2016年11月19日

昆虫に学ぶ物づくり
〜インセクト・テクノロジー〜

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、長島孝行さんです。

 東京農業大学教授・長島孝行さんは、特に昆虫の優れた機能に着目されていて、“インセクト・テクノロジー”という分野の第一人者でいらっしゃいます。“昆虫に学ぶ物づくり”とは一体どんな世界なんでしょうか? 世田谷区にある東京農業大学の「食と農」の博物館にお邪魔して、色々お話をうかがってきました。そのときの模様をお送りします。

虫の機能性を社会に!

●今回のゲストは、東京農業大学教授・長島孝行さんです。よろしくお願いします。

「よろしくお願いします」

●早速ですが、長島さんが研究しているインセクト・テクノロジーとは、一体どういうものなんですか?

「“インセクト”=“虫”ですので、“虫のテクノロジー”です。虫の機能性を利用して物づくりをして、社会に利用していこうというものです。その虫ですが、どのぐらいいると思いますか?」

●どのぐらいなんですか?

「150万種類ぐらいです。哺乳類は4千6百種類で、鳥や魚は2万種類ぐらいなので、全動物の8割ぐらいはそういった小さな動物なんですね。体重で換算した人がいるんですが、人類の15倍はいるそうです。それだけいるので、様々な機能があります。なのに、これまで昆虫を利用した歴史って、あまり長くないですよね。質問ですが、最近食べた昆虫が作ったものってありませんか?」

●ないと思います。

「ハチミツはありませんか?」

●あ、ありました!

「ハチミツはどうしても人工ではできないんですよ。なので、虫に作ってもらわないと仕方ないんですよね。あと絹は利用してきましたが、それ以外のものって意外と使ってきていないんですよね。もっと真面目に彼らを研究して社会に役立てようというスタンスでやってみると、実はものすごいヒントが隠れていることに気づいたんです。それを僕はインセクト・テクノロジーと呼んでいます」

●具体的には、今どういったことを考えているんですか?

「一番身近なものだと、新幹線に乗るとき、新幹線のドアを触ってみるんですが、ものすごく軽いんです。ロケットもそうなんですが、軽くないといけないんです。同時に開閉をしっかりしないといけないので、ドアは強くないといけないんです。じゃあ、人類はどういう風に考えたかというと、“蜂の巣”を参考にしたんですね。蜂の巣は六角形の構造が緻密に出来上がっていて、強いんです。それでいて、ものすごく軽いんです。そこから“蜂の巣のような構造にすれば、強くて軽くて材料費も少なくて済むんじゃないか?”ということで生まれたのが“ハニカム構造”です。サッカーのゴールネットも六角形じゃないですか。そういう風に色々なところに使われているんですよね」

●気づいていないだけで、色々なところでお世話になっているんですね!

「授業で学生にロケットを持たせるんです。それもすごく軽いんですが、強いんですよ。ああいうものって、生き物の長い進化の歴史の中で作り上げてきたものなので、我々はそういったものをもう少し見習うことが必要じゃないかと思いますね」

●すごいですね! 他にはありますか?

「蚊は血を吸うために我々を刺しますよね。でも、ほとんどの人が刺しているときに痛みを感じないと思うんですね。大体の人が蚊がどこか行ってしまってからか、途中でたまたま見て気づくと思うんです。実はそれがすごく大事で、“なぜ彼らはうまく刺すんだろうか? よほど刺すメカニズムが優れているに違いない!”と思ったんですね。それであの小さな口を調べました。彼らの口は細いだけではなく、先端がギザギザになっているんですね。そのギザギザの針2本をジグザグさせながら中に進めていくんです。そうすると痛点に当たる部分がすごく少なくて済むんですよ。結果的に、彼らは僕らに痛みを与えることなく吸うことができるんです。“それなら、そういった注射針を作ればいいんじゃないか!”と思って、作ってもらいました。その注射針で注射をすると、赤ちゃんでも今何をやっているのか分からないぐらい痛みを与えないんですよ! そういうのが少しずつ使われ始めています」

タマムシ発色は日本の誇り!?

※他に昆虫から生まれた技術はあるのでしょうか?

「クジャクやタマムシみたいな生き物は色を変えることがないですよね。例えば、金魚は死んでしまうと、ただちに色が変わってしまいますが、それは色素によるものなんですね。ところが、クジャクやタマムシは構造によって発色させているので、色が変わらないんですよ。分かりやすくいうと、シャボン玉は本来透明なものなのに、あるとき突然色が出て、その色はどんどん変わっていくじゃないですか。あれは膜の厚さが変わっているからなんです。その原理を彼らは“ナノ”というすごく小さなサイズの中で再現をしているんです。その結果として、紫を出してみたり、緑を出してみたりしているんです。それなら、そういう膜の厚さのものを金属に付けてみたらどうなるのかと考えて作ってみたら、何色でもできてしまうんですね。研究段階で200色まで再現できました」

●あの美しい色を再現できるんですね!

「日本の町工場の強さはそこですよね。僕らが25ナノにしてほしいとか90ナノにしてほしいといっても、ちゃんと対応して作り上げてくれるんですよね。そこと僕らが連携したら、色々な色が生まれてきます。こういうのを“タマムシ発色”といいますが、これだとまず、科学色素が入りません。例えば、車のボディには色々な色がありますが、これがタマムシ発色のメカニズムであれば、石油系の色素が入らずにあの色を再現することができます。しかも、その色は絶対に変わらないんですよね。構造が変わらない限り、劣化することがありません。実際に田んぼの中や海にそういったものを置いたりしているんですが、色が変わらないんですよ。あと、錆びません。錆びなくて色も変わらないって夢の素材ですよね! さらにリサイクルもできます。他の物質が入っていないので可能なんです」


タマムシの発色のメカニズムを模倣したスプーン。まさにタマムシ色!
オールステンレスなので錆びないだけでなく、リサイクルも可能!

●そうなると、永遠に使うことができるんですね!

「鉱物だっていつまであるか分かりません。そういったときに、常にリサイクルできるものがあったら最高じゃないですか。こんな素晴らしいものはありませんよね! そういったものがどんどん生まれ始めていて、タマムシ発色はロンドン・オリンピックでも使われましたし、その前には洞爺湖サミットでも僕たちがやりましたが、これが2020年の東京オリンピックで使われないわけがないと個人的に思っています」

●是非、開会式か何かで出てきてほしいですね! このインセクト・テクノロジーは今後に期待できそうですね!

「あと、もう1つ思い出したんで話しますが、カタツムリは汚れないんですよ。よく“カタツムリに油性マジックで落書きしてください”と授業でやるんですが、落書きしてもらった後に水をかけると、油性でも書いたものが浮いてきます。だから、カタツムリは汚いところにいても、いつもキレイなんですよね。僕たちの仲間はその構造を明確にしましたので、お風呂場・洗面台・屋根などに使ったらどうなると思いますか?」

●汚れない、ということですね!

「汚れないだけじゃなく、洗剤も少なくて済みます。“洗剤で洗う”という行為はただ単に自分の身の回りからなくしているだけであって、実際は石油系のものを使って汚れを増大しているわけですよ。そういうところが一気に解決するんですよね。これは素晴らしいことだと思っていて、これが一歩手前まで来ているんですよ。ある会社はこれを商品化に動いています。こういうものがもっと世に出ていけば、日本は非常に住みやすい国になると思います」

生物には“無駄”がない!?

※長島さんは、なぜ生き物たちから技術を学ぼうと思ったのでしょうか?

「これまでの“虫好きの人”は、野外で虫を取って集めて標本にして並べるということが多かったです。もちろん、それも楽しいことですが、僕は観察する方が好きだったんですね。“彼らは何をやっているんだ? なぜこんな風に色々なところにいるんだ?”と、彼らの戦略にすごく興味があったんですね。あるとき“科学って何だろう?”と考えたとき、“我々の生活に役立つものが「科学」でないといけない。これを繋げられないか?”と思ったんですね。そこから生まれたのがインセクト・テクノロジーで、うまくいけば、もっといい形で社会に落としこめると思っています」

●観察して、どのようなヒントを得ることができましたか?

「あらゆる生物は“無駄”がないんですよ。それに“緻密さ”もあります。なのに“いい加減さ”もあるんですね。僕の専門は“ナノ・テクノロジー”なんですが、いい加減でありながら緻密なものを作っているということに、ものすごく色々なものが見出せるんですよ。それを、これまでは石油という素材ばかりを使って経済を動かしてきましたよね。そうじゃないんじゃないかとふと気づくんですよね。
 実は、僕は昔“細胞バイオ”というものを専門でやっていた時期がありました。これは“地球から蚕がいなくてもシルクは作れる”というもので、シルクを作る細胞を培養したんですね。でも、そこで“こういう科学技術を進めていって、果たして世の中が幸せになるんだろうか?”ってふと思ったんですね。確かに試験管の中でシルクはできます。でも、できたシルクは微々たるものなんです。その微々たるものを作るために膨大なお金とエネルギーと薬品を使うわけですよ。それに対して生物は普通のエネルギーで作り上げてるんですよね。それを見たときに愕然としました。

 僕たちも省エネじゃないですか。世の中に省エネ製品がたくさんありますが、我々が1日、ものすごく動いたとしても、70ワットの電球1個分のエネルギーしか使っていないんです。脳はものすごく活性化しているから、たくさんのエネルギーを使っているかと思いきや、20ワットの電球1個分なんですね。改めて生き物はすごいなと思いますよね。その生き物のすごさを社会に落とし込みたいと思います。
 僕は日本という国がそういうことが一番できる可能性がある国だと思っています。この国は縄文時代から自然を尊敬しながらうまく利用して今日に至っているじゃないですか。こういう文化を持った国って、実はそんなに多くないんですよ。そういう国で先進国ということを考えると、日本はそういったことの先端を行かないといけないんですよね。そういうときに、昆虫の戦略を真似るのは大事なことだと思います」

蚊が脳梗塞を治す

※長島さんが本の中で書かれていた“蚊が脳梗塞を治す”についてうかがいました。

「昔書いた本の中に“蚊が脳梗塞を治す”ということを書きましたが、蚊は血液を固まらせないために、唾液を出すんです。蚊が出す唾液は血液をサラサラにしてくれるんですね。だから、その唾液を血液に注いであげると、血液が固まることがありません。ということは、蚊が作る唾液を作れば、脳梗塞の新薬になるのではないかということを書いたことがあります」

●その研究は進んでいるんですか?

「科学者っておかしくて、そういう科学者が一線を退くと、それを継承する人がいなくなっちゃうんですよ。あと一歩というところまできているのにも関わらず、なかなか実現されないんですよね。あと、自然の生き物を使うということは、医学的になかなか踏み込めないところがありまして、ネコの風邪薬やアトピー性皮膚炎の薬となる蚕を作っているんですが、これは獣医止まりなんですね。それがなかなか人のところまで来ないというのは、認識や人の改善が必要だと思います。そういうことができれば、そういったものも生き物が作る時代が来ると思います。実際に“昆虫工場”がどんどんとでき始めています。人工によって蚕を飼育できるようになりました。これを今年、日本が開発しました。これで、いつでも蚕を養蚕できる状況になりました。これまで4回しかできなかった養蚕が、1年で365回できるんです。そういう風にどんどん進んでいるので、そういったものに医学のテクノロジーをジョイントすれば、“蚊が脳梗塞を治す”というのは、そう遠い日ではないと思っています」

●その話を聞いたときに感動しました!

「小さい子供は虫好きでいいんですが、その虫好きをもう一歩進めて、テクノロジーの方に進んでくれたら、さらに面白いものができますよね」

●これから新しい技術がどんどん生まれてきそうですね! 最後に、長島さんにとって“生き物たち”はどんな存在か、教えてください。

「僕たちがもう少し学ぶべきものが“生き物”なんじゃないかと思います。我々も生き物ですが、そういったことを意外と忘れがちなんですよね。我々も含めて、色々な生き物の生き方や戦略といったものをもう1回学び直して、新しい社会に役立てる、と考える必要があると思います。“生き物を使った方が持続するからいいよ!”と言いたいですね」

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 4億年前からこの地球上にいた昆虫たち。そう考えると4億年分の“生きる知恵”がそこにつまっている訳ですから、私たち人間は、虫たちからまだまだ学ぶことがたくさんありそうですね。

INFORMATION

「食と農」の博物館

 東京農業大学の「食と農」の博物館では現在、企画展が開催されていて、長島さんの監修による“インセクト・テクノロジー”のコーナーがあります。タマムシの、まさに玉虫色に輝く発色を模倣したオールステンレスのスプーンは見物です。他にも興味深い展示が多くあります。企画展は来年の3月12日まで。最寄りの駅は、小田急線の経堂駅。詳しくは、「食と農」の博物館のオフィシャルサイトを見てください。

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公式サイト

 長島先生の研究内容などは、東京農業大学内の先生のサイトをご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「GRACIAS / LARRY CARLTON」

M1. ENGLISHMAN IN NEW YORK / STING

M2. ハチミツ / スピッツ

M3. SHE'S A RAINBOW / THE ROLLING STONES

M4. アゲハ蝶 / ポルノグラフィティ

M5. SARA SMILE / THE BIRD AND THE BEE

M6. ACROSS THE UNIVERSE / THE BEATLES

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」