2012年1月28日

東京23区内にいる意外な生き物たち
〜自然科学ライター・川上洋一さんをゲストに迎えて〜

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、川上洋一さんです。

川上洋一さん

 東京に生まれ育った自然科学ライターの川上洋一さんは、自然観察のインストラクターを経て、自然や科学を専門としたイラストレイター、そしてライターとして活躍。これまでに多くの本の製作に携わっています。また、日本昆虫協会やトウキョウサンショウウオ研究会などの運営にも尽力されています。
 そんな川上さんの新刊が「東京 消える生き物 増える生き物」です。そこで今回は、川上さんに東京の、それも23区内に生息する生き物のお話をうかがいながら、東京の自然について考えていきたいと思います。

昔は東京も自然に溢れていた

※川上さんに、生まれ育った東京の当時の自然についてうかがいました。

「高度経済成長期より前の段階では、自然がかなり残っていました。私が生まれた大久保では、明治維新で失業した武士の多くがそこで植木屋を始めたので、昔は“ツツジを見にいくなら大久保へ”といった感じで、明治時代ぐらいのガイドブックに書かれていたんですね。」

●今、そんなイメージがないですよね。

「全くないですね。私の実家もその名残で盆栽屋をやっていましたけど、周りにはお屋敷があちこちにまだ残っていたので、緑が豊富で、私の家の庭にも、そういうところから虫がどんどん飛んでくるんですよ。なので、夏休みに昆虫採集が宿題になると、家の庭で出来るぐらいの環境でしたね。
 場所がちょっと離れているんですけど、今の大久保通りの北側には早稲田大学の理工学部があるんですけど、そこは“戸山ヶ原”という広大な原っぱがあったんですね。そこは元々、日本軍の演習地だったんですが、米軍が接収して、射撃場として使っていたんですけど、それがちょうど返還された頃で、早稲田ができる前だったので、空き地になっていたんですよ。広大な草原に水たまりがあったので、そこで子供がイカダ遊びをして、時々溺れたりしていたんですよね(笑)。
 そこから明治通りを反対側に行くと、“戸山ハイツ”という、米軍の住宅地の跡があるんですが、これは尾張徳川家の屋敷の跡なんですよ。中には植え込みや築山がありましたし、箱根山という高い山があるんですけど、それは山手線の中で一番高い場所なんです。そこへ登って、周りを見てみると「虫がいそうだな」という感じでワクワクしましたね。」

●山手線の中で山登りができたんですね。では、今の東京からは、想像しづらいような豊かな自然があったんですね。

「そうですね。でも、今、私が昆虫の研究をするようになって思い返してみると、既に都市化の影響を受けて、いる種類というのはそれほど豊かではなかったんですね。例えば、私と同じく、昆虫協会で理事をやっている、やくみつるさんと子供の頃の話をすると、彼がずっと住んでいる世田谷区とかでは、いい虫がいっぱいいたんですよね。」

●今の東京は、その頃の東京と比べると、自然が少なくなってしまったと思うんですが、“東京”と一口に言っても、奥多摩の高尾山の方や、小笠原も東京ですよね。そういったところの自然はかなり残っているんですよね?

「そうですね。でも、例えば伊豆諸島って、昔は流刑地ですから、幕府が直轄で管理していたんですね。小笠原諸島も明治になってから日本の領土になったんですけど、あそこは既にハワイ系の人たちが住み着いていたので、色々な問題が起きかねないので、そこも政府直轄だったんです。さらに、多摩の方って、元々は神奈川県なんですよ。なので、昔の江戸周辺が東京だったんですが、東京も幕府が作られたとき、周りに自然の要害というバリアがないと敵がすぐ来てしまうので、西側には山があって、川に挟まれていて、前には海という形で、色々な環境が揃っていたんですね。また、そういうところに燃料を供給するので、周りには林がなければならないということで、林をずっと維持していたんですよね。そういう意味では、都市の周りの自然というのは豊かだったといえると思うんですよね。」

●世界には様々な大都市がありますけど、世界的に見て、また、日本の中で見て、東京、特に23区内というのは自然が多い方なんですか?

「例えば大阪は平地が多いので、どうしても緑が少ないんですね。それに日本では、東京に継ぐ第二の都市なので、そこと比べれば緑が多いんですけど、例えば政令指定都市をいくつか上げてみると、札幌は街の中にヒグマみたいな猛獣が出てくるような場所なので、あそこと比べるのはフェアじゃないんですが、名古屋と比べてみると、名古屋は干潟が残っていたり、周りに雑木林があったり、サンショウウオがいたりするんですね。福岡もそういうところがあるので、東京23区という形で見ると、どうしても引け目を感じてしまうような環境であるといえますね。」

カラスは掃除屋さん!?

※川上さんは、東京の生き物の移り変わりについて話してくださいました。

「増えたり目立つようになった生き物って、いくつかのパターンがあるんです。1つは、物の流れ方や街の使い方といった、人間が作った都市のシステムがありますよね。その中にうまく居場所を見つけて、住み着いているものです。代表的なのが、“ハシブトガラス”ですね。東京都内で見られるカラスは、ほとんどハシブトガラスです。この種類は、人が出すゴミを元に生きているんですが、元々、カラスというのは自然界の掃除屋さんなんです。生き物が死んだりした場合、それを片付けて綺麗にしてくれる生き物ですから、人が食べ残したものというのは、いわば“生き物の死体”なわけですよ。カラスはそれを片付けているんです。それを人間のシステムの中では上手く処理できないんですよね。
 カラスって、悪いイメージが定着していますけど、それは人間がちゃんと処理できないから、カラスがああいうことをするのであって、決して、カラス自体が悪いんじゃないんです。カラスは自分の勤めをせっせと果たしているに過ぎないわけですね。」

●人が処理しきれる分だけのゴミを出していれば、そういったことにはならないですよね。

「そうですね。なので、ゴミの処理の仕方も『出してしまえば、後は知らない』といった仕方じゃダメなんですよね。昔は、ゴミ屋さんが“ガランガラン”という鐘を鳴らして集めにきたんですよ。それが聞こえると、ゴミ屋さんのところまで持っていって、捨ててたんですよ。なので、そこまで責任感を持って、自分たちで管理していたんですけど、それをビニール袋に入れてそこら辺にポンと置いておけば『後は勝手に持って行ってくれるだろう』というようなシステムが、カラスにとっては『しょうがないな。あんな所にゴミを出して。じゃあ俺たちが片付けてやろう』と思って、一生懸命片付けるんですね。」

●最近、ハシブトガラスは増えているんですか?

「元々、ハシブトガラスというのは森林性のカラスなんですよ。東京が江戸だった頃は、森が非常に多かったので、そこに住んでいたんですが、東京が近代化されて、どんどん森がなくなっていったんですね。そこで、ハシブトガラスが減ったかというと、そうでもなくて、建物を森と見立てて、そこから周りを見回して『あそこにいい物がある』と判断したものを取ったり、公園や庭園の森をねぐらにしたり、繁殖したりして、森の代わりになっているんですよ。彼らはそこで環境を見つけて、住み着くことができるんですよ。 あと、“ハシボソガラス”というのがいるんですけど、これは、草原や草原といった拓けたところが好きなんですよ。なので、東京が焼け野原になってしまった終戦直後はハシボソガラスばっかりだったんです。そうやって、街がどんどん立体化していくに伴って、ハシブトガラスの方が勢力を伸ばしていったんです。」

●なるほど。逆にハシボソガラスの方は少なくなっていっているんですね?

「どんどん田舎の方に追いやられていって、河原や畑の方で暮らしているという感じになっていますね。」

川上洋一さん

●人間の環境の変化に合わせて増えていっている生き物って、他にどういった生き物がいるんですか?

「昔の自然と比べれば、非常に少なくなってきているんです。例えば、昔は色々な鳥が森の中に住んでいたんですが、全部いなくなってしまったんです。その代わりに、土鳩やカラスがいっぱいいるんですよ。そうなると、新宿の高層ビルにハヤブサが冬の間にやってきて、土鳩を餌にして暮らすんですよ。土鳩はものすごい数がいるので、基板になる自然はないけれど、餌だけはいるという状態になるんですね。 それから、“里山の王者”と呼ばれる、オオタカという種類がいるんですけど、これも最近はカラスを襲って食べていて、皇居は昔、カラスのねぐらになっていたんですが、今ではカラスがどんどん減って、オオタカが住み着いてしまっています。オオタカが皇居で子育てをしているかどうかは分からないんですが、都内の公園の中では子育てをしている場所もあります。」

●そういった生き物が増えていると聞くと、「東京の自然環境も少しよくなってきているのかな?」と思ってしまうんですが、どうなんですか?

「例えばハヤブサなんていうのは絶滅危惧種になっているぐらいなので、昔は減っちゃってどうしようもなく、『絶滅するんじゃないか』と言われていたぐらいだったんですけど、彼らが求めているのはエサなんですよね。なので、エサをちゃんと支える自然があれば、自然が帰ってきたといえるんですけど、そこの部分がなくて、カラスや土鳩といった、人間が支えている生き物をエサにしているので、これでは自然が戻ってきたというには、まだ早いと思いますね。」

●正しい増え方ではないということですか?

「そうですね。正しい増え方ではないですね。」

サンショウウオの種類の多さ=日本の自然の多様性

※川上さんは、トウキョウサンショウウオ研究会にも所属されていますが、日頃、調査・研究をしているサンショウウオについてお聞きしました

「サンショウウオというと、長さが1メートルくらいある、天然記念物のオオサンショウウオを思い浮かべる方が多いと思うんですが、東京にいるサンショウウオには“トウキョウサンショウウオ”という名前がついていて、長さが10センチくらいなんです。」

●意外と小さいんですね。

「小さいんですよ。これは私が今住んでいる、あきる野市で大正時代に見つかって、今では、福島県から神奈川県の丘陵地帯といったところに住んでいます。」

●どんなものを食べているんですか?

「普段は雑木林の落ち葉の下にいるんですよ。サンショウウオは普段、川の中にいるので、そういうところにいるかと思うんですが、そういうところにはほとんどいないんです。なので、ミミズといったものを食べて暮らしていて、春先にだけ、流れのない浅い水たまりみたいなところに集まってくるんです。彼らの卵は、透明なゼリーのような、クロワッサンみたいな形の袋の中に入っているんですよ。」

●結構大きいんですか?

「サイズはクロワッサンよりも小さいですけど、カエルと同じような育ち方をするんですが、梅雨の頃に上がってくるので、水辺と林がないと生きていけないんです。まさに、里山の象徴みたいな感じの生き物ですね。」

●サンショウウオ自体は日本全国にいるんですか?

「日本って実は、サンショウウオの種類が非常に豊富な国なんですよ。今は20種類くらいが知られているんですけど、種類がまだ増えそうですね。なぜなら、日本ってものすごく森と水が豊かな上に、地形が複雑なので、地方ごとに別種類に進化しているんですよ。山や川があると超えられないので、各地で隔離されて進化して、別の種類になっているんです。それをよく調べてみたら『これとこれが違った』といった感じになるので、今でも種類が増えているんです。」

●では、サンショウウオの種類の多さ=日本の自然の多様性を表しているんですか?

「その通りだと思います。日本にいるサンショウウオは、世界の半分くらいなんですよ。」

●そんなサンショウウオなんですが、実は絶滅の危機に瀕しているそうですね。

「20種類くらいいるうち、“レッドデータブック”という、環境省が絶滅の心配がある生き物を載せたリストがあるんですけど、それに載っていないのは1種類しかいないんです。あとは全部載っているんです。それだけ、日本の水辺や森が、どんどんよくない状態になりつつあるということを象徴していると思います。」

●これからは、サンショウウオにも注目した方がいいということですね。

「そうですね。私たちは、観察会や調査をやっていますので、是非、参加していただけると面白いかと思います。」

川上洋一さん

●私たちはやはり自然なくしては生きられない生き物だと思うんですが、普段の生活の中で、なかなか認識できる機会が少ないと思うんですが、どうですか?

「今では、自然と人間の関係についての情報が山のようにあるんですよね。なので“自然が大切だ”と頭では分かっている人はたくさんいると思うんですね。でも、それを実感できる場所って、あまりないんですよね。じゃあ、自然の中に出かけていけばいいのかというとそうでもないので、では、何が一番実感できるかというと、生き物を目にしたりして、“生き物と付き合うこと”で、自然を感じるセンスといったものを養えるんじゃないかなと思うんですよね。
 私がこの本の中で『東京の中にこういうのがいる』と紹介したのは、『東京には生き物なんていない』というイメージが皆さんの中にあるじゃないですか。だけど、そうじゃないんです。都心でも昆虫採集が10種類ぐらいできるんですよ。それくらい、みんなの頭の中からいなくなっているんですけど、実際にはまだまだいるんです。 よく“自然は野外から失われるんじゃない、まず人の頭の中から失われる”という言い方をされるんです。なので、もう一回、自分の身の周りを見回すことによって、『都市の中にもちゃんと自然があるんだ』と認識してほしいですね。ちゃんと見れば、120年前の環境も残っている場合があると思うんですよね。」

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 実は川上さんから、もう一つ興味深いお話をお聴きしていました。それは、江戸時代の東京、つまり江戸は野生の王国だったというお話です。江戸時代と言えば、もちろん商業なども発展し、既に多くの人が住んでいたはずですが、そんな時代に野生の生き物がたくさんいたとはちょっと意外ですよね。例えば、品川辺りの水田にはツルも来ていたそうですよ。
 そういったお話を伺うと、今の東京で自然と共生する生き方のヒントは、江戸に隠されているのかなと思います。詳しくはぜひ川上さんの著書でチェックしてみてください!

INFORMATION

川上洋一さん情報

「東京 消える生き物 増える生き物」

新刊「東京 消える生き物 増える生き物」

 メディアファクトリー新書/定価777円
自然科学ライター・川上洋一さんの新刊となるこの本は、東京にいるカラスのことやハヤブサのことなど、非常に興味深い話が満載です!
東京生まれ育った人でも新たな発見ができる内容となっています。

シンポジウム「日韓両生類・市民シンポジウム」

 川上さんが講演を行なうこのシンポジウムは、日本自然保護協会NACS-Jとトウキョウサンショウウオ研究会の主催で開かれます。

◎開催日時:3月3日(土)
会場:高幡不動尊・金剛寺の客殿(東京都日野市)
詳しい情報:NACS-Jオフィシャル・サイト

 その他、川上さんが参加する「トウキョウサンショウウオ研究会」と「西多摩自然フォーラム」のHPもご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. TOKYO JOE / BRYAN FERRY

M2. NOW AND THEN 〜失われた時を求めて〜/ MY LITTLE LOVER

M3. TAKE A CHANCE ON ME / ABBA

M4. YESTERDAY ONCE MORE / CARPENTERS

M5. 東京にもあったんだ / 福山雅治

M6. ONLY TIME / ENYA

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」