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発酵の奥深い世界 〜微生物が文化を創る〜

2020/8/8 UP!

  今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、発酵デザイナーの「小倉ヒラク」さんです。

 小倉さんは1983年、東京都生まれ。早稲田大学卒業。その後、東京農業大学で発酵学を学んだあと、山梨県甲州市に発酵ラボを作り、微生物の世界を探求。現在、発酵デザイナーとして、多方面で活躍されています。そして先頃、『発酵文化人類学〜微生物から見た社会のカタチ』が文庫本となって発売されました。

発酵文化人類学〜微生物から見た社会のカタチ

 きょうはそんな小倉さんに、私たちの食生活や健康を支えている発酵食品について、たっぷりお話をうかがいます。世界的にも珍しい日本の発酵食品のお話もありますよ。

☆ 写真提供:小倉ヒラク

微生物に呼ばれている!?

※それではまず、発酵デザイナーというお仕事について。どんなことをする人なんでしょうか。

「発酵デザイナーは現在、世界で名乗っているのは僕だけで、端的に言うと見えない微生物、発酵菌の働きをデザインを使って可視化するという職能であると定義しているんですね。

 元々僕はデザイナーだったんですけれど、20代の半ばくらいの時に働きすぎ遊びすぎで身体を壊しまして、たまたまその時にお味噌屋さんの末娘と発酵の先生に出会って、お前は身体が弱いから発酵食品をいっぱい食べろと、そしたらもうちょっと元気になるぞって言われて、発酵食品を食べるようになったんです。それから発酵のことがすごく面白いなと思い始めて、気がついたら発酵の仕事ばっかりやっているデザイナーになっていました。

 もうこれは微生物に呼ばれているとしか思えないから、っていうので、30歳手前くらいで東京農業大学の研究生で大学に入り直して微生物学の勉強をして、普通のデザイナーをもうやめて、微生物とか発酵文化に関わるものしかやらないぞと決めて、発酵デザイナーと名乗るようになりました」

小倉ヒラクさん

●へ〜! 『発酵文化人類学』という本も読ませていただいたんですけれども、微生物と人間ってこんなに深い関わりがあったんだっていう風にすごく驚きました!  

「そうですよね。結構奥が深いお話なんですよね。微生物と人間が相互に影響しあいながら、文化を作っていくっていうことなんですけれども」

●このタイトルの“発酵文化人類学”というのも初めて聞いたんですけれども、これはどんな学問なんでしょうか?  

「これも僕が勝手に提唱した学問なんですけれども、これは微生物の視点を通して人間の社会を見るということをやっている本なんですね。実は僕は2回大学に行っているわけですけど、1回目の大学の時に文化人類学という学問をやっていたんですね。僕はデザインの仕事だったんですけど、いろんな土地へ行って調査をするわけです、デザインを作る前に。その調査をしていると文化人類学のフィールドワーク調査が、まるで発酵をテーマにしてやっているようだなって思えてきたんですね」

●どんな調査をしていたんですか? 

「蔵(くら)がある土地の歴史をそこの長老の人とかに会って聞いたりするんですよ。だから200〜300年前はうちはこういう土地で、ここは今もうコンクリートで埋め立てられちゃっているけど河川があって、ここに船を通してどこどこで作ったお醤油を運び出して、それはどこどこのお殿様に献上されて、みたいな話とかがいっぱい出てくるんですよ。

 今見えているものと全く違うその社会の形というか、そういうものが見えてくるんですね。要は文化人類学ってテーマをなんとか族みたいな、民族でやっているんですけれども、そのなんとか族みたいな話を発酵という世界、だから人の代わりに微生物を見ることで文化人類学と同じようなことをやっているっていうことを思うようになって、それでこの本の名前になっているんですね」

写真提供:小倉ヒラク

食の美意識は気候と微生物が作る

※続いて、発酵に関するこんな興味深いお話をしてくださいました。

「日本と中国って発酵食品のバリエーションがものすごく多い国なんですけれども、それのキーポイントになっているのが麹(こうじ)っていうものなんですね。甘酒とか塩麹とかを作る元になるものなんですけど、この麹という文化が中国にも日本にもあるんですけど、中国と日本だとその麹の微生物の種類が違うんですよ」

●どう違うんですか? 

「日本だと“コウジカビ”っていう、結構もこもこになる毛足が長い、空気を大量に呼吸して甘みを結構いっぱい作ってくれるカビが麹を作るんですね。それに対して中国の麹は“クモノスカビ”っていう、毛足が長くない代わりに根っこをすごく張る、酸を結構いっぱい出す、空気があまりなくても生きていけるカビっていうのが麹を作るんですね。そのことによって同じような発酵食品を作る時でも全然、味の指向性が変わってくるわけです。

 例えばお酒、この麹ってお酒を作るのに使うんですけど、日本だと日本酒になるんですね。中国だと日本酒によく似たものだと、例えば紹興酒になるんですよ。日本酒ってやっぱり新酒が美味しいってイメージがあるじゃないですか、搾りたてとか美味しそうって思うじゃないですか。紹興酒って搾りたてはあまり美味しくないんですよ、ちょっと苦くて酸っぱくて。なので紹興酒は、大体5年とか10年とか熟成させているじゃないですか。熟成させる中で味がまろやかになって美味しくなって高級品になっていくんですね。

 一方、日本酒っていうのは、古酒が最近流行っていますけど、基本的には結構フレッシュに飲むのが美味しいとされていて、それって微生物の違いで出てくるんですね。そういうものが積み上がってくると、例えば日本の発酵食品は、実は中国ほどあまり発酵させなくて、みんな数ヶ月とか数週間とかで終わりにするわけですよ。それに対して中国って10年、30年とか発酵させてすごくどっしりしたものを、重厚なものを作り上げていくっていう、なんか食の美意識みたいなものが変わってきちゃうんですね。

 ある意味でいうと、その土地の美意識って人間が作っているっていう風に思っていたんですよ。ところが今のこの麹の話とかを突き止めていくとそうではなくて、その土地の気候と微生物が人間の美意識を形作っているとも言えるわけですね。だからもし中国に“コウジカビ”が棲んでいたらまた違っていたわけですよ」

●そうですね〜!

「日本に実は“クモノスカビ”は棲んでいるんだけど、もっと“クモノスカビ”を使いこなす技術を持っていれば、多分日本も違ったものになっていたんですよね」

不思議なお漬物“すんき”!

※続いて、世界でも珍しい、日本の発酵食品を紹介してくださいました。

不思議なお漬物「すんき」
不思議なお漬物「すんき」


「長野県木曽町っていう、御嶽山の麓の町があるんですけど、山の関所町なんですが、そこに“すんき”っていうちょっと不思議なお漬物があるんですよ。そのお漬物は塩を一切使わないお漬物なんですね。世界でも結構珍しいお漬物で、カブの葉っぱにお湯をくぐらせて、冬になるギリギリ手前の時にちょっと室温でカブの葉っぱを発酵させておくと、その土地にしかいない特殊な乳酸菌が発酵して、それでちょっと不思議な旨みのあるお漬物ができるんです。塩が入っていないから全然しょっぱくなくて、酸っぱいだけっていう、酸っぱうまいみたいなものができてくるんですね。

 やっぱり塩を入れると雑菌汚染が起こらなくなって、発酵菌だけ呼び込めるので、塩を入れたほうがいいわけですよ。ところがその木曽という町は、山の関所町でどんな海からも遠いんですよ。新潟も遠いし北陸も遠いし静岡ももちろん遠いしっていう状況なので、塩がないんです。塩を持ってこられない、だから如何に塩を使わずに食べ物を保存するかってことをみんな考えるわけですよ。その結果、他の土地にはないような不思議なお漬物ができてくるんですね。

 このお漬物、僕の農大の先生の一人が研究したんですけど、何故かこのカブの葉っぱを発酵させるとカブの葉っぱの中からコハク酸っていう、シジミとか魚介類の旨みが菌によって生成されるらしいんですね。だからみんなこの“すんき”をどういう風に使うかっていうと、お味噌汁とか蕎麦とかに入れて、ちょっと出汁みたいにして使うんですよ。だから魚介類が手に入らない土地なのに魚介類の旨みを、何故か微生物の力を使って作り出してしまうっていう不思議なことをするわけですよ。こういうことも海の近くだったらする必要ないんですよね」

●微生物のパワーってすごいですね!

「そう、それで不思議な微生物がいるっていうことと、この木曽の土地の特性っていうものが合わさった時に他の土地にはないような、木曽のすごく不思議な食文化っていうのが生まれてくるわけなんですよね」

古代エジプト、ビールが給料代わり!?

※私も毎日、お味噌汁をいただいているんですが、発酵食品は私たち日本人には欠かせないものですよね。

「定番の食卓を見てみるとお分かりになると思うんですけど、納豆かけご飯にお味噌汁を食べるじゃないですか、ご飯はさすがに発酵していないけれども、ご飯にかける納豆は大豆に納豆菌っていうバクテリアを付けて発酵させているんですね。納豆にかけるお醤油は大豆と麦を塩水と混ぜて、乳酸菌とか麹菌とかで発酵させた液体調味料なんですよ。お味噌汁のお味噌はやっぱり大豆と米とかを混ぜて発酵させた固体の調味料で、出汁を取る時に鰹節とか入れるじゃないですか、鰹節は鰹の身をカビで発酵させて硬くカチンコチンにしたものなんですよね。だからどんだけ発酵しているものを入れているんだということになるわけですよ(笑)」

●そうですよねー! 私、ビールも大好きなのでビール酵母とかもまたそういったものですよね。

「そうですね。ビールも非常に古い発酵食品で、古代エジプトの時代の、もっとさらに昔のシュメール文明でも、もうすでに作られていることが記録されているんですね。これは元々は備蓄していた麦が例えば、ナイル川の氾濫で水浸しになった時に麦が発芽して、それが甘い麦汁を作る感じになるわけですよ。その甘い麦汁を発酵させていくとビールになるっていう、これも結構原始的なものですね。で、すごく面白いのが、これも古すぎて本当にそうかっていうのが諸説あるんですけど、公共事業に使われていたんですね」

●公共事業? 

「はい、ピラミッドとかを作る時に給料になっていたわけですよ。だからお前はきょうこれくらい働いたからビール何リッターな、みたいな給料代わりで使われていて、古代エジプトの壁画にはビールを調子に乗って飲みすぎて酔っ払って、それを他の人が担ぎ上げているっていうような壁画が残っているんですね」

●へー! そうなんですね!

アジアとヨーロッパ、発酵文化の違い

※小倉さんは去年、ヨーロッパを回って、日本の発酵文化を伝える講演を行ないました。どんなお話をされたのでしょうか。

「実は発酵と言ってもヨーロッパとアジアでかなり世界観が違いまして、ヨーロッパの発酵ってワインとかパンとかになるんですけど、あとヨーグルトとか。でも日本で発酵っていうとお味噌とかお醤油とか、日本酒とかになるでしょ、発酵する原理が結構違うんですよ。

 ヨーロッパの発酵って結構、単体の微生物で成り立っているというか、あんまり関与する微生物が多くないんですね。ヨーグルトだと乳酸菌、パンだと酵母、ビールもそうですね。ワインも酵母なんですけど、それに対して日本って例えば日本酒には乳酸菌、酵母、麹、あと硝酸還元菌とか結構いろいろいるんだけど、何種類もの菌が関わってできていくわけです。
 お味噌も一緒でやっぱり麹菌、乳酸菌、酵母みたいな、しかも複数種類の酵母、複数種類の乳酸菌とか、アジアってなんかいっぱい菌が関わってできているんですね。

 だから一神教と八百万の神みたいな違いがあって、そこの原理の違いみたいなものを結構話したりしたら、すごく面白いって言ってもらえて。で、その中でもいちばんキーポイントになるのがコウジカビっていうカビなんですね。

 僕は大学ではカビのことを勉強していたんですけれども、まさにヨーロッパにない、アジアですごくファクターになっているのが、発酵のスターターになる発酵カビの存在なんです。ヨーロッパにも一応カビを使う発酵食品はあるんですけど、チーズとか、ただスターターではなくてどっちかって言うと、またちょっと違う、あとのほうの行程で出てくるやつなんですね。

 アジアの場合は、発酵のいちばん最初のスターターになることが非常に多いんです。アジアって湿潤、暖かくて湿っているのでカビが多くなるんですよ。このカビって発酵の最初にくっ付くと、いろんな食べ物をいろんな形に分解するんですね。分解する力がすごく強いんです。それでいろんな形に分解すると、カビが分解したものにまた別の菌がくっ付いてくるんですね。だから発酵がすごく複雑になるんです。

 なのでアジアの発酵ってカビが介在することによって、ものすごく複雑性を帯びるわけですよ。それでお味噌!みたいな、紹興酒!みたいな原料は、シンプルなんだけど複雑な味わいのものが出て、独特な旨みみたいなものが出てくるっていう。そこのキーポイントになっているのは、このカビの存在だよ、みたいな話を(講演では)結構したりしていましたね」


INFORMATION


小倉ヒラクさん情報

発酵文化人類学〜微生物から見た社会のカタチ

発酵文化人類学〜微生物から見た社会のカタチ


 同書は先頃、文庫本となって発売されました。発酵の奥深い世界、微生物の働き等々、発酵と文化人類学を結びつけた興味深い本です。ぜひ読んでください。角川文庫の一冊として絶賛発売中です。詳しくは角川書店のサイトをご覧ください。

◎角川書店のHP:
https://www.kadokawa.co.jp/product/321912000315/

発酵する日本

写真集『発酵する日本』


 小倉さんが47都道府県の知られざる発酵文化を訪ねた旅が写真集となって発売されています。 青山ブックセンターのみの限定販売。詳しくは青山ブックセンターのサイトをご覧ください。

◎青山ブックセンターのHP:
https://aoyamabc.stores.jp/items/5e97c40634ef01783a3bdd1b

写真提供:小倉ヒラク

 今年、小倉さんは下北沢に「発酵デパートメント」というお店をオープンさせました。
 “世界の発酵、みんな集まれ”を合言葉に、小倉さんが集めた多種多様な発酵食品を販売しているそうですよ。

写真提供:小倉ヒラク

 また、毎月定額で発酵調味料を届けるECサイト「発酵サブスク」も運営されています。詳しくは小倉さんのオフィシャルサイトをご覧ください。

◎小倉ヒラクさんのHP:https://hirakuogura.com/

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