2017年5月13日

宇宙へ誘う満月の光
〜月光写真、青の世界

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、月の光だけで写真を撮る月光写真家・石川賢治さんです。

 石川さんは1945年、福岡県生まれ。日本大学・芸術学部・写真学科卒業後、コマーシャル用の映像や写真を撮るカメラマンとして第一線で活躍。そんな多忙な中、撮影で訪れたハワイで、運命的な体験をします。そして、84年秋から月光写真に取り組み、サイパンやハワイ、屋久島などで撮影活動を行ない、90年に発表した初の写真集『月光浴』で一大センセーションを巻き起こします。その後も月光写真の名作を次々に発表。最近は福岡県・糸島半島に活動の拠点を移し、新たな月光写真に取り組んでらっしゃいます。

 そんな石川さんは先頃、月光写真30年の集大成として、写真集『月光浴 青い星』を発表し、現在、写真展も開催されています。今回は宇宙を感じる月光写真の神秘に迫ります。

宇宙感覚の風景

※写真といえば光が大切で、暗い部屋で写真を撮るのは一苦労です。しかし石川さんは、月の光だけで写真を撮っています。一体どうやって撮るのでしょうか?

「月光の明るさは、太陽光の46万5千分の1なんですね。極小の光なので、どうしても長時間露光になりますし、三脚を使っての撮影で、一晩にたくさんの写真は撮れないんです」

●なぜ石川さんは、それほど撮影が大変な月光写真を撮るようになったんですか?

「今からもう33年前の、1984年のことなんですが、当時は広告カメラマンでした。ハワイ島にいたある満月の夜、ライトがないまま砂浜に出たところ、満月の光だけで砂浜が浮き上がるくらい明るく見えたんですね。僕はそれに感動して浜辺を歩いて、それから波打ち際に座ってぼうっと風景を見ていたんです。海や水平線、いくつかの形の、いい白い雲や星があったんですが、突然目の前を海面ぎりぎりに1羽の鳥が横切ったんです。その姿がはっきりと見えた時、インスピレーションのようなものを感じて、“これ、もしかしたら写真に写るんじゃないか?”と思ったのがきっかけでした。
 ただこの当時、写真史はすでに150年経っていましたが、月光写真というのはまだ存在していなく、“月の光で写真は写らない”というのが常識だったんです。僕もプロとして20年近くやっていたので、その時は写らないと思っていました。

 しかしそれから数ヶ月後に、サイパンに住んでいる友だちを訪ねた夜、森の中に白いつぼみのジンジャーを見つけて、“ジンジャーの影とか、何か少しだけでも写るかもしれない”と思って試しに撮ってみたんです。そしたら偶然にも、僕が見たままのカラーぴったりに写ったんです。ポラロイドで撮ったので、その場ですぐに撮った写真を見られたんですが、その時、大変な衝撃を受けたんです。それ以来、月光写真にハマっていきましたね。僕がカメラマンとして大きく変わった時期でした」

●そこでもし、上手く写真が撮れていなかったら、月光で写真を撮ることは諦めていた、ということでしょうか?

「そうですね。ジンジャーの影くらいしか写っていなかったら、そこで終わっていたと思います。しかし実際は、本当にカラーで、ジンジャーの白いつぼみの先はピンクで、茎はグリーンで、その向こうには濃紺の夜空が写っていたんです。それは、“太陽の光を反射した月の光が、ここまで届いている”という証拠の写真でもあったんです。僕はそこに、“広いスペース(宇宙)”や“広がり”を感じたんですね。それ以来、“地球規模の広がり”をテーマに、30年間ずっと旅をしてきました」

●先ほど、石川さんの写真展を見させていただいたんですが、確かに地球の風景が写っているんです。そこには宇宙を感じられるような、すごく不思議な世界観があるなと思いました。

「僕も長い間、都会に住んでいましたが、やはり暗闇がないと月光というのは存在しないんですね。例えば満月の夜に大自然へ行くと、自分の影が月光ではっきりと地面に映って、草花の色まで見えますし、地表の風景も全部見えるんです。地平線から銀河や宇宙がひとつながりに見えるんですね。満月の夜というのは、そういう独特な世界なんです。そういう原初の風景を求めて、世界中いろいろな場所を回り、各場所ごとにそういった、いわば“宇宙感覚”を得られるような風景を見てきました。それは30年間旅をした自分の糧になっていると思います」

月の出!?

※満月の光を求めて世界中を旅した石川さんですが、特に印象に残っている場所はどこなんでしょうか?

「アフリカのマサイマラの動物の写真や、イグアスの滝で撮った、満月の光によってできた虹の写真、モニュメントバレーで撮った稲妻と月光の写真や、ウユニ塩湖での写真など、それぞれに思い出はありますが、やはり最初に撮った風景写真は印象に残っていますね。サイパンで岬を撮ったんですが、ちょうど低気圧の時だったので、大きな波が何回もヒットしていました。その風景を長時間露光によって撮った写真が現像されて上がってきたときは、自分でもびっくりしましたね」

●どの写真も素敵だったんですが、その中に、水平線ぎりぎりのところに月が写っている写真があったと思います。それはどこで撮った写真なんでしょうか?

「その写真は、ウユニ塩湖の塩の大地なんです」

●ウユニ塩湖だったんですか! 月の光の優しさを感じた1枚だったんですが、この写真はどうやって撮られたんですか?

「ウユニ塩湖はボリビアにあって、日本の四国の半分くらいの面積が全て塩の大地なんですね。そこを4WDで70キロから80キロくらいまでスピードを出してずっと走って行くんですが、寒気なので塩がコンクリートのように固まっているんです。とても広いので、遠くにあるちょっとしたものを目印にして走るんですが、ライトをつけると100メートルから150メートルくらいしか見えないんですよ。そこで、ライトは消して満月の光を頼りに運転するんです。満月の光だと遠く、地平線まで見えるんです。そういう場所で撮影した1枚で、この写真は地平線から月が出る“月の出”なんです」

●日の出ならぬ、“月の出”なんですね。いいですね!

「夜には鳥や虫の声がしたり、風が林を渡っていく音や水の音など、いろんな音がするんです」

●私たちは目からの情報も多いので、音を聴き逃すことも結構あると思うんですけど、月光の光の中では自然の音もよく聴こえるんですね。

「そうですね。また、満月の夜にはいろんな種類の鳥が飛んでいるんですよ。夜に鳥が飛ぶとは思っていなかったんですけど、やはり満月の夜は明るいからでしょうかね」

●生き物たちはちゃんとわかっているんですね。もう1枚気になった写真があるんですけど、石川さんの写真は基本的に人物が写っていませんが、1枚だけ女性の後ろ姿が写っている写真がありました。これはどうしてでしょうか?

「今回は“30年の満月の旅”というテーマで90点の写真を展示しているんですが、この写真は『神の降りた夜 / 新月光浴』という写真集の中から選んでいます。“人や人工物を撮ったらどうなるんだろう”という思いから撮った1枚です」

●人間も、月の光の中にいるとすごく神秘的に感じました。

「ハワイ島で、観光客が行かないようなところで撮影をしたんですが、その時は“月光と一緒にハワイの人を撮りたい”と、僕が現地の知り合いにお願いをして、ハワイアンのモデルを探していただいたんです。そして、満月の1日前に1人の女性が名乗り出てくれました。その人は本当に野生的で自然な人で、道のないようなところを歩くときには僕の足元をライトで照らしたりもしてくれました(笑)。彼女の動きはスーパーモデルとは対極で、例えば僕が“こうしてくれ”と言うと、スーパーモデルなら指先までしっかりと決めてくれますが、彼女は本当に自然に動くんですね。それがとても新鮮に感じました」

●その人の動きが月の光にとてもマッチしていたんですね。

「そうですね。やはり自然な人を撮りたいと思っていたので、撮れてよかったです」

糸島のスーパームーン!

※実は最近、アーティストやクリエイター、料理人が注目し、移住希望者が殺到している島があります。それは福岡県北西部にある、玄界灘に突出した“糸島半島”。都会にも近く、海、山、滝、渓谷がぜんぶある自然豊かな場所です。そんな糸島半島に移住した石川さんですが、いつ頃から移住の計画があったのでしょうか。

「5年ほど前から移住先の家を探していました。30年間満月の旅をする中で、満月の夜空をバックにした原野の風景や、銀河の世界などのイメージを、次第に小さな草花を使って表現したくなったんです。例えば、“草花の向こうが満天の星空だったらどうなるのか”などを思いながら家を探していました。そして小さな民家を見つけたんです。土間やいろりがあるような、農家の古い家で、そこには畑もついていて、手が余っているような状態なんですが(笑)、その家は山や川、海などがある、大自然に囲まれているんです。周りに街灯などはないので、新月の夜に一歩外に出ると、真っ暗の中で満天の星空が見えるんです。まだ住んで1年も経っていませんが、そういう場所で試行錯誤して撮った写真を、まったく今までと違う、新たな月光写真ということで、今回の写真展に数点展示しています」

●今回展示されている、糸島で撮られた写真はどれですか?

「ヤブやスイレン、スミレや浜辺、カマキリやカブトムシ、それに雑草などの写真ですね。身近にあるものを使って“宇宙感覚”を表せないかと思い、撮りました」

●目線が低いような、原っぱに寝転がって夜空を見上げているような角度の写真が多いですが、これは宇宙感覚を意識されているからなんですか?

「そうですね。例えば下から見上げた時に、コスモスの花がたくさん咲いていて、その向こう側に星がたくさん出ている風景なども、“宇宙感覚”を意識して撮っています。そのコスモスを撮った時は、60年ぶりの“スーパームーン”でしたね」

●だからこんなに明るいんですね!

「月光がコスモスの花びらを通ってしまっているほどの明るさですね」

●さらに、コスモスの淡いピンク色まではっきりと見えていますよね。これも私が好きな写真の1枚なんです(笑)。

「ありがとうございます」

創造する写真

※最後に、世界中を旅する中で撮った月光写真と、糸島半島での生活の中で撮った月光写真との違いをうかがいます。

「まず旅をする時は、いつ満月になるかをしっかり調べます。そしてアフリカのマサイマラやイグアスの滝、モニュメントバレーなどにピンポイントの時間で行き、撮り終わったらすぐに帰ってきてしまいます。一方、糸島半島にある、僕が住んでいる家の周りには、山や川、原っぱや海があり、四季を感じることができます。宇宙を感じられる風景の中にいて、そこで感じたものを1枚の写真にしたいという思いから、小さな草花や動物を通して“創造する”写真を、糸島で撮るようになっていったんです。
 これまでは世界中を回って、地球規模の風景に“うわぁ、すごい!”と鳥肌を立てながらシャッターを押していました。しかし今は、例えばスミレを目の前にして“このスミレを通して宇宙感覚を表現したい。どうしたらいいだろうか”と試行錯誤しながら撮るようになったんですね。単に写真で“写す”ことから、“創造する”ことに変わったんです。そういう意味で現在は、新たな月光写真を撮り始めているところです」

●どっちの方が楽しいですか?

「それぞれに違いはありますね。月光写真を始めたのは33年前ですが、それまでは月光写真はなかったので、どうやって撮ればいいかわからなかったんです。なので、試しにポラロイドで撮ってみて、たまたま撮ることができた月光写真を足がかりに、いろんな撮り方を見つけていったんですね。今回、糸島半島で月光写真を撮り始めて、その当時の気持ちを思い出したんです。月光でスミレを撮って、宇宙感覚をどう表現すればいいのかが、すぐにはわからず、試行錯誤しながら撮っていることが、その当時に似ているのかもしれません。今後、どういうふうに変化していくかは自分でもわからないんですが、毎年撮っていきたいと思っています」

●例えば、秋はお月見の季節だから、月が他の季節よりも明るいんじゃないか、と私は思ってしまうんですが、季節によって見える景色は違ってくるものなんですか?

「季節ごとに大気が変わってくるので、水蒸気が多かったりするとおぼろ月に見えたり、時には月がクリアに見えることもありますし、月はいろんな表情をしますね」

●都会にいると真っ暗な場所があまりないですよね。

「そうですね。やはり“漆黒の闇の中の月光”というのは、本当に存在感がありますので、真っ暗なところに行く機会があったら、ぜひ月光浴をしてみてください。気持ちいいですよ」

●月光浴によってパワーのようなものを、もらえたりするんでしょうか?

「僕の場合は、撮影するために気持ちを高めていることもあるとは思いますが、やはり満月の時はパワーを感じますね」

※この他の石川賢治さんのトークもご覧下さい

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 「糸島半島に移住したことで、これから新たな月光写真が撮れそうでワクワクしている」。そう話してくださった石川さんの表情は、とても嬉しそうでした。自然の中で暮らしながら撮影することで、これからどんな月光写真を撮られるのか、私も本当に楽しみです。

INFORMATION

『月光浴 青い星』

写真集『月光浴 青い星

 小学館/税込価格3,240円

  月光写真30年の集大成ともいえる写真集です! ベストショットおよそ90作品を一冊にまとめた青い星・地球の記録を、ぜひご覧ください。

 そして、写真集『月光浴 青い星』の発売を記念して、現在、品川のキヤノンギャラリーSで写真展が開催されています。海底に差し込む月光や壮大なヒマラヤ、屋久島の縄文杉などの代表作ほか、移住した福岡県・糸島半島で撮った初公開の最新作まで、およそ90点が展示されています。

 開催は6月19日まで、入場は無料です。ぜひ宇宙に浮かぶ地球を体感してください。
 その他、詳しくは石川さんのオフィシャルサイトをご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「(MEET) THE FLINTSTONES / THE B-52's」

M1. MOONLIGHT SERENADE / CHICAGO

M2. FANTASY / EARTH WIND & FIRE

M3. MOONLIGHT SHADOW / MIKE OLDFIELD

M4. moonlight / moumoon

M5. MOONLIGHT / ARIANA GRANDE

M6. MR.MOONLIGHT / THE BEATLES

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」