2010年11月28日
入門!「生物多様性条約とCOP10」 解説:WWFジャパン・粟野美佳子さん
今週のベイエフエム/ザ・フリントストーンのゲストは、粟野美佳子さんです。
WWFジャパンで生物多様性条約を担当されている「粟野美佳子」さんは、先月、名古屋で開催された「生物多様性条約・第10回締約国会議」(通称COP10)に、世界のWWFの一員として参加、難航した国際会議を現場で見てこられました。
今回はそんな粟野さんに、生物多様性条約やCOP10についてわかりやすく解説していただきます。
私たちの生活は、生物多様性の上に成り立っている。
●今回のゲストは、WWFジャパンで生物多様性条約を担当されている粟野美佳子さんです。初めまして。よろしくお願いします。
「よろしくお願いします。」
●まず、生物多様性条約ですが、これはどういった条約で、どんな目的で作られた条約なんですか?
「この条約は、1992年にできたものなんです。この条約は、おそらく皆さんは既に知っていると思うんですが、気候変動の条約と一緒に作られた条約なんですね。なので、このふたつの条約は“双子の条約”と呼ばれたりしているんですが、気候変動の条約は、マスコミなどで取り上げられたりしているので、有名になっていく一方で、生物多様性条約はなかなか有名にならなかったんですよ。
皆さんは、生物多様性条約のことを『自然保全に関係したものかな』となんとなく思っているかと思うんですね。だけど、この条約をよく読み解いていくと、途上国が自然環境保全を進めていくのに必要な資金と技術と人材をどういう風に提供していくかということが書かれているんです。まさに“環境問題における南北関係条約”なんですね。
なぜこの条約を作ることになったかというと、1980年代後半に、途上国の開発によって、豊かだった途上国の自然が失われ始めていったんです。途上国の人たちに、どうにかして残すようにしてもらいたいんですが、説得をして、同意したら、残すような活動をやってくれるかどうかを考えたときに、途上国にとっては、経済発展が何よりも大事なんですよ。それの妨げになるような保全活動は、ほとんどやってくれないと思うし、たとえそれが必要だと思ったとしても、やるために必要なお金や人材、技術が途上国にはないんですね。なので、『自然環境保全活動をやろう!』という気持ちになってもらうにはどうすればいいかということを、先進国やWWFジャパンのような、自然環境保全に関わってきた人たちの間で話し合ったんです。それで彼らが『途上国の人たちが自然環境保全活動に取り掛かれるように』ということで作ったんです。なので、『生き物を守りましょう』とか『どこの国も同じように守っていきましょう』と言っているんですが、確かにその通りなんですけど、本音の部分をいえば、この条約って、自然環境保全のために、いかにして途上国をサポートできるか、それを考えようというのが、経緯だったんですね。
この条約のひとつ目の目的は“自然環境を保全しよう”ということなんですけど、ふたつ目の目的に“自然資源を持続的に使っていこう”ということなんです。やはり使っていくということを決めておかないと、途上国には『使わずに保全しなさい』とはいえないので、そういうことになりました。3つ目の目的が、皆さんにとって、いちばん馴染みがないことだと思うんですが、“生えている草木や動いている動物だけではなくて、それらの中にある遺伝子も自然資源のひとつだから、そこも保全していこう”ということなんです。それが途上国にとって、『だから保全していくことが、自分たちにとってもいいことなんだ』と理解してくれる、一番の動機付けになるんですね。あと、途上国にしてみれば『勝手に使われているな』という思いがあったので、みなさんにとって一番馴染みがないことだと思いますが、この条約の中では取り扱っていくということになったんです。
なので、皆さんがなんとなく想像していた『生き物の保全のため』とは、かなり本質が違った条約なんです。」
●そうですね。そして、多岐にわたった要素が盛り込まれているんですね?
「そうですね。」
●実際、生物多様性が失われていくと、私たちの生活にはどのような影響がでてくるんでしょうか?
「すごく大きな問題がありますね。“生物多様性”という表現だけでなく、最近では“生態系サービス”という表現も使っているんですけど、豊かな生物多様性のおかげで、私たちは豊かな生態系サービスを受けているんです。では、生態系サービスってどういうことをいうのかというと、身近なところでは、水産物が生態系サービスといえますね。私たちは昔から、海の恵みとして魚を獲ってきています。だけど、それは家畜と違って、海の魚は自然の中から生まれた産物なんですよね。生物多様性って、海の魚を例として挙げれば、色々な種類な魚がいるけれど、その中には私たちが食べない魚がいますよね? 私たちが食べない魚を食べて、大きくなった魚を私たちは食べているんです。そういう生物多様性があるからこそ、私たちの日々の食事で色々な魚を食べることができるんですよね。これも生態系サービスのひとつなんです。
もし、生物多様性が失われていったら、魚が獲れなくなっていって、私たちの食事は貧弱なものになっていきますよね。魚だけじゃなくて、例えば、日本でもよく土砂崩れが起きますよね? 土砂崩れが起きたときに、森林がそれを防ぐ役割を果たしているんです。“自然災害を防ぐ”というサービスも、自然界が私たちに対して受けているんですね。もし森がなくなると、“生物多様性が豊かじゃなくなる”というだけではなくて、私たちの日々の生活が脅かされると思うんですね。だから、生物多様性があってこそ、私たちの日々の生活が安全なものになっているし、日本の場合は、幸い飢餓ということにはならないので、毎日の豊かな生活も続けていくことができるんです。それら全てを生物多様性が支えているので、これが失われるということは、将来の私たちの生活が危ぶまれるということですよね。」
COP10はそれなりに決着!?
●今回のCOP10は成功だったんですか?
「一応、成功したといえますが、大成功とまではいかないと思います。すごくもめにもめて、会議自体がぶち壊しになるんじゃないかと心配されていた“遺伝子の利用に関する問題”について、これからもまだまだ問題は続くだろうという形で、一応は決着しました。これが一応決着してくれたので、他の部分も“それなりに”決着しました。」
●どういう落としどころで決着したんですか?
「いちばんもめていたところは、本当に無理じゃないかと言われていて、最後の最後まで意見がまとまらなくて、今回の会議のまとめ役をやっていた議長がサジを投げたぐらい、がけっぷちの状態だったんですけど、『今回は決めよう』といっていたことは決めることができました。遺伝子の利用に関して『途上国が求めるようなやり方を、特に先進国の企業が遵守するようにしましょう。そのために必要なことを、先進国の中でも制度として整えましょう』といった感じで、大筋の部分では決まりました。途上国からは、はるか昔のことから、色々な要求がでていたんですけど、先進国としては受け入れられない部分もあったんです。それを受けて、途上国側は『仕方ないな』という感じになったんです。それぞれが、ギリギリ歩み寄れる分で決着がついたんですね。ただ、これに関しては、色々な手続きがまだまだ残っているので、明日から一気に変わるということではないです。
これまでは、会議の内容を『できれば守ってください』というレベルだったのが、『守らなければいけない』という、拘束力のある、国際的なルールとして決められたということになります。では、これが私たちの日常にどういう風に関わってくるかというと、薬や健康食品などに影響してくると言われています。なぜかというと、この話し合いは、遺伝子に関係した話だからなんです。例えば、インフルエンザに対して使われるタミフルも、“八角”という植物の遺伝子を分析した結果で作りだしているので、それをどうするかということも、今回の会議で議論されていました。そういう風に、私たちの日常で色々な場面で使っているものに、段々と影響がでてくるんじゃないかというところですね。
今回の会議で、もうひとつ、どうしても決めないといけないことがあったんです。それは“これからの10年間、何をしていくべきなのか”ということなんです。それが最終的には“愛知目標(愛知ターゲット)”というものになりました。例えば、その10年間で、動物の生息地が減るスピードをどのぐらいに落とすかという目標を定めたんです。今、森林や干潟など、動物の生息地がものすごいスピードで失われていっているんです。このスピードを、ゼロにするのは非常に難しいけれど、減少させることはできるので、それをどのぐらい減少させられるかを議論してきました。例えば、毎年200万〜300万ヘクタールも減っていたのが、150万ヘクタールぐらいまで減らすという話をしていたんですが、それがモノによっては『その程度の目標でいいの?“頑張らないといけない”というほどの目標じゃないよね?』と思えるぐらいのものも、中には入っているんですね。特に、私たちWWFが見たときは『その程度なの?』と思った目標もありましたね。」
●それもやはり、先進国と途上国で、せめぎあいになってしまったんですか?
「そうですね。途上国は難しい目標を課せられると、自分たちの経済発展に対して、障害になってしまうのではないかという恐れがあるし、また、海洋国に対して『海の保護区はこれぐらいにしましょう』と言われてしまうと、漁業ができなくなってしまうなど、色々な懸念材料がでてくるんですね。
どうしても先進国は、野心的な目標を掲げようとするんですが、途上国は、そんな野心的な目標を実施できないから、緩い目標にしようとするんですね。そういう違いは、先進国と途上国だけではなくて、南北間でも違いましたね。」
●経済とのバランスも入ってくると、難しいんですね。
「そうですね。途上国に対して『経済開発をするな』とはとても言えないので、この点は温暖化に関する会議でも同じだと思うんですけど、経済のことばかり考えて、自然環境のことを考えないと、生物多様性が失われて、私たちの日々の生活ができなくなるので、『やらなきゃいけない』という気持ちがある反面、『やりすぎてしまうと、“今”が暮らせなくなってしまう』ということが途上国の現状なんですね。『先進国は日々の生活がちゃんとできるけれど、私たち途上国は“毎日”が大変なんだ』という、先進国と途上国のギャップが、根底にずっと持っていたんじゃないかと思います。」
“意識改革を呼びかけている”愛知ターゲット
●今回のCOP10では“名古屋議定書”というルールと、“愛知ターゲット”という目標が採択されたということなんですけど、これらの内容などんなものなんですか?
「“名古屋議定書”は“遺伝子資源を利用するときは、勝手に持ち出さないこと”という内容です。分かりやすくいえば、“葉っぱ1枚持ち出すのも、勝手に持ち出すな”ということです。個人が散策に行って、押し花にするために採ったとかなら可愛い話ですけど、そういうことではなくて、企業が新製品の開発のために、いい素材がないか考えますよね。例えば、いい化粧品を作るために自然界の花や実、葉っぱなどからいい成分が採れるということがあるので、企業の方はそういうものを探しますよね。そういうのを、日本の企業が日本だけで探しているかというと、そうではなくて、世界各地に行って探しに行きますよね。今までなら『葉っぱ一枚から別に構わない』ということで、その国の断りなしに、自由に持ってくることができたし、申告したところで『そうですか』ぐらいの感じだったのが、『その葉っぱは、こういった手順で手続きを取って、持ち出していいかどうかの許可を取ってからでないと持ち出せないです。そして、その材料から製品開発ができたら、そこから得た利益から、ある程度払ってください』という申請をしないといけなくなりました。それが“名古屋議定書”です。
もうひとつの“愛知ターゲット”というのは、2010年から2020年までの間に達成しないといけない20個のものが決められたんですね。それは多岐に渡るものなのですが、大きく分けると5つのカテゴリーに分けられます。まずひとつ目は、『生物多様性が失われている本当の原因に取り組むようにしよう』ということです。この“本当の理由”というのは、私たち一人一人の消費活動が、生物多様性を失わせている原因になっているので、それを見直していこうということが盛り込まれているし、生物多様性を失わせてしまうような、政府の補助金を無くしていこうなどの、大きな問題に取り組んでいこうという目標がひとつ目です。
ふたつ目は、『魚の獲りすぎを止めましょう』などの、すごく分かりやすいものがいくつかあります。
3つ目は、実際に行なうということで、『世界中の保護区をこのぐらいにしましょう』ということが決められています。例えば、陸だと17パーセントを保護区にする、海だと10パーセントを保護区にしようというように、どういった対策を取ろうということが目標になっています。
このような目標が、細かく20個あるんですけど、全てのベースとなっているのが、『私たち一人一人が生物多様性の重要性に気付いて、この損失を止めるために何かしないといけない。それを2020年までに一人一人が気付いて、アクションをしていって、止められるようにしよう』ということなんですね。そういう意味では、この目標は私たち一人一人の意識改革を呼びかけているといえると思います。」
動物たちが置かれている現状に感心を持ってほしい!
●今回のCOP10で、名古屋議定書と愛知ターゲットが採択されました。だけど、採択されただけではダメなんですよね。これから私たちが生活の中で、できることってあるんですか?
「国レベルの問題に直接関わるということではなくて、むしろそういうことを考えるのではなくて、生物多様性が私たちの生活にどのように関わっているかを知ることが重要ですね。今って、温暖化のように『エネルギーを使うとCO2が出るから、エネルギーの消費を少しでも減らした方がいいよね』というほど、生物多様性との関わりが、まだ皆さんの中でそれほど浸透していないと思うんですね。でも、先ほどお話した通り、私たちが毎日食べている魚や、森によって土砂崩れが防ぐことができることなど、実は私たちの生活って生物多様性の上に成り立っているんですね。だけど、その生物多様性がどんどん失われているんですけど、その原因が私たちの毎日の暮らしなんだということまで考えてもらうということが第一だと思います。そうすると『私たちの暮らし方ってこのままでいいんだろうか』と考えるようになると思うんですね。なので、条約がどうこうより、私たちの今の生活って、どれだけ世界の生物多様性の上に成り立っているかというところに目を向けることを最初にしてほしいと、私は思っています。」
●少し話が違ってしまうかもしれないですが、最近ニュースなどで、クマが山から下りてきたりするということを見たんですね。それって、私たちの生活が、生物の今までの生活を壊してしまっているのかと感じたんですけど、どうなんでしょうか?
「先ほど消費が原因の根本だとお話しましたけど、単に毎日の消費だけではなく、例えば、長澤さんがお話したクマの話など、社会全体の成り立ちの中で、クマが奥山の中に留まっていられなくて里山・里地まで、出てこざるを得なくなってしまっているのが、今の日本の現状なんです。その話は日本だけではなくて、私が知らず知らずのうちに利用しているもの、例えば、パーマオイルだと、ボルネオ島の森林が全てパームのプランテーションに変わってしまった地域もあるんです。そうすると、その森林に暮らしていたオランウータンの住む場所がなくなってしまうので、オランウータンの数がどんどん減ってしまいますよね。特に外国で起こっているとそうなんですけど、単に数が減っていっているということって、実感することがないと思うんですね。ただ、現実として、私の日々の生活のせいで、動物たちの生息地がどんどん失われていって、動物たちが生きていけないという状況になっているんです。
なぜボルネオの話をしているかというと、2009年2月にプロジェクトの関係でボルネオに行ったんですが、オランウータンって毎日寝床を変えるんですね。木の真ん中辺りに寝床を毎日作るんですけど、WWFのプロジェクトの関係で訪れたところでは、1本の木に巣が5個ぐらい残っているんですよ。そのぐらい、使える木がなくなっているんですよ! 普通のジャングルだったら、なかなか見かけることのない巣の残骸が、『この木には5個!? あの木には4個!?』という感じで、明らかに暮らせる場所がなくなっているというのが分かるんです。そういう部分って、私たちの目の前にはないので、なかなか気付かないですよね。オランウータンやクマなどは、自分たちのすみかを見つけることが難しければ、自分たちの食料を確保するのも難しいという風になっているので、その辺りが生物多様性の問題の中で、私たちが一番考えないといけないところだと思うんですね。そういうところに感心を持ってもらいたいと思います。」
●ひとつの木に5個も巣があるなんて、衝撃的なことですよね!
「私たちが山とかで『動物を見られた!』って喜んでいること自体、本当はどうなんだろうって思うぐらい、世界の生物多様性って厳しい状況になっているんですね。」
●是非、今後も番組を通して、生物多様性について、お話をうかがっていって、番組からもメッセージを配信していきたいと思います。
「是非、配信していってください!」
●というわけで、今回のゲストは、WWFジャパンで生物多様性条約を担当されている粟野美佳子さんでした。ありがとうございました。
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