2012年8月18日

アメリカで実施されている“介助犬育成プログラム”

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、大塚敦子さんです。

大塚敦子さん

 フォト・ジャーナリストの大塚敦子さんは“動物と人とのつながり”をテーマに、国内外の施設などを取材。これまでに写真絵本やノンフィクションなど、数多くの著書を出版されています。そんな大塚さんの新刊が“介助犬を育てる少女たち”。これはアメリカの、少女の更生施設で行なっているドッグ・プログラムに焦点を当てた作品なんです。今週は大塚さんに、著書の題材となった、介助犬を育てるプログラムのことなどうかがいます。

“心”をケアする介助犬

※大塚さんはアメリカで行なっているドッグ・プログラムに詳しい方なんですが、まずはそんな大塚さんに、介助犬の定義についてお聞きしました。

「介助犬って、 “補助犬”という大きなカテゴリの中の一つなんです。補助犬には、盲導犬や介助犬、聴導犬の三種類がいるんですが、介助犬は具体的にはどういったことをするのかというと、日本の場合は、体が不自由な方の手足の代わりとなります。例えば、手の届かないところにある物を持ってきたり、エレベーターのボタンを押したり、電気のスイッチを押したりしてくれます。」

●海外の介助犬は、日本とは違った役割があるんですか?

「介助犬が最初に生まれたのはアメリカなんですね。アメリカでは1970年代から行なわれているので、歴史が長いんですね。なので、介助犬もどんどん進化していて、色々なカテゴリが増えてきています。例えば、日本にはまだないんですが、アメリカではすごく盛んになってきているのが、“心の支えとなる介助犬”なんですね。例えば、今回の本にも出てくるんですが、“PTSD介助犬”というのがいるんですが、これはイラク戦争やアフガニスタンの戦争などで心に傷を負ってPTSDを発症した帰還兵士たちがたくさんいて、大きな社会問題になっているんですが、そういう人たちの傍にいて、心の支えになるという介助犬なんですね。」

●体だけじゃなく、心のケアもしているんですね。海外では、介助犬って色々な場面で活躍しているんですね。

「そうですね。特にアメリカでは、介助犬が生まれたところというのもあって、色々な場面で活躍していますね。なので、待機リストも長くて、欲しくても、なかなかもらえないんですよね。」

●日本の盲導犬で、待機していてもなかなかもらえないという話はよく聞きますが、アメリカでも介助犬で、そういった状況なんですか?

「そうなんです。欲しい人がどんどん増えて、平均して三〜五年待ちと言われていますね。」

●まだまだ数が足りないんですね。介助犬って、どういった方法で選ばれて、どんな訓練を受けているんですか?

「犬種は大体決まっていて、ラブラドールレトリバーかゴールデンレトリバー、またはそのミックス犬が選ばれることが多いですね。」

●それは、性格が介助犬に向いているからなんですか?

「そうですね。それらは“人を喜ばせたい”という気持ちを持った種類で、人間もそうですが、“適正”というのは非常に大事なので、その犬が好きな仕事でなければダメなんですよね。なので、“向いている”という点で、この二種類が多いですね。
 介助犬育成団体というのはたくさんあって、ほとんどのところは、自分たちで介助犬に向いた血統種を繁殖しているんですよね。そういう犬を子犬の頃から丁寧に育てていって、介助犬として訓練して、送り出していきます。なので、時間も労力もかかるので、大量に生産できないから、慢性的に不足が続いているんだと思います。」

犬だからこそ、人を変えられる

※大塚さんの新刊“介助犬を育てる少女たち”は、アメリカの少女の更生施設が舞台となっていますが、そこはどんな施設なのかお聞きしました。

「日本の少年院のようなイメージを持っていただければいいかと思いますが、麻薬の不法所持や窃盗、傷害など、非行を繰り返した女の子たちが収容されていて、社会復帰できるように支援するための施設です。」

●そこでドッグ・プログラムを始めたキッカケは何だったんですか?

「“バーゲン大学”という、“犬学”をテーマに勉強できる大学がありまして、世界で唯一、修士号まで取れる大学なんですね。その大学の創始者が“ボニー・バーゲン”という博士で、世界で始めて介助犬を育てた人なんですね。彼女は、犬に介助の仕事ができると誰も思っていなかったときに、それが思いついたほど、革新的な人なんですよ。
 あるとき、彼女が『色々な問題を抱えている子供たちに、介助犬の訓練をしてもらうことで、その子たちの立ち直りを支えられるんじゃないか』と思ったんですね。このときも、当時そういった発想をした人はいませんでした。彼女は『犬に何かを教えるには、忍耐を持って相手に分かるように教えないといけないし、あるときは褒めて、またあるときは怒ってといった、気まぐれにするんじゃなく、一貫した行動を取らないといけない上に、“自分が他の命に対して責任を持つ”ということを理解させるための経験も積ませないといけない。これなら、自分の思い通りにならなくて、すぐカッとなってしまうような子でも、可愛い犬が相手だとメロメロになって、一生懸命世話をするんじゃないか。人間を信じることができなくても、犬なら信じられるんじゃないか』と考えて、色々なところに説得したんですね。そして、“シエラ”という更生施設が彼女の説得に答えて動き出したのが1993年だったんですね。

 彼女がシエラの人たちを説得したときに言った言葉で、私がすごく印象に残っているのは『こういうところに来る子供たちは、問題児として見られ、どこに行っても『ダメだ』と言われ続けた子たちなんです。だけど、犬は、その子が何をしたのかとか、学校の成績などで相手を差別するようなことは決してしません。犬は自分を愛してくれる人には無条件の愛と信頼で返す動物なんです。そういう風に、自分のことを全て受け入れてくれる犬が相手だからこそ、その子たちを変える力があるんだ』と言ったんですね。『ダメだ』と言ってきたような大人に対して聞く耳を持たなかった子たちでも、『自分の信頼してくれる犬だったら頑張ってみよう』と思えるんですよね。」

●具体的には、どういったプログラムになっているんですか?

「普段、犬のケアをしているバーゲン大学から、訓練を任せている女の子たちのいる施設に犬や先生たちが来て、犬学の講義を受けたり、実際に犬にトレーニングをしたりする時間が一時間から一時間半ぐらいあるんですが、それを何ヶ月かやります。女の子一人に一匹任されるんですが、四ヶ月〜二歳ぐらいまでの若い犬が多いんですが、中には子犬と大人の犬の二匹を任されることもあります。 普段は、時間が来ると帰ってしまうんですが、週に一回だけ、自分の部屋に泊めていいことになっていて、みんなその日が来るのを楽しみにしているんですね。訓練をある程度やってきて、『この子に任せても大丈夫だな』と先生に信頼してもらったら、自分の部屋に泊められるようになるんですが、家から離れて施設に閉じ込められている子たちにとって、そういう一晩はすごく大事なんですね。」

●大塚さんが取材をしていて、少女たちの心の変化を感じ取ることができましたか?

「感じましたね。特に印象に残っているのが、今回の本では“ニコル”っていう名前で出てくる子なんですけど、14歳という若い年齢で施設に来たんですね。彼女に初めて会ったときは、彼女が入って間もない頃だったんですが、おどおどした感じで、上目づかいで相手の顔をうかがうように見るような子だったんです。その子がプログラムに参加し始めたころはそんな調子で、『やってくれる?』みたいな感じで、犬にはっきりとコマンドを出せなくて、全然言うことを聞いてくれない感じだったんですね。

 彼女はすごく暴力的な家庭で育って、自分の意見を言ったら、いつ殴られるか分からないから、いつもビクビクしていたから、そんな風になってしまったんですが、その子がやがて、犬にきちんと指示を出せるようになったり、それまでは自分に自信がなくて、人前に出るって考えただけでダメだった彼女が、バーゲン大学のデモンストレーションをやり遂げたりといったことを積み重ねていくうちに、自分のことを認められるようになっていって、どんどんと花開いていったんですね。口調がしっかりとしてきましたし、話すときに人の目を見るようになりましたし、表情も、それまでは下を向いていたのが、前を向くようになって、明るくなりましたね。外から見ていても分かるぐらい、大きな変化がありましたね。」

●下を向いていた子が、明るい表情で前を見られるようになったというのは、すごく大きな変化ですよね!

「人間のサポートが一番大事だと思いますが、犬の役割は何なのかと考えると、まずは“心の扉を開く”ことですよね。施設に来る子たちに限らず、刑務所に来る子たちもそうですが、人を傷つけるようなことをした人って、自分もすごく傷ついているんですよね。施設にいる子たちの中にも、ニコルのように虐待を受けて育ってきた子や、親が麻薬中毒だったりして、劣悪な環境で育ってきている子がいるんですよ。だから、大人を信じてないんですよね。そこでいきなり大人と人間関係を築こうとしても、普通の子より時間がかかるし、中には、頑なに閉じた心がなかなか開かない子もいます。でも、犬を介せば、人間に対しても心を開けるようになっていくんですよね。そういう事例を数多く見てきています。」

日本で行なわれている盲導犬育成プログラム

※アメリカでは更生施設や病院などで犬の力を借りたプログラムが盛んに行なわれているということなんですが、日本でもドッグ・プログラムを取り入れている施設があるそうです。

「島根県浜田市にある“島根あさひ社会復帰促進センター”という刑務所があるんですけど、そこで2009年から盲導犬のパピーを育てるプログラムが始まっているんですね。受刑者にパピーウォーカーになってもらって、不足している盲導犬を一匹でも多く送り出せるようにするために、子犬を育ててもらうという試みが始まっています。」

●周囲の反応はどうですか?

「犬としては、始めは三匹のパピーを十二人の受刑者が三つのグループに分かれて育てたんですが、その内の一匹が盲導犬の普及・啓発の役割を持つPR犬として活躍しています。盲導犬候補になっているパピーが盲導犬になれる確率って三割程度だと言われています。なので、まだ多くのパピーが盲導犬になれていないんですが、プログラムはまだまだ始まったばかりで、色々なことを手探りでやっている状態なので、プログラム自体がまだ成長過程なんですよね。いずれ、そこから出た犬が盲導犬として実際に活躍することを期待しているんですけどね。」

●受刑者たちの反応はどうなんですか?

「私はこのプログラムに立ち上げ段階から関わっていて、今でもアドバイザーとして現地に度々行って、受刑者の方たちから直接意見を聞くことができているんですが、変わる人は変わりますね。人それぞれなんですが、子供たちとは違って、色々な人生経験を背負っているので、中には、プログラムによって、人と繋がるキッカケを得る人もいるんですね。なので、受刑者にとってプラスになっているなと思います。」

●大人にとっても、いいプログラムなんですね。

「このプログラムが目標としているのは、4000人ぐらいいる盲導犬の待機者に対して、一匹でも多く出すためということと、受刑者に社会貢献をするという経験を通して、立ち直ってほしいという想いがあるんですね。この人たちも、刑務所にまで来ているということは、様々なことで失敗してきているということじゃないですか。そういう人たちにとって、社会貢献ができる機会が与えられるというのは、非常に貴重なことだと思うんですね。もちろん、犬と一緒にいるので、アニマルセラピーの要素がありますが、それが目的ではなく、目の不自由な人に対して、一匹でも多くの盲導犬を育てる手伝いをするという社会貢献プログラムだということが、すごく大きなことだと思います。
 このプログラムの参加者の多くは、個人でも犬を飼ったことがある人なんですが、自分の犬とは違って、人のために働く犬を育てるという心構えが、責任感を育てることにもなりますし、このプログラムの参加者は、全員点字点訳の訓練を受けるので、パピーを育てつつ、常に視覚障害者の方に対して、想いを馳せながら暮らすんですね。なので、ここに来るまで、視覚障害者のことを何も知らなかったし、意識をしたことがなかったような人が、福祉の世界に目覚める人がいたり、刑務所から寄付をする人がいたり、出所してから点字図書館にボランティアに行った人もいたりするので、このプログラムが、受刑者に対して、何かいい種をまいているなという手ごたえを感じていますね。」


(この他の大塚敦子さんのインタビューもご覧下さい)

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 介助犬に向いている犬種として、ラブラドールレトリバーやゴールデンレトリバーを大塚さんは挙げてらっしゃいましたが、実は私も少し前までゴールデンリトリバーを飼っていました。とても賢い子で、今でもその子のことを思うと、温かい気持ちになれます。こんな風に、私たちに大切なことを思い出させてくれる動物たちの存在というのは、更生施設に入っている方たちにとっても、必ずプラスになると思います。今後、更にドッグ・プログラム出身の介助犬や盲導犬が活躍してくれるといいですね。

INFORMATION

介助犬を育てる少女たち-荒れた心の扉を開くドッグ・プログラム-

大塚敦子さん情報

新刊『介助犬を育てる少女たち-荒れた心の扉を開くドッグ・プログラム-

 講談社/定価1,300円
“動物と人とのつながり”をテーマに、国内外の施設などを取材されているフォト・ジャーナリスト、大塚敦子さんの新刊となるこの本は、介助犬を育てることで、少女たちも成長していく様子が、いきいきとした文章で綴られています。
漢字にはフリガナがふってあるので、小さいお子さんにもオススメの一冊です。

オフィシャルサイト

 大塚さんの著書や近況など、詳しくは、大塚敦子さんのオフィシャルサイトをご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. YOU'RE ONLY LONELY / J.D.SOUTHER

M2. BY YOUR SIDE / SADE

M3. FOR THE LONELY / SWEETBOX

M4. FIX YOU / COLDPLAY

M5. 花鳥風月 / SEKAI NO OWARI

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」