、不自由で不便なほうが実はいいんですよ。僕がロシアの旅で一番嬉しかったのは、ホヤをみんなが食べていることでした。ホヤって言うと、日本の三陸沖のごく限られたエリアで食べられているものでしょ。ところが、氷に穴を開けて、そこからいっぱい取ってきて、みんなでホヤを食べているんですよ。これがまた美味いんだ。サラダにしたり、茹でたり、もちろん生で食べたりして、ホヤが彼らにとって主食に近い食べ物なんだって。で、おいしいの。それだけ貧しいってこともあるんだけどね。食べるのはアザラシの生肉と、ホヤとセイウチと、トドとクジラですからね。で、植物はない。
 その中で僕が最も感心したのが、アザラシの腸の中身なんかも食べちゃうことなんですよ。カリブーなんかは夏に苔を食べていて、胃袋が苔でいっぱいになっているのね。で、カリブーを殺して、カリブーの肉を胃袋の中の内容物につけて食べるんですよ。つまり、それはサラダなのね。苔の酢の物みたいなものなんだ(笑)。すごく松ヤニ臭い味なんだけど、カリブーの体を通すことによって初めて人間は生野菜を食べることができるんですよ。それはすごく体にいいのね。そういう苦しくて厳しいところほど、体にいい物を食べていますよね」

●極北という言葉を聞いて思い出してしまうのが、地球温暖化によって北側が暮らしにくくなっているということなんですが、実際に行かれて温暖化の影響は感じられましたか?

「極北に行った去年って、同時に南極にも行っているのね。で、両極の状況って分かったんだけど、南極のほうが温暖化の被害が大きいですよ。南極では長さ30キロ、幅15キロくらいの氷が離れて流れてしまったりしていて、オゾン・ホールの問題もあるんだけど、確実に地球温暖化の影響を受けていますね。北極の方はまだ昨年に比べて、今年の氷の解け方が早いっていうことは聞かなかったんだけど、でも、大きく見れば一緒でしょ。地球は確実に暖まっていますね」

●それも地球の真ん中に住んでいる私たちが影響を与えてしまっているんですね。

「文明圏にいる人たちが加害者だよね。そして、両極にいる人たちが被害を受けているっていうアンフェアな構造になっていますね」

●これはもうどうにもならない問題なんですか?

「どうにでもできるんじゃない。先進国がそのことについてきちんと考えて、色々と知的な規制をしていけばコントロールできるはずなんだけどね。でも、いろいろな国のエゴが入っているから、そこまでまだ余裕ができていないのが世界なんだなぁと思いましたけどね」

椎名誠さん

●椎名さんは今回の極北を含め、モンゴロイドの足跡を追うような形で旅をしてきましたけど、ここで何かひとつの結論みたいなものは見えましたか?

「俺はすごく旅好きで、すぐあちこちに行っちゃうんだけど、何故だか理由が分かりましたよ。モンゴロイドだからなんだな(笑)。あと、もう1個は僕、馬に乗るのが好きなんだけど、モンゴルで馬に乗ったときに、やたらに遠くに行きたくなったんですね。なんとなく攻め込みたくなるのね(笑)。暴力的になるのね」

●血が騒ぐんですね。

「俺、ポーランドのクラコウっていうところに行ったことがあるのね。チンギス・ハーンがヨーロッパの方を攻めるときに最後に攻めたところです。そこで大殺戮をしているんですけど、西の外れとか東の外れまで攻めていって、日本まで元寇で攻めてきているでしょ。で、モンゴロイドが何故、ああやって世界制服を企んだかっていうことの、人間の根底にある息吹みたいな、血のたぎりみたいなものをこの10何年かの旅で判ったような気がしましたね。原因はどうも馬ですよ(笑)」

●(笑)。でも、またそんなモンゴロイドの血が騒いで、このあと、今年も旅をされるんですか?

「うん。今年はチベットに行きます。チベットはカイラスという、チベットの言葉ではカン・リンポチェって言うんだけど、ボン教と仏教とヒンドゥー教の聖地なんですね。今回で2回目なんだけどね。前回は失敗して腰を痛めちゃったんだよね。それで、山を廻ることができなかったから、今年は調整して腰を痛めないようにして行くんだけど、ラサから車を使っても1週間かかるんですよ。だから往復で2週間かかるのね。で、大体4000メートル〜4500メートルのところを行くんだけど、今年は失敗しないぞと思っていますけどね」

●どのくらいの期間行かれるんですか?

「約1カ月です」

●それは読み物として発売される予定とかってありますか?

「これはプライベートで行くので、何も考えてないね(笑)」

●では、いずれお土産話を聞かせていただければと思います。今日はどうもありがとうございました。

■このほかの椎名誠さんのインタビューもご覧ください。

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■作家「椎名 誠」さんの新刊

『極北の狩人〜アラスカ、カナダ、ロシアの北極圏をいく』
講談社/定価2,415円
 アラスカ、カナダ、ロシアの北極圏で極限状況に生きる人々の“北に生きる民族の誇り”を追ったルポルタージュ。宮城県のKHB東日本放送が開局30周年記念に制作した番組『椎名 誠が見た!シベリアの東北〜極北の狩人を追う〜』というDVD付き。

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オープニング・テーマ曲
「ACOUSTIC HIGHWAY / CRAIG CHAQUICO」

M1. LIFE IN A NORTHERN TOWN / DREAM ACADEMY

M2. IN MY PLACE / COLDPLAY

M3. NO MAN'S LAND / FAIRPORT CONVENTION

油井昌由樹アウトドアライフ・コラム・テーマ曲
「FLASHES / RY COODER」

M4. BAREFOOT ON THE BEACH / 岩沢幸矢

M5. WILD WORLD / CAT STEVENS

ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「THE CARRIAGE ROAD / JIM CHAPPELL」

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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