2010年9月12日

廣川まさきさんが体感した、
エスキモーの人たちの温かさとアラスカの自然

 今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、廣川まさきさんです。
廣川まさきさん

 ノンフィクション・ライターの廣川まさきさんは、2003年にアラスカ・ユーコン川1,500キロを、女性ひとり、カヌーで下り、その旅の記録をまとめた本「ウーマン・アローン」を出版。その本は「開高健(かいこうたけし)ノンフィクション賞」を受賞しました。そして先月、アラスカ北部にある、エスキモーが住んでいる小さな村に滞在したときのことを書き記した待望の2作目「私の名はナルヴァルック」を出版しました。
 今回は廣川さんに、エスキモーの暮らしや伝統捕鯨などのお話をうかがいます。

 

アラスカにもう1つの家族

●今回のゲストは、ノンフィクション・ライターの廣川まさきさんです。よろしくお願いします。

「よろしくお願いします。」

●廣川さんは2003年ごろから、アラスカの先住民に興味をもち、2007年の秋と2008年の春〜夏にエスキモーの村に滞在。彼らの暮らしに寄り添い、伝統や文化、風習などを自ら体験し、先日、その体験を1冊の本にまとめて、集英社から「私の名はナルヴァルック」という本を出版しました。廣川さんは、なぜアラスカ、そしてエスキモーに興味をもったんですか?

「それは『日本人にどこか似ているな』と思ったのがきっかけでした。現地のおじいちゃん・おばあちゃんの顔を見たら、どこか日本人に似ていて、民族の風習や伝統文化なども、どことなく似ている気がしたんです。そこから興味をもちました。」

●なぜ似ているのかを確かめるために、アラスカに行ったんですか?

「自然と意識が向こうに行っていたという感じでしたね。行こうと思って行くのではなくて、いつも心がアラスカに引っ張られていくような感じでした。そういう感じがないと、行動に移らないですね。」

●私にとってアラスカは、遠い国のように思っていたので、あまり詳しくは知らないんですけど、アラスカにいる先住民は“エスキモー”で、最近では“イヌイット”と呼ばれたりしていますが、この呼び方に違いってあるんですか?

「呼び変えているだけなんです。元々、同じ北極海沿岸に住んでいる部族の総称を“エスキモー”と呼んでいたんですけど、のちに“エスキモー”という呼び方が差別的な言葉だということで、“イヌイット”と呼ぶようになったんですけど、カナダでは今でもイヌイットと呼んでいますけど、アラスカに限っては、自分たちでエスキモーと呼んでいるので、差別的な感じは受けないですね。」

●本人たちはエスキモーと呼んでいるのに、他の国の人たちはイヌイットと呼んでいるのは、変な感じがしますね。

「そうですね。」

●廣川さんは、実際にアラスカの家族と一緒に生活をして、様々な風習を今回の本にまとめていますが、なぜ一緒に生活をしたんですか?

「アラスカにもホテルはあるんですが、料金が高くて泊まれなかったんですね。なので、滞在先を探していたときに『うちにいらっしゃい』と言ってくれた方がいて、そこにお世話になったんです。」

●どんな家族だったんですか?

「大家族だったんですけど、小さな村なので、子供を村に置いておばあちゃんが面倒を見て、親が出稼ぎに出ているという家族でした。」

●その家族の家長は、どのようなお仕事をしていたんですか?

「私が滞在した家の家長は、捕鯨のキャプテンをしていました。」

●その方から、今回の本のタイトルにもなっている“ナルヴァルック”という名前をいただいたんですか?

「その名前はおばあちゃんからいただきました。」

●その家長の奥さんからいただいたんですか?

「そうですね。」

●今回の滞在で、お世話になったおばあさんとおじいさん、この本の中ではアカとアパと呼んでいますが、その方たちとの出会いは、廣川さんにとって、どのような出会いだったんですか?

「『アラスカにもう1つの家族ができた』という感じですね。」

●きっと、今までは日本人は来なかった場所だと思いますので、アカとアパにとって、廣川さんのことを宇宙人のような、異世界の人のような感じだったではないかと思うんですが、向こうの人は何の抵抗もなく、受け入れてくれたんですか?

「そうですね。『いらっしゃい』という感じでした。」

●そういう話を聞くと、心が温かいなって思います。

「温かいです。」

●経済的には、あまり豊かではないのに、そういう風に他人を受け入れるというのは、日本だと、豊かなはずなのに、なかなかできないことだと思います。

「彼らは、あまり物を持っていないんです。日本人は恵まれているけれど、彼らはそれほど持っていない。その中で、人を受け入れるというのは、なかなかできないことですよね。」

 

伝統捕鯨と捕鯨組

●廣川さんが滞在されたティキヤック村では、まだ伝統的な捕鯨の文化が残っているそうですが、そのことについて詳しく教えてください。

「ウミヤックという、アザラシの皮を縫って、貼り合わせて作った、小さな手漕ぎの船を男たちが乗って、みんなで力を合わせて、氷の浮かぶ北極海に出て、クジラを追うという伝統的なやり方で捕鯨をしています。」

●その捕鯨に、廣川さんも挑戦しようと思って、捕鯨をしている組に入ったんですよね?

「そうですね。この本では“捕鯨組”と書いているんですけど、1つの組にキャプテンがいて、船を漕ぐ人が数人いて、その人たちをサポートする女性たちが数人、あとは見習いの少年たちがいるんですね。そういう人たちを総称して“捕鯨組”と書いたんですけど、その組の中に私も入れてほしいと思いまして、お願いしに行きました(笑)」

●(笑)。そこで、漁をするのは男性で、女性はサポートに回るということですが、サポートというのはどういうことをするんですか?

「極寒の海に出た男たちを、料理を作って待ちます。その女性たちのことを“調理班の女性たち”と紹介しています。やっぱり、寒いところから帰ってきたら、温かいものを食べたいですよね。」

●そうですよね! 氷が残っているような海に出ますからね。それって、日本の漁師さんと似ているところがありますね。

「そうですね。」

●漁の方法なんですけど、ちょっとイメージできないので、どのようにするか、教えてもらえますか?

「男たちがウミヤックに乗って、海に出ていくんですけど、漁のポイントまで行ったら、モリを投げて、クジラを仕留めて、それを手で船を漕ぎつつ、クジラを引っ張り、陸上げをしないといけないんですね。とてつもない手作業なんです。私が滞在していたとき、最初のクジラは、途中で氷の上に引きあげて、解体を始めたんですね。」

●陸まで持っていくのではなくて、氷の上で解体するんですね。

廣川まさきさん

「そうなんです。その氷の上で解体するときに、突然、氷が割れて、クジラごと漂流してしまったんです。そのときも、取り残された人たちが氷の上に乗っていたので、本当命がけなんですね。だからこそ、村にクジラがやってくると、おじいちゃんやおばあちゃん、子供たちも大喜びなんです。
 いつもクジラ漁をするときは、北極海が凍っていて、その氷が割れて、海の道ができて、そこで漁をするんですが、そこまでが村から20キロ先ところなんです。普段だと、途中にシロクマはいるし、氷の割れ目はたくさんあるので、おじいちゃんやおばあちゃん、子供たちは、危なくてそこまで行けないので、なかなかクジラを見ることができないんですが、私が滞在していたときは、村に1番近い海岸にクジラを引き上げたんですよ。こういうことって、彼らにとっても初めてのことなので、村の人たちは、普段見ることができないクジラを見るために集まって、みんなでクジラを手で触っていましたね(笑)。そういうところを見ると、クジラを食べている民族だけど、同時に、クジラを愛しているんだなって思いましたね。」

 

エスキモーの人たちの食文化

●クジラというと、私たちの世代は、あまり食べたことがないし、捕鯨をするのにも色々と問題があると思うんですけど、エスキモーの人たちは、クジラをどういう風に食べていて、処理をしているんですか?

「私が1番驚いたのは、ニギャックという、クジラの生肉をスライスして、生のまま樽に入れて、毎日朝と夜に、ぬかみそをかき混ぜるようにかき混ぜて、空気を新鮮なものに入れ替えて、発酵させた食べ物なんですけど、見た目はドロドロとしているし、血が固まったような、どす黒い色をしているので、『これは食べ物じゃないな』と思ったんですね。だけど、一口食べてみると、驚くほど美味しいんですよ!」

●そうなんですか!?

「はい。日本の居酒屋に行って、出てくると、つまみたくなるような食べ物ですね。」

●お酒が進むようなものなんですね(笑)。この本でも、廣川さんが、どんどんアラスカの食べ物を好きになっていく様子が面白かったんですけど、廣川さんだからではなくて、日本人だと誰もが美味しいと思えるような味なんですか?

「そうだと思いますね。だけど、最初は、臭いとか、食べたことのない味なので、ハードルは高いと思います。でも、食べてみると『これは日本食の何かに似ている』と思うんですよね。『何だっけ?』と思って、自分の中の記憶をたどっても、何もでてこないんですけど、どこか日本食に似ている感じがするんですよね。」

●皮や内臓・脂とかって、エスキモーの人たちは、どのように利用しているんですか?

「それぞれの食べ方があって、私が滞在していたときは、主に茹でていましたね。」

●生では食べないんですね。

「生でも食べるんですけど、私がいたときは主に茹でて、マスタードをかけていましたね。」

●マスタードをかけるんですか!?

「そうですね。今の彼らにとって、マスタードは欠かせないですからね。」

●なんか、ナゲットを食べるような感じがしますね(笑)。

「そうですね(笑)」

●この本を読んで、私が1番ビックリしたのが、アラスカには野菜をあまり食べないということなんですけど、それは本当なんですか?

「アラスカというより、エスキモーの人たちは、あまり野菜をたべないですね。元々、木が生えていないし、植物が乏しいんですよね。ツンドラ地帯なので、ブルーベリーとかサーモンベリーとかが中心で、ビタミンCを補給することができるものが少ないんです。果物とか、野菜が無いんです。」

●元々、育たない環境だから、食べる習慣がないということなんですね。

「そうなんです。」

●でも、私たちは小さい頃から「野菜を食べないと病気になる」と教えられて育っているじゃないですか。野菜を食べなくても、健康状態は問題ないんですか?

「これが、大丈夫そうなんですよ(笑)」

●不思議ですよねぇ。

「昔だったら、例えば、クジラの肉を生で食べることによって、ミネラルとかビタミン類とか、直接取り込むことができる栄養素があったんですけど、今の若い人たちは、アメリカのジャンク・フードがほとんどなんですね。村に滞在しているときも『この人たち、大丈夫なの?』と思ったことが結構ありましたね。ジャンク・フードの食べすぎと、缶ジュースの飲みすぎで、若い人たちの中には、糖尿病の人もいて、彼らの中で社会問題になっていますね。」

●他の国の現代人と変わらない問題を抱えているんですね。他に、クジラ以外に、アザラシとかが北の大地にいるイメージがあるんですけど、そういった動物たちも食べているんですか?

「そうですね。」

●アザラシって、どうやって食べるんですか?

「それも茹でて食べていましたよ。私は、マスタードを付けた味が好きでした(笑)。あと、アザラシの脂を液化した“シールオイル”というものがありまして、これがすごく臭いんですけど、それにアザラシの肉を付けて食べると、コクがあって、美味しかったですね。」

●本を読んでいただくと、よく分かるんですが、廣川さんが、最初は抵抗があった生肉も、徐々に皮を見て「美味しそう」と思うようになっていくのが、すごく面白かったんですけど、そこで生活をしていくと、食生活や味覚が変わっていくんですか?

「変わるというより、慣れますね。向こうの食べものが段々美味しく感じるようになっていきました。日本は美味しいものがたくさんあるけれど、それがないところに行くと、その土地の食べ物が美味しくなっていくんですね。」

 

地球温暖化はいいこと…!?

●今年の夏、日本も本当に暑かったです。アラスカはどうだったんですか?

「つい最近までアラスカにいたんですけど、7月の終わりぐらいから、夜は寒くて、フリースを着ていました。」

●そうなんですか!? そうすると、アラスカにいると、地球温暖化は感じないですか?

「地球温暖化を感じると言っている人もいるし、そう結論づけるのは早いと思っている人もいます。」

●暖かくなってしまうことによって、エスキモーの人たちの生活が変わってしまう危険性ってあるんですか?

「それはどうでしょうか。彼らにとっては、暖かくなるのはいいことかもしれないですからね。」

廣川まさきさん

●確かに寒いですからね(笑)。

「1年中寒いですからね(笑)。なので、地球温暖化がどれだけ影響があるのか、まだ分からないですし、人間がそれに対して、どれだけ対応していけるか分からないし、地球温暖化自体がいいのか悪いのか、分かっていないことですからね。人間は無駄を省いて、資源を大切に、自然を大切にしていく生きていくのは、もちろんそうしないといけないけれど、『地球が温暖化に進んでいるから、そうしよう』じゃなくて、最初から『地球を大切にして生きていこう』という、基本的な気持ちをアラスカの人たちは持っていると思います。」

●確かにそうですよね。それは地球で起こってしまった現象の1つであって、元々“地球を大切にしよう”という気持ちは、人間として持っていないといけない気持ちですよね。どうやら、アラスカの人たちも、今ではリサイクルをしているそうですね。

「そうですね。地域によっては、全然していない場所もあるんですけど、リサイクルをしているところもありますね。私が村に行く前に、滞在していたフェアバンクスでは、大きな街にも関わらず、リサイクルは一切していなくて、生ゴミもビン・カンも電化製品も全部一緒に捨ててしまうんです。」

●でも、滞在された村ではリサイクルをしていたんですよね?

「そうですね。その大きな街から小型機に乗って、エスキモーのいる、小さな村に行くと、その村では一生懸命に缶を拾って集めている姿を見ると、『もっと都会の人たちが頑張らないといけない』と教えられた感じがしますよね。だって、小さな村で缶を拾っても、蚊の涙ほどのリサイクルにしかならないですから。本当は都会の人たちがしないといけないし、すればもっとよくなると思います。」

●廣川さんは、アラスカで色々な体験をしたと思うんですけど、地図を見ると、アラスカってすごく広いですよね。今回行った村以外にも、今後アラスカで、色々なところを取材したりする予定ってあるんですか?

「やっぱり興味は尽かないので、色々なところに行ってみたいですね。色々な人に出会って、色々な人の生き方を見てみたいです。」

●アラスカ以外にも、色々なところに行ってみたいということですか?

「そうですね。」

●廣川さんの、実際に現地に溶け込んでの取材がすごく面白いので、また新しい家族ができたら、この番組で教えていただけたらと思います。というわけで、今回のゲストは、ノンフィクション・ライターの廣川まさきさんでした。ありがとうございました。

このほかの廣川まさきさんのインタビューもご覧ください。

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 今週は、ノンフィクションライターの廣川まさきさんにお話しを伺いました。
 ユーコン川を一人でカヌーで下り、アラスカ先住民の村で暮らした方と聞いて、マッチョな方がいらっしゃるのかな?と想像していましたが、実際お逢いした廣川さんは、とても優しくてチャーミングな方でした。
 そんな廣川さんに教えて頂いたエスキモーの方の生活は、日本人の我々には想像出来ない工夫がいっぱい!
 更に詳しく知りたい方は、是非廣川さんの本を読んでみて下さい。

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廣川まさきさん情報

本「私の名はナルヴァルック」

本「私の名はナルヴァルック
集英社/定価1,575円
 廣川まさきさん待望の2作目で、エスキモーのおばあさんからいただいた大切な名前をタイトルにしたこの本には、今回出てきたお話以外にも家族の絆や食文化、伝統、社会問題など、興味深い記述が満載。廣川さんの素直な表現がストレートに伝わってくる優れたノンフィクションとなっています。
 

 その他、廣川さんの活動など、詳しくは廣川さんのウェブサイトとブログをご覧ください。

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オープニング・テーマ曲
「JAVA DAWN / SHAKATAK」

M1. HUMAN / THE PRETENDERS

M2. NAME / THE GOO GOO DOLLS

M3. COLD AS ICE / FOREIGNER

ザ・フリントストーン・インフォメーション・テーマ曲
「UNDERSTANDING TO THE MAN / KOHARA」

M4. いにしえ〜万葉のこころ〜 / 宗次郎

M5. THE TIMES THEY ARE A-CHANGIN' / BOB DYLAN

M6. LIFE IN A NORTHERN TOWN / THE DREAM ACADEMY

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」
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