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書道具は自然由来の宝物〜子供たちに伝えたい毛筆文化

2021/10/10 UP!

 今週のベイエフエム / ザ・フリントストーンのゲストは、硯(すずり)の職人、製硯師(せいけんし)の「青栁貴史(あおやぎ・たかし)」さんです。

 青栁さんは1979年、台東区浅草生まれ。浅草にある書道用具専門店「宝研堂(ほうけんどう)」の四代目。20代から中国の硯の作家との交流を経て、伝統的な硯を研究。その後、中国や日本の石材を使って硯を製作、また、文化財の修復や復刻も行なっていらっしゃいます。

 青栁さんが創る硯は美しく芸術的で、月の石で硯を創るなど、若手のクリエイターとして注目されています。また、書道にも造詣が深く、大学の書道学科の講師も務めていらっしゃいます。そんな青栁さんが先頃『すずりくん〜書道具のおはなし』という絵本を出されました。

 きょうは、宝物といわれる書道の道具、そして硯製作にかける思いなどうかがいます。

☆写真協力:青栁貴史

青栁貴史さん

日本の石は寡黙!?

2年ほど前に浅草の工房にお邪魔してお話をうかがったことがありますが、硯になる石って、どんな石がいいのか、興味ありますよね。まずは青栁さんに、改めて、硯に向いている石についてお話しいただきました。

「硯に向いている石、これはもう硯が何たるかっていうところから始まりますけれど、墨がよく擦れる石が硯に向いているんですね。この石は日本と中国ではもう採れているところが分かっているんです。毛筆文化圏では、この辺りは硯に向いている石が出るよって分かっている、そういった場所から採石しているんですね。

 主に”堆積粘砂岩”(たいせきねんさがん)だったり、”粘板岩”(ねんばんがん)とか、そういったものが硯に向いている石になるわけですけれど、その中からひび割れが少なくてキメの細かい石を私たちは探してくるんですね」

●ちなみに日本だと、どの辺りになるんですか?

「日本では、有名なところだと宮城県の雄勝町(おがつちょう)の”玄昌石(げんしょうせき)“ですね。あとは山梨県に南巨摩郡(みなみこまぐん)っていうところがあるんですけれど、その辺りから採れている“雨畑真石(あまはたしんせき)”っていう石ですね。あと山口県に赤い石があるんですけれど、この”赤間石(あかまいし)“も非常に硯に向いている石ですね。この3種類は有名ですよね」

写真協力:青栁貴史

●本場は中国っていうことになるんですよね? 

「そうですね。日本より中国のほうが大陸が大きいですから、採れる石材の種類も多いので、硬い、柔らかい、細かい、荒い、色んな模様が出るとか、すごく様々な表情の石が中国には眠っているんですね。日本の石は基本的には寡黙なものが多くて、静々と黒い、静々と赤い、そういう石ですね」

●中国の石となると具体的にどんな石になるんですか? 

「中国の石は、みなさんがご存知なところだと大理石も硯の石に使われるんですね。あとは北方のほうから採れる石で、舐めるとしょっぱい石なんかもあるんですけれど、こういう石も硯として使われていたり・・・。

 あとは”紅糸石(こうしせき)”っていう、これも中国の北方の石ですけれど、珍しい石で、紅い糸が走っているような模様から紅糸石っていうんですね。日本人にとっていちばん馴染みがあるのはコンビーフかもしれないですね(笑)。コンビーフを敷き詰めたような模様が出るような石とか、色んな石が中国では出ているんですね」

墨を擦ることを知らない子供たち

※青栁さんが先頃出された絵本『すずりくん〜書道具のおはなし』。ストーリーはもちろん青栁さんなんですが、絵は青栁さんがその作品を見て、惚れ込み、毛筆の手紙でラブコールを送って実現した、京都在住のお坊さんであり、イラストレーターの中川学(なかがわ・がく)さんが担当されています。

 「硯」や「筆」などの書道の道具が擬人化され、平安時代の衣装を身にまとい、登場しているんですが、絵が可愛いくて、色使いが和風な感じでとても素敵なんです。実は、語り部として青栁さんも登場しています。

『すずりくん〜書道具のおはなし』

 ところで、なぜこの絵本を出そうと思われたのか、お話しいただきました。

「本のことは3年半前から考えていたんです。僕が様々なメディアで硯の話とかをする時に、やはり毛筆文化では、毛筆は人の生活に密着していると必ずお話をするんです。
 非常に考えさせられる出来事が小学生との間では多くて、小学校に硯の授業をしに来てくださいという特別授業のご依頼をいただいた時に、小学校に行ってみて、まずお兄さんは何を作っている人か分かりますか? って話をしてみるわけですね。

 そして硯職人だよって話をした時に、硯っていう漢字を書いてみても、もちろん子供たちは分からないんですね。“しじみ?”とか言われますね(笑)。硯は書道の時に、習字の時に、字を書く時に使うでしょって話をすると、今の子供たちは硯は溶けるものだと思っている子が多いんですね。

 墨汁を普段使っているじゃないですか。今の子供たちは墨を擦ることがスタンダードではないんです。僕たち子供の頃は擦ったと思うんですよ。今の子供たちはほとんどの子が墨液ですね。擦る固形木の墨は、(書道)セットの中に入っているんですけど、ほとんどの子が使っていないんですね。授業では墨汁を開けて、それをかき混ぜる棒になっているんですね。

 プラスチックの硯、かき混ぜる墨という棒、墨汁っていう、本来の使いかたと違う方法で覚えてしまっている子供たちも多かったんですね。これは大人になってから違うんだよとお話をするんじゃないなと思って、僕、全国の小学校に教えに行きたいな、授業しに行きたいなっていう気持ちがその時ものすごく芽生えたんです。

 (全国の小学校に行くのは)もう現実的じゃないですね。難しいですね。なので本をお作りして、学校で45分の授業で1回この絵本を読んでいただければと。

 みんなが使っている今の書道セット、大筆が入って小筆が入って、プラスチックの硯が入って、そしてみんなが使っている硯のセットっていうものは、プラスチックの硯だけれど、元々はこういうもので出来ていて、こういう歴史があるんだよっていうことを知った上で、今のものを使ってもらい、今の道具は現代の硯セットなんだ、今私たちが使っているのは現代の便利な道具なんだっていうのを知って欲しかったんですね。

 プラスチックの硯がダメって言っているわけではなくて、時代に合わせた道具、時代に求められた便利さを子供たちに知ってもらいたいっていう、自分の頭で考えられるそういうものになってほしいなって思っていますね」

書道具は宝〜文房四宝

※青栁さんの絵本には、紙、筆、墨、そして硯が、文房具の文房に、四つの宝と書いて「文房四宝(ぶんぼうしほう)」として登場しています。
 文房具の中でも宝物される書道具は、考えてみれば全部、自然由来のものなんですよね?

「そうですね。全部自然から出来ているって、意外と知らないかたが多いんじゃないかなと思うんです。この本を見ていただくことで、硯(の石材)は山から出てくるんだな。筆はイタチとかウマとかヤギとか、そういった毛を束ねて作られているんだな。紙も山に自生している植物を使って、人が1枚1枚すいて作っているんだな。墨なんかも植物ですね。そういったことを伝えることも大事でしたね。

 ”文房四宝”っていうちょっと難しい言葉を使いましたけれど、元々、筆、墨、硯、紙、この4つをまとめて、我々の毛筆文化圏では文房四宝って呼んだんだよっていうことを、言葉を覚えてもらおうと思って、ちょっと難しいですけど使ったんですね」

●すごく勉強になりました! 改めてそれぞれ解説していただきたいんですけれども、まず紙から教えていただけますか? 

「紙も面白いですよ〜。僕、実は10年以上前ですけれど、中国に長期滞在して紙の研究をしていたんです。硯を作っている人ですけれど、実は紙のコーディネートをずっとしていまして、色んな紙を作っていたんですね。中国の紙を主に作っていましたけれど、紙に関しては論文も書いたことがあるんですね(笑)。

 そんな紙、僕が夢中になった紙、これどういったものなのかっていうと、石で出来た硯が出来上がる前から、紙はあったとされているんですね。今漫画で有名な『キングダム』、その中に登場している蒙恬将軍(もうてんしょうぐん)っていますけれど、彼が筆を作った人っていう風には言われているんです。史実とちょっと異なるところがありそうですけれど、その辺りから紙が開発され始めていたということが分かっているんですね。

 2000年以上前にはなっていますけれど、実際に現存している紙なども1000年とか2000年、普通にもつ素材なんですね。紙は中国と日本ですきかたがちょっと違うところもあるんです。原料も違いますね。

 主には日本だと“雁皮(がんぴ)”とか、お札の原料の“みつまた”とか、ちょっと郊外に行ってみると“楮(こうぞ)”なんかもありますね。あとは竹、ほかには木材パルプなんかも使いますね。カナダから輸入されている木材を溶かしたものですね。
 そういったものを混ぜて、工程を話してしまうとめちゃめちゃ長いんで、そこは絵本を読んでいただく形になりますけれど、植物を紙の原料にするんですね」

●ひとくちに和紙といっても色んな種類がありますね。

「そうですね。民芸紙などもあれば、あとは書道用紙、あと障子紙みたいなものもありますし、様々ですね」

●国内だと和紙の生産地はどの辺りになるんですか? 

「有名なものは甲州(こうしゅう)と因州(いんしゅう)、山梨、鳥取ですね。あとは四国なんかも有名ですね。それぞれに特徴がありますけれど、白さが際立っているとか、柔らかいとか、にじみがあるとか、それぞれの産地が特徴を持っているので、(和紙を)使われるかた、書道の先生だったり、水墨画のかた、絵手紙のかた、お手紙を書くかた、色んな人がいますけれど、あそこの産地の紙がいいんだよ〜っていう風に自分で選んでお使いいただけるわけですね」

墨の原料は自然だらけ!?

※絵本『すずりくん〜書道具のおはなし』に文房具の4つの宝「文房四宝(ぶんぼうしほう)」として登場する紙、筆、墨、そして硯、その4つが全部、自然由来のものということで解説していただいています。

 ちなみに筆は、小筆はイタチやタヌキ、シカなどの毛、大筆はウマ、ヤギなどの毛を使って作るそうです。青栁さんは知り合いの筆職人さんに頼んで、毛を揃える作業をやらせてもらったそうですが、まったくうまくいかず、筆職人さんの技に改めて感心したとおっしゃっていました。

 続いて、あの黒くて長方形の「墨」について解説していただきました。

「墨は主に今、奈良と三重の鈴鹿で作られているものがほとんどというか、それで全部だと思うんです。日本では(原料は)主には植物です。たとえば、菜種、ごま、椿。ほかにも重油なんかもありますけれど、タイヤの原料になっているものですね。真っ黒を求めた時に使われる煤(すす)は、そういった重油などですね。

 昔の話をちょっとしちゃうと、面白い話があって、江戸時代はどんな墨だったのっていう話なんですけど、時代劇を観ていると、お侍さんが夜、和とじの本を読んでいるシーンありますよね。あの時に灯りを炊いていますね。あれが”菜種の油”だったらしいんですね」

●へぇ〜〜!  

「菜種の油を炊いて、その時に出た煤を集めて作ったっていう話もあるんですね。なので、江戸時代の墨は、菜種の油を燃やして出た煤を集めて、そこに動物のタンパク質、要するに骨とか皮を煮て出来たコラーゲンです。それを混ぜて、それだけだと臭いものになってしまうので、墨って擦るといい香りするじゃないですか。そこで竜脳(りゅうのう)とか麝香(じゃこう)、麝香というとムスクですね。そういった香りを中に入れて練ることで、いい香りの墨が出来るわけですね。

 植物の油、あとは動物の骨や皮、そして竜脳だったら植物の木ですけれど、麝香だったら動物のものなので、本当に(墨は)もう自然だらけで出来ているものですね」

「硯」は王様!

写真協力:青栁貴史

※絵本に登場する「文房四宝」の中で、王様と表現されている「硯」について。硯が王様と言われるのは、どうしてなんですか?

「これは、僕がひいきして付けたわけじゃないですよ(笑)、先に言っておきますけど。これは僕が生まれる前から言われていたことです。なんで王様って呼ばれ始めたの? っていう話なんですけど、ここから、王様になりましたっていう記述はないんです。なんとなくそう言われていったっていうのが答えなんですね。

 じゃあどうしてなんだろう? っていうのを我々も含め、文房四宝全般を研究した人や、携わった人はそこを考えるんですね。その結果、今、行きついている説がありまして、この文房四宝の中で唯一、消耗しないもの、なんですね」

●ほ〜〜! 消耗しない。

「ほかは消耗品、使って朽ちていくものですね。なくなっていくもの、形を変えていくもの。硯だけは形を変えずに手元に残り続けるものなんです。そういう理由があることを踏まえて、過去を振り返ってみるんです。

 そうすると、例えば、時の中国の皇帝なんかもそうですけれど、書斎が自分の象徴のようなものに使われていたんですね。私はこういう書斎に囲まれて生活している、私はこういったものを愛でていると。中国の歴代皇帝たちは、そういった文房を作ってきたわけなんです。そこの中心地に置いたものが硯なんです」

●へぇ〜〜!

「硯を中心に、ほかの調度品をどうしようかって考えたわけなんです。そういった記述があることから、中国では硯が文房四宝の王様的な位置づけにあったとされています。実際のところ、皇帝たちが使っていた硯は色々な美術館に入っていますけれど、一時オークションなどで、本当に何千万以上の値段が付いて流通したことがあったんですね」

地球最古の石「アカスタ片麻岩」!

※では最後に、今後この石で硯を創ってみたいというものはありますか?

「それも一択しかなくて、地球最古の石ですね」

●地球最古!? 

「はい。これはカナダの北東、北側から出ているものなんですけど、”アカスタ片麻岩”(へんまがん)」と言います。地球がまだドロドロしていて、色んなものがぶつかって固まっては溶けて、固まっては溶けてを繰り返していた時期がありますね。その間が6億年あるんですね」

●6億年!

「6億年の間、そういった時期があって、ようやくひとつの岩盤が出来たんです。それがアカスタ片麻岩っていう40億年前の石。この石が今の地球の表面を突き破ってオーロラの下に出ている場所があるんですね。

 実はこの石に関して僕、どんな石か分かっていて・・・国立極地研究所でその石を触らせてもらったことがあるんですけど、大きさとして、シーズーくらいの大きさです。マルチーズとか、5歳くらいのシーズーくらい(笑)」

●子犬とか、赤ちゃんのような!(笑)

「そうですね。10何キロありましたけれど、実際に抱っこさせてもらって、この重み、この質量感・・・実際に自分でその場所に行って、地球の中に手を差し込んで、その産声を聴きたいと思いましたね」

●そのアカスタ片麻岩はどんな色なんですか?

「これ複雑な色なんですよ、一言で何色って言えないような色で。僕がアカスタ片麻岩を抱っこさせていただいた時から、もう1年以上経ちますけれど、今、覚えている色はピンクですね。ピンクを帯びた青と灰色が混ざったような色ですね」

●へぇ〜〜! 

「あちらこちらにピンクが点在していて、素石としては青、灰色、そういったものが中心になっていて。ただ、この石は硯には向かないです」

●あ、そうなんですか!?

「固すぎると思います。でもね、向く、向かないじゃないですね。僕たちが硯を創る時に、様々な石で硯を創ります。中国の石、日本の石、色んな石を使って創ってはいますけれど、”母なる石”はその石ですね。

 いちばん最初に地球を作った石、地球の石のルーツがそこにありますね。やはり、2000年以上、我々の生活を支えてきてくれた、最古の筆記用具を創っている者として、そのルーツのいちばん最初の部分に触れてみたいんですね。だからコロナが少し落ち着いたら行って来ます!」

●楽しみです! またお話を聞かせてくださいね! では最後に、この絵本『すずりくん〜書道具のおはなし』を手にする子供たちに伝えたいことを改めて教えてください。

「そうですね。一言でまとめてしまうと・・・今はやはり文字に心を込めることが非常に少なくなっていますね。字を書くことが少なくなっています。入力するってことが多くなってしまっていますね。

 この絵本を読んでいただいて、僕たちが”書く”っていうことは、こんなに昔から大事にされてきていて、色んなものが伝わるんだなって、本当はとっても便利な道具なんだなって、しかも愛せる道具なんだなっていうことに、触れてもらえるきっかけになるような本であってもらいたいなと思いますね。ぜひ読んでみてください」


INFORMATION

『すずりくん〜書道具のおはなし』

すずりくん〜書道具のおはなし


 文房具の四つの宝といわれる紙、筆、墨、そして硯のルーツや歴史が分かります。擬人化された道具の絵が可愛いくて、和風な色使いが素敵です。青栁さんの書道具や毛筆文化に対する思いに溢れた絵本を、ぜひお子さんに読み聞かせてください。
 「あかね書房」から絶賛発売中です。詳しくは出版社のオフィシャルサイトをご覧くださいね。

◎あかね書房HP:https://www.akaneshobo.co.jp/search/info.php?isbn=9784251099457


書道用具専門店「宝研堂」


 青栁さんの書道用具専門店のサイトもぜひ見てください。コロナ禍のため、個展の開催が難しくなったということで、サイト上に「在宅美術館」を開設し、これまでに製作した代表作が掲載されています。

写真協力:青栁貴史

 硯という字は「石」を「見る」と書きますが、青栁さんは製作するときに、とにかく「石の表情」にこだわって硯を創っているとおっしゃっていました。作品の精密な写真から、その表情を感じ取ることができます。何時間でも見ていられる、そんな魅力に溢れています。ぜひサイト内にある「在宅美術館」もご覧ください。

◎宝研堂HP:http://houkendo.co.jp

◎在宅美術館:https://home-museum.net

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