2017年7月8日

どうなる!? パリ協定
〜地球温暖化対策の行方

 今週のベイエフエム/NEC presents ザ・フリントストーンのゲストは、気候変動の専門家、WWFジャパンの山岸尚之(やまぎし・なおゆき)さんです。

 山岸さんは、立命館大学からボストン大学・大学院を経て、WWFジャパンの気候変動担当オフィサーとして、政策提言やキャンペーン活動、また、国連会議の情報収集やロビー活動など、まさに気候変動の最前線で活躍! 現在は気候変動・エネルギー・グループ長としての重責を担ってらっしゃいます。そして「パリ協定」の国連会議にも参加し、その動向を現場で見て来られました。
 そんな山岸さんに、いま最も気になる「パリ協定」の行方、そして今後の地球温暖化対策について解説していただきます。

アメリカの離脱

※まずは、パリ協定とはどんな協定なのかを改めてうかがっていきましょう。

「パリ協定というのは、“地球温暖化に対して世界がどうやって取り組むのかを決めたルール”のようなものです。世界190カ国以上の国々が毎年、交渉を重ね、ようやく2015年の12月に合意に至った、という背景があります」

※具体的に、パリ協定とはどのようなものなのでしょうか?

「地球温暖化の原因は、基本的には“CO2をはじめとする温室効果ガスの排出”ということになっていますので、この排出を各国が減らしていくというものです。1997年に作られた“京都議定書”のことを覚えている方もいらっしゃると思いますが、その時は、温室効果ガスの削減目標は基本的に先進国だけが持っていたんですね。しかし今回は、途上国も含めてほぼすべての国が削減目標を持っています」

●パリ協定は、いつ頃始まるんですか?

「パリ協定が正式にスタートするのは2020年からです。なので2018年、つまり来年の国連会議までに細かい部分を決めることになっています。そしてその結果を受けて、各国が国内で準備をし、2020年からスタートする、というスケジュールになっています」

●ということは、“もうすぐパリ協定の準備ができそうだぞ!”というところまで進んでいたんですね。

「おっしゃる通り、かなりいい感じに進んでいるところでした」

●“でした”なんですよね(苦笑)。私もニュースで見ましたが、なんと、かなりいいところまで進んでいたパリ協定から、アメリカが離脱を表明しました。温暖化対策において、アメリカはかなり重要な国ですよね。

「アメリカはいろんな意味で本当に重要な国です。まず、アメリカは世界第2位のCO2排出大国です。世界第1位は中国ですが、累積の排出量でみると、今なおアメリカは第1位の国なんです。そして解決策の面から考えてみても、アメリカがパリ協定を“嫌だ”と言うことには、大きなインパクトがありますね」

●本当にそうですよね! 私もニュースで見たときに、“パリ協定、どうなっちゃうんだろう!?”と、すごく心配になったんですよね。

「私は、アメリカがパリ協定を離脱するという発表が行なわれることを事前に分かっていたので、日本時間でいう6月2日の午前4時ごろに行なわれる発表を生で見るために、スタンバイしていました。そして、実際にトランプ大統領のスピーチを聞くと、“パリ協定はアメリカに対して非常に不公平だ!”“あいつらは俺たちが不利益を被ることをせせら笑っているんだ!”というような表現をしていたんですね。それを聞いていて、私のように国連交渉を10年以上追いかけてきている人間からすると、“何を言っているのか!”と思うわけですよ。
 世界の他の国からしてみると、アメリカにはだいぶ譲っているんですね。それは正直なところなんです。オバマさんが大統領の時に、アメリカがようやく温暖化対策に対してやる気になってきたんですね。だから、多少温暖化対策が遅れているようにみえていても、一生懸命、中にいれていきましょうよということで、みんな譲っているところがあるんです。それなのに、どの面下げて逃げていくのかというのが、偽らざる感想です。私のそのときの気持ちを正直に話してしまうと、もう放送では使えないくらいの感情を抱きました(笑)」

アメリカ国内でも反発が!

※しかし、今回のアメリカのパリ協定離脱に関しては、悪いことばかりではなく、いい流れもみられました。

「“あ、違うな!”と思ったのは、アメリカ国内を含め、いろんな人たちから即座に反発が出たことですね。国レベルでいうと、ドイツ、フランス、イタリアが共同で即座に“私たちはそれでもパリ協定を支持します”と表明しました。中国、インドも改めてパリ協定支持を表明しました。そしてアメリカ国内でも、企業などが次から次へとパリ協定の支持を表明し、アメリカ離脱の発表があった翌週の月曜日には、パリ協定を支持した企業や、カリフォルニア州、ニューヨーク州、ワシントン州をはじめとする各州、さらにはボストンやロサンゼルスの市長が集まり、合計1000以上の個人や組織が、“私たちはそれでもパリ協定を支持します”という宣言に参加されていたんです。
 これはすごく勇気づけられることで、アメリカ国内からそういった声が一気に上がったということは、必ずしも連邦政府がアメリカ国民を代表しているわけではない、ということをとても印象づけた出来事だったと思います。これに関しては、昔とは違うなと思いましたね」

●これについては、私も本当にびっくりしました。

「傑作だったのは、頭文字が共通しているということから、トランプ大統領はスピーチの中で“私はパリの市民を代表するために選ばれたわけではない。ピッツバーグの市民を代表するために選ばれたんだ”などと言っていたんですが、その数時間後にピッツバーグの市長が“私たちはパリ協定を支持します”というツイートをしていたんです(笑)。このことからみても、トランプ大統領は国民の意見を反映していないんじゃないかと思いますね」

●アメリカの企業や州がパリ協定離脱に反対したのは、なぜでしょうか?

「いろんな理由があるとは思いますが、 “これが世界的な流れなんだ”という確信がアメリカのリーダーたちの中にはある、ということなんだと思います。また、企業の人たちも“善意の塊”では決してないんですよね。なので、“そっちのほうが確実にビジネスになる”と思っているんですね。その典型的な例が石油産業です。
 かつて石油メジャーと呼ばれていた人たちは、1997年の京都議定書ができる前には同盟を作って、“温暖化の科学なんて嘘だ!”と声高に宣伝していた時期があったんです。しかしこの人たちが、今回は逆に“パリ協定の中に留まるべきだ”という手紙をトランプ大統領に送ったんですよ。

 石油メジャーの人たちですらサポートしている。その背景に何があるかというと、トランプ大統領は“石炭産業を復活させるべきだ”と言っているけれど、実際、アメリカで石炭産業は落ち目になっているんですね。それは、温暖化対策が進んだからという理由だけではなく、ガスのほうがどんどん安くなってきていることと、風力や太陽光のような、再生可能エネルギーの値段がアメリカではすごく安くなってきているからなんです。
 なのでビジネス上、今さら石炭に戻ることの意味をもはや見出せないんですね。“勝ち馬はそっちじゃない”と判断しているからこそ、“パリ協定を支持したほうがいいでしょ”と多くの企業は判断したんだと思います」

●経済的にみても、パリ協定を支持するほうがいい、ということをみんな分かってきているんですね。

尊厳がある移住

※さあ、それでは「地球温暖化」の現状はどうなのか、お聞きしました。

「地球温暖化を測る時の最も一般的な指標は、世界全体の平均気温の上昇ですが、産業革命以前と比較すると、世界全体の平均気温は約1度上昇していると言われています。このまま放っておくと、何も対策を取らなければ約4度上昇するとされています。みんなで頑張って現状を維持すると約3度、本当にみんなが(温暖化対策を)頑張れば2度、理想は1.5度というように、目標ラインが設定されています」

●もし何もしなかった結果、4度上昇してしまったら地球はどうなってしまうと予想されているんですか?

「大規模で、いろいろな形での影響が出てくると予想されています。日本人にとってわかりやすいのは、異常気象ですね。日本でも“猛暑日”という言葉がしばらく前に導入されたことからもわかるように、異常な高温が年中発生するようになっていますね。
 おそらくこの番組をお聴きになっているリスナーの方々はアウトドアがすごくお好きだと思うんですが、その観点からみてみると、例えばヒマラヤの氷河の決壊がとても懸念されています。ヒマラヤの氷河は、アジアの人たちにとっては大事な水源なんですね。決壊した場合、決壊し始めの頃はたくさん水が流れるようになるので、むしろ水が増えるかもしれません。しかし、通常は冬になったらまた雪が積もって、山岳氷河は増えていくんですが、雪が溶けっぱなしになってしまうために、将来的には水不足になってしまうかもしれません。

 他にも、日本でいうと例えば雷鳥に影響が出てきます。雷鳥は高山帯にしか住めない鳥ですが、年間の平均気温が上がってしまうと、雷鳥が住むのに適した環境に生えている植物が、どんどん上に生息場所を変えていってしまうんですよ。すると同じく雷鳥も生息場所を上に移していくわけですが、日本の山はせいぜい3000メートルぐらいしかないんです。なので、やがては雷鳥がいなくなってしまいます。
 個人的にすごくショッキングだったのは、国立環境研究所の予測を知った時でした。その予測では、仮に世界全体の平均気温が4度上がった場合に何が起きるのかをいろいろな分野でやっています。例えば、登山をしている人にとってはすごく有名な植物として“ハイマツ”がありますが、そのハイマツが全滅します。ハイマツが生息可能な領域が4度上昇すると、2100年近くには北アルプスや南アルプス、中央アルプスにもハイマツはほとんどなくなってしまうんですね。山を歩く人からすると“ハイマツがない北アルプスって、一体なに?”みたいな衝撃だと思うんです。

 しかし本当にひどいのは、温暖化の原因なんか作り出していない人たちに対して、いろんな被害が発生するということです。例えば感染症であるマラリアやデング熱が広がって、本来ならば救えたような人たちが死んでいくということも、世界のいろんな場所で起きるでしょう。日本人にとってインパクトのある影響から、人々が死んでしまうという厳しい事態まで、温暖化がすべて引き起こしていくということが言えますね」

●海面上昇についてはどうですか?

「海面上昇も大きな問題ですね。一番わかりやすいのは島嶼国(とうしょこく)です。ツバルなどの国が有名な例ですが、これらの国は高潮になった際に、家が浸水してしまうような場所にあるんですね。そして、このような場所にはそもそも淡水資源があまりないので、高潮になった際に塩分が陸地に入り込んでしまうと、飲み水などにも影響が出てきてしまうんです。こうして徐々に島嶼国の人たちが住めなくなってしまう環境になる恐れがあります。例えば、キリバスの人たちはすでに移住について真剣に検討を始めているんです。

 個人的にすごく衝撃的だったのは、彼らが“尊厳がある移住(migration with dignity)をさせて欲しい”という言い方をしていることです。温暖化における移住というのは、移住する国民側にはほとんど責任がありません。例えば、マーシャル諸島の人たちが出しているCO2の排出量と、日本人やアメリカ人が出しているCO2の排出量とでは、比較にならないほどの大きな差があるわけですよね。なのでキリバスの人は、“それなのになぜ、私たちが移住しなければいけないのか。故郷や、国を捨てなければいけないという状態の時に、‘すみません、あなたの国に移住させてください'と私たちにお願いさせるのか。そこに尊厳はないじゃないか”と言っているんですね。これが、彼らに“尊厳がある移住”という言葉を使わせている理由なんです。当然、移住した先では移民として扱われるわけですよね。このことを私たちは、よく覚えておかなければいけないと思います」

賢く見抜く消費者に!

※移住を迫られている国の人々にはほとんど原因がなく、その原因を作っているのは私たち先進国。では、私たちには何ができるのでしょうか。そこで山岸さんに、日本の温暖化に対する取り組みについてうかがっていきます。まずはパリ協定のもとで掲げている、日本の目標を教えていただきましょう。

「具体的に申しますと、“2030年までに、2013年の排出量と比べて26パーセントの削減”を掲げています。ただ、現状いろいろな問題がありまして、その中でも一番大きな問題は、CO2の排出量が一番多いとされる、石炭火力発電所を日本がバンバン建てようとしてしまっていることなんです。これが本当に実現してしまうと、おそらくこの26パーセントの削減目標は達成されないでしょう」

●なぜ、26パーセントの削減という目標を掲げながら、そのような方向に進んでしまっているのでしょうか?

「いくつか理由はあるんですが、そのひとつは、“石炭が安い”からなんですね。みなさんも聞いたことがあると思いますが、“電力自由化”というシステムが導入されたことにより、電力事業者間で競争が起きるようになりました。その結果、原子力の代替物として一番安い石炭を使っていこう、と考えている人が出てきます。“安きに走っている”ということですね。
 もうひとつは、“エネルギーの安全保障”が関係しています。石炭の最大の輸入先はオーストラリアなんですね。よく、“石油は中東に依存しているから危ない”と言われるじゃないですか。そういう意味でいうと、石炭はいろんな地域にありますし、現在、石炭の輸入をしている国と日本は仲がいいので、“このまま石炭を輸入するほうがいいよね”と考えている人がいます。

 ただ、石炭は一番CO2の排出量が多い燃料ですので、このままの状態が続くのは、本当はよくないんですね。なので、トランプ大統領が当選する前のアメリカは、新しい石炭火力発電所を建ててはいけない、というルールを作っていました。ヨーロッパなどでも、新しい石炭火力発電所を基本的には建てない、という方針になってきているんです。これが先進国の傾向になってきています。これに反して、日本はまだ石炭火力発電所をバンバン建てられる状態ですので、 “温暖化対策の逆をいっているじゃないか”という批判が集まってきています」

●世界的に見て、日本はあまり温暖化対策に対していい状態ではない、ということですね。

「決して前向きな状態ではないと思いますね。26パーセントの削減目標というのも、国際的な研究機関の中での評価では“不十分である”とされているんです。つまり、そもそも日本が達成しようとしている目標自体が不十分なんです。その不十分な目標すら、このままいくと達成できないような状況に陥っているので、今の日本は決していい状況ではないですね」

●トランプ大統領がパリ協定を離脱すると言い、それに対してアメリカ国民や企業、州は“もっとパリ協定を通じて温暖化対策を頑張っていこう!”という声が上がったじゃないですか。そういうことが日本でも起これば素敵ですよね。

「そうなって欲しいと私たちも思っていますし、実際にそのような傾向に向かっている企業も出てきているんです。私たちが推進している取り組みの中に“Science Based Targets(SBT)”というものがあります。これは企業のかたに、“パリ協定の目的と整合するような、企業としての削減目標を持って下さいね”と呼びかけるものです。この取り組みに参加している企業の数が、世界全体278社あるんですが、そのうちの34社は日本の企業なんです。
 なので決して、日本の企業全体が温暖化対策に対してやる気がないわけではなく、SBTなどの取り組みに積極的に参加して、“企業の側からもパリ協定を支持しましょう”と言ってくださるかたも結構いるんです。しかし、国全体の話になると、どうしても日本においてはネガティブな声が目立ちやすい構造になってしまっていますね」

●そういうお話を聞くと、私たちひとりひとりが温暖化対策に対する意識を持つということが大事になってきますよね。

「そういった意識を持って、例えば商品を買う際に、企業の取り組みを参考にして選んでいただけるといいんじゃないかなと思います。企業にとって嫌なのは、お客様に自分の商品を選んでもらえなくなることなので、その企業が温暖化対策についてどんなことを言っているのかを理解することが大事だと思います。
 トランプ大統領の効果もあり、温暖化対策について発言している企業とそうでない企業や、署名に名前が載っている企業とそうでない企業は、調べていくとわかってきます。すると、“この企業は、世の中が危ない状況になった際にしっかりと声を上げて、‘私たちはこの問題を本当に重視しているんだ'と言っているんだな”、もしくは、“この企業は‘あわよくば、日本も温暖化対策が後退すればいいな'と思っているな”ということもわかってきますので、その部分を“賢く見抜く”消費者になるのが大事かなと思っています」

※この他の山岸尚之さんのトークもご覧下さい

YUKI'S MONOLOGUE 〜ゆきちゃんのひと言〜

 消費者ひとりひとりが環境に配慮した製品を選ぶことで、どれくらい温暖化対策に繋がるのか。
 今まで目に見える形でそれが解ることはあまりなかったんですが、今回アメリカの州や市、企業など1000以上がパリ協定を支持したとうかがって、私たちの選択は着実に温暖化対策に繋がるんだと、改めて感じることが出来ました。これからもイチ消費者として「賢い選択」をしていきたいですね。

INFORMATION

WWFジャパン

 ぜひWWFジャパンの活動を、会員または寄付という形でご支援ください。私たちができる温暖化対策のひとつだと思います。一般会員でひと月500円から。会員になると会員証やパンダをあしらったバッチ、そして会報誌が特典として用意されています。WWFジャパンや山岸さんの活動、会員の申し込み方法など、詳しくはWWFジャパンのオフィシャルサイトをご覧ください。

今週のオンエア・ソング

オープニング・テーマ曲
「(MEET) THE FLINTSTONES / THE B-52's」

M1. EVERYBODY WANTS TO RULE THE WORLD / TEARS FOR FEARS

M2. EMERGENCY ON PLANET EARTH / JAMIROQUAI

M3. WAITING ON THE WORLD TO CHANGE / JOHN MAYER

M4. MERCY MERCY ME (THE ECOLOGY) / MARVIN GAYE

M5. I NEED TO WAKE UP / MELISSA ETHERIDGE

M6. もう一度世界を変えるのさ / シアターブルック

エンディング・テーマ曲
「THE WHALE / ELECTRIC LIGHT ORCHESTRA」