三方を海に囲まれる房総半島に位置する千葉県。首都圏からのアクセスもよく、
通勤圏でありながら海や里山の豊かな恵みをあわせもち、自然とともにある生活を楽しめるエリアです。
そんな「明日への力を充電できるパワースポット・千葉」として各地の魅力を支えている、
地元でがんばる人たちの活動や想いや、その想いから生まれるストーリーを現地取材の声を通してご紹介していきます。

毎週月~木 18:35頃~「YOU 遊 チバ」はこちら

Every Fri. 18:45~

第64回 幻の大豆 小糸在来

2021/9/24 UP!

今回は君津市に流れる小糸川近くに取材に行ってきました。小糸在来の取材です。

小糸在来というのは、千葉県君津市小糸川の流域を中心に栽培されてきた在来種の大豆の登録商標です。やや緑色で大粒の「幻の大豆」ともいわれている話題の豆なんです。取材に行ったのが8月の末でしたので、まだ枝豆はできていませんでした。

この美味しい大豆を栽培し、品質の維持・向上に取り組んでいるのが「小糸在来愛好クラブ」の皆さんです。早速、いつ頃からつくられているのか、なぜ幻と言われているのか など、会長の鈴木芳昭さんにお話を伺いました。

鈴木さん:昔から、田んぼの脇の、いわゆる田んぼのあぜ道ですね。我々いわゆるクロというのはあるんですけども、そこに、食料といいますか、お正月の煮物の豆とか、味噌とか、そういうものを作るため、食べるために作りました。自家消費と言いますか・・自分のところで各農家は作る、そんな形ですね。戦前からあったように見受けられます。その時には、昔は醤油だとか、そういうものも自家製で作ってみましたので、その材料として使っていたんじゃないかなと思われます。

特別な感じで作っていたわけではなく、自分たちの生活で使うために空いている土地で作っていたというようなんですね。戦争の後、一時は栽培が途切れそうになったこともあったそうですが、復活させようという動きがありました。

鈴木さん:平成11年頃に、君津市で、ブランド物を作ろうとか、作物を発表しようとかっていう動きがあって、市と県J Aを含めて農協も含めて、この小糸在来種はいいんじゃないかなという動きができて、私どものところにいわゆる農家に生産の依頼が来たわけです。私は農家なりたてといいますか、新規就農みたいな感じで途中から親から引き継いでやった時だったので、あまり分からなかったんが、先輩諸氏に聞きますと、大豆なんか儲からないし、そんなもの生産性も悪いし、ものになるわけないからやめた方がいいという、ほとんどの人がそうでした。前から大豆を作っていた2人の大先輩がいたんですが、その人たちを加えてたかだか6人で始めました。平成16年です。その年が。だからもう15、6年前ですかね。5、6年で終わるのかなという感覚でした。今は84~5名、いろんな人たちを入れると、100名近くになってますね。

地域の名物になればという感じだったのでしょう。でも六人から百人にまで仲間が増えてきたのは、やはり大豆が美味しいからなのでしょう。鈴木さんは、主にカブなどの根菜類を作っておられる農家さんでなので、先輩農家さんのお話も聞いて、最初6人で始めた時は本当に心細かったそうです。認められるのか?君津の農業の特産品になれるのか?そのうち、みんな諦めちゃうんじゃないかと、正直みんなが思っていたそうですがつくってみると、うれしい驚きがありました。

鈴木さん:食べてみても実感としてわかるんですが、あ、甘いな・・甘み強いなっていうのは、我々でも分かるし、それと非常に香りが、独特のその香りがあって、やはり美味しいですね、食欲を誘るといいますか。加工品も、お味噌を、豆腐、納豆はもちろん、ちょっと変わってて、焼酎だとか、むき豆みたいなものとか、あとそれを使っていろんなお菓子だとか、そういうものを結構皆さん作ってらっしゃいますね。なんて言いますか、外国から来る輸入物の枝豆が、あれが枝豆の味なのかなと(いう)感覚でしたので。小糸在来を作って初めて小糸在来の枝豆を食べたんですけども、もう全然違いますから。正直言ってね、びっくりしたし、我々もハッと我に帰ったといいますか、なんでこれは早くやらなかったかなという、今も思いますね。

JAきみつ味楽囲(みらい)のおびつ店とさだもと店、それから袖ヶ浦市農畜産物直売所・ゆりの里などで購入できるそうです。大豆の加工品というと、私たちの生活の中にはいろいろありますが、「小糸在来」で作ってみると、すごく美味しくて、評価がぐんぐんと上がっていったそうです。こうしたクラブの栽培拡大・商品化の取り組みが評価され、小糸在来は 全国農業協同組合中央会(JA全中)の第40回日本農業賞特別部門・第7回 食の架け橋賞の大賞を受賞するなど、大人気になりました。

鈴木さんに、これからの小糸在来についてもお話聞いています。

鈴木さん:今までもずっと続けてきたことですが、まだまだ知られてないっていう方がいらっしゃるようなんですよ。もうちょっと、いろんな面で宣伝と言いますか、広報して行きたいと思って、また広げていきたいですね。食べてもらうのがやっぱり1番いいですね。だから、少なからずトップセールスやって東京の東京市場に行って、仲買さんの人たちに試食してもらったり、小さいところでは直売所だとかで試食会を開いたり、そういうものをして行きたいなとは思っています。お蔭様でうちの方の地域、素晴らしい新規就農者で大きくやってる人も2人ぐらいいらっしゃるし、その方が一生懸命、今作ってるんですけど。頼もしいです。まだ40代ですから、その人たちが私どもの後を継いで行ってもらって広めていただきたいですね。

ちなみに、小糸在来の枝豆は、奥手(シーズンが遅め)なので、今年は10月10日ぐらいから買うことができるようになるということでした。

ぜひ一度試してみてください。今回お話をお聴きした鈴木さんが会長を務められる「小糸在来愛好クラブ」のHPはこちら!⇒小糸在来愛好クラブ

第63回:千葉都市モノレール

2021/9/17 UP!

9月17日はモノレールの日!ということで、今回はギネス記録を持っている千葉都市モノレールをご紹介します。

本社のある動物公園駅に行って車庫の隣で取材です。

2001年6月27日付けで「懸垂型モノレールとして営業距離世界最長(15.2km)」のギネス認定を受けています。(正式には、「the longestsuspended monorail train system in the world, at 15.2km」として登録されています。)千葉都市モノレール、正式には路面電車などと同じ軌道なんです が、一般的には鉄道の仲間ですね。

県内には、東京ディズニーリゾート周辺を回っているディズニーリゾートラインと、今日ご紹介する、千葉都市モノレールの2本のモノレールが走っています。千葉市動物公園や総合スポーツセンターに行くときに利用された方、いらっしゃるかと思いますが、今回は、こちらに2名いる女性運転士のうちの一人、吉川佑香(よしかわ・ゆか)さんにお話を伺いました。まずは、運転士になるきっかけを伺いました。

吉川さん:入社は11年目になります。最初は駅員として働いておりました。スポーツセンター駅あと都賀駅千葉駅が有人駅でして、その有人駅の窓口業務を担当しておりました。もともと千葉都市モノレール、私が入社したときは、女性の運転手はまだ居なくて、会社の方針というのもありまして「女性の運転手を誕生させたい」というお話を聞いて、まあやってみないかということで、私もチャレンジしてみたいなと思ってやらせていただくことになりました。結構家族に話した時は想像してなかったみたいなので、けっこうびっくりはしていたんですけど、やるなら頑張ってねということで、応援をいただきました。養成期間が約半年間でして、そして国交省の試験を 受けまして、私の場合は、割とすぐ運転士の方に声がかかったので、約一年ぐらいでひとりだちということになりました。

鉄道の運転をするのには国家資格の免許証が必要で、その養成期間が半年ということでした。自動車なら教習所でという感じですけれども、鉄道も免許証がいるんです。

千葉都市モノレールは「懸垂型」という方式です。そのメリット、特徴についても伺いました。運転するときに気をつけていることについても伺いました。

吉川さん:天候に左右されにくいという点では、特に雨や雪に強くて、線路がやはり覆いかぶさっているような形状をしておりますので、雪の日でもほかの鉄道会社さんが、遅延や運休してしまっている日でも、モノレールは普通に動いていることが多いのが強みだと思います。気をつけていることは、乗り心地の良さを気を付けておりまして、発車する際になるべく衝動がなかったりとか、あとブレーキかける時に乗ってるお客様が特に立ってるお客様なんかが衝動ないように、ゆっくりブレーキをかけるようにしております。気に入ってるラッピング・・・マリーンズ号が好きですね。結構白で白と黒でなく、爽やかな色合いなので。はい、車内までちゃんとラッピングされているので、 車内もすごい綺麗です。

16本ある編成のうち15本がラッピング車両なんだそうです。空中で目立って、いい広告になっていると思いますが、利用する方もバラエティ感があって楽しいですよね。たくさんの路線が乗り入れている駅なんかだと、列車の色が大事だったりしますけど、乗り入れもない千葉都市モノレール、乗り間違える心配もなく、ラッピング車両を堪能できます。

そこに登場したのが、開業時から運転士をされているおかもとさん。吉川さんの許行く係も務められた方です。吉川さんについて、こんんふうにおっしゃっていました。

岡本:千葉都市モノレールの運転手岡本です。よろしくお願いいたします。そうですね。あの彼女は呑み込みが早くて、割と覚えも早かったので、指導する方も特にそんなに苦労するような点はありませんでしたし、現在もあの非常に丁寧に運転しておりまして、先日もおほめの投書がありました。千葉都市モノレールは懸垂式モノレールとしてとても良い眺望が得られます。ここでしか見られないような風景をお楽しみください。下りの都賀からみつわ台に向かうJRと交差するところなんですけども、晴れてる日は富士山がよく見えます。

吉川さん:千葉都市モノレール.、まだ乗ったことない方も景色、そしてラッピング、乗り心地、いろんなところで楽しんでいただけると思うので、1つのエンターテイメントとしてでもいいので、ぜひ遊びに来ていただけたら嬉しいです。

目的地があるのではなく「乗ること」が目的の旅も素敵だなと思うようになりました。このコロナが収まり、お出かけが自由にできるようになりましたら、皆さんにもぜひ空中散歩を楽しんでいただきたいです。県庁前からから千城台まで全18駅で乗車時間はおよそ30分です。もちろん、現在も、利用される方に安心して乗っていただけるように、新型コロナ感染拡大防止対策もしっかりと行なっているということですので、利用する私たちも感染対策徹底していきましょう。

最後に、取材に、同行した中西さん。運転シュミレーターがあり、その操作の仕方を吉川さんに教えていただきました。

千葉都市モノレール

第58回:未来に受け継ぐ伝統の技「行徳神輿」

2021/8/13 UP!

今週は『未来に受け継ぐ伝統の技「行徳神輿」』について、神輿の製作、修理などをされている中台製作所の中台洋さんにお話を聞いてきました。もともとは3つあった行徳地区の神輿製作店さん、今は中台さんのところだけになってしまいました。今もつながる伝統の技やお祭りについてなどいろいろな想いを聞きました。

「やってることは宮大工さんに近いんですけど、扱っているものが建物じゃないので、小さいんですよね、簡単に言うと。宮大工さんは大きな建物をつくる、我々は、小さなやしろを作っているということで、あの道具もなので、大きい道具はあんま使わないですよね。神輿はもう単純に神の乗り物なので、御霊を移してね、氏子、地域を巡行するっていうのがメインの役割なので、それはもう昔から変わってないんですけど、それ以外にやっぱり地域の人々がお祭りっていうもので、ひとつになれるっていうことは、世代を超えて非常に地域のコミュニケーションツールとして、私は非常に、重要な存在ではないかなというふうには思いますよね。」

皆さんは、御神輿が担がれて街を練り歩く姿を見たことがあると思います。大変賑やかで、活気にあふれていますよね。「祭りの季節だな」と感じる方もおられるでしょう。中台さんは、その御神輿自体について、こんなふうにお話しされています。

「僕は神輿担ぐのもそうなんですけど、お客様にも言うんですけど、やっぱりそのつくりを見てもらいたいですよね。

彫刻とか、歴史を反映していることもあるし、やっぱり古くて豪華じゃないんだけど、その時代を反映して、その時代によくここまで作ったなって言うものもあるし。

だから本来はそのお神輿が渡御をしているところだけじゃなくて「神酒所」って、いわゆる担ぐ前に、お借り屋みたいな所にしまってあるのを、やっぱそばでまじまじと、あの神輿を見てほしいなあと思いますね。ありますよ。本当に昔の作りで何だろう?これってよくこんなのやったなあっていう。一年以上かかっただろうなっていう作りをしているものもあれば、その当時、お金が凄いあったのか、それは分からないですけどね。無い中でも、それだけやっぱりその神輿に対してお金をかけちゃおうっていうのが、やっぱり 信仰心の現れだと思うんですよ。だからやっぱそれは地域の力ですよね。」

神輿とは、その字が示す通り、神様の乗り物です。夏の終わりや秋に、その年の農作物がちゃんと出来ているのか?地域の人たちは健康でいるのかなど、地元の神様が、御神輿に乗って地域を見て回る。今でいう、視察のようなものでしょうか?ですから、神様への感謝の気持ちが御神輿の作りにも反映されているんですね。

御神輿は地域の結束力の象徴なんですね

中台さんは、中台製作所がある妙典駅近くに、ミュージアムを作られたんです。

入場無料。人数がそろえば、有料で制作工程を見る事ができるツアーもやってくれて、職人さんたちが道具や作業の仕方などを披露してくれるそうです。ミュージアムの中には、作り方の細かい解説が展示されていて、それを見ると、どれだけの時間と技術が結集されてできているのかというの がよくわかるようになっています。

御神輿は、近くで見ると、どこが作ったという、小さな看板のようなものがついている事があるのでそれを探すのもなんか「通」っぽいですよね。中台さんは、職人さんたちの技の継承も含め御神輿という文化を伝え続けていかないといけないと強く思っているとおっしゃっていました。

「お祭りって言えばなんか全て丸く収まるじゃないですけど、私の、ちょっと例えがいいかわかんないけど、その例えば学校の学園祭とか文化祭みたいなノリだと僕は思っていて、何かに向けてね、その盛り上げよう、それを成功させようじゃないけど、全然考え方も違う仲間が集って、そこでやっぱり議論し合うことが、で、その人となりが理解をできて、お祭りってやっぱある程度そういう平等というか、ある意味ね、いろんな歴史を知ったりとか、育っていくっていうと、やっぱり顔が見えるから、その地域に住んでても、普通に引っ越してきたんだけど、お祭りでいろんな人と会って話したら、なんかすごく溶け込んじゃって、やっぱ引っ越してきてよかったなあっていうふうになればいいじゃないですかって、私は思うんですね。」

みんなの心が一つになる、地域のコミュニケーションの大事なチャンスの一つとしても、お祭りっていいのかもしれないですね。みんなが挨拶しあえる街、防災にも大事なことかもしれません。地域をひとつにする、つなぐ、御神輿にはそんな役割もあるんですね。中台製作所は 地元だけでなく全国各地のお神輿の製作や修理、リニューアルを行っているそうです。個人で御神輿を発注する、っていうことはなかなかないと思いますが、素晴らしい職人さんたちの作品、伝統工芸を、まずはミュージアムでご覧になってみてはいかがでしょうか。

ミュージアムのほか、市川市役所1階にも中台製作所のみ御神輿が展示されています。

行徳神輿ミュージアム

http://www.mikoshiya.com/museum/

第56回:中世の遺構「山城」

2021/7/30 UP!

近年ブームの山城(やまじろ)なのだそうです。

かつて千葉県には1300もの山城があり、その数は関東一を誇ります。これは、中世に争いが絶えなかったことを示しているんです。理由は水運も含めた交通網の良さから、この豊かな土地を皆が己の領地にしようと考えたためだったと言われています。全国の山城に精通する「山城ガールむつみ」さんに山城に興味をもったきかっけや、千葉県の山城の魅力、県内での活動などを伺いました。

まずは、「山城」とは何でしょう?私たちがイメージしている白い壁の建物とは違うのでしょうか?

「山城というのは、お城の中の種類なんですけれども、まあ山の上もしくは山全体を要塞としてですね、山全体を人工的に加工して、その領地を守ろうとした。そういったものが山城というものになります。城というのは、「土」が「成る」という漢字を書きますので、建物ではなくて土で加工した・・・要は土木技術によって敵を防ぐ構造物のことを言うんですね。なので、みなさんが思うお城というのは天守閣になりますけれども、ああいうのはお城の中の1つのパーツであって、その全体を含めて「お城」。で、その中でも「山」を使って築かれたものが「山城」ということになります。」(山城ガールむつみさん談)

陣地というイメージなのかもしれません。

山城ガールむつみさんによると、他の県では都市開発によって崩されてしまう山城が多いんですが、千葉県には当時の姿を留めたものが多く残っているそうなんです。そんなお城の魅力は、土木技術のすばらしさを感じたりするだけでなく、地図を見て「ここに山城があるとなると、敵がこう攻めてきて・・」とかシミュレーションゲームができちゃうことなんだそうです。

そして、実際に現地に行ってみると、自分が想像していたところに新たな お城のあとを見つけたりして、妄想が止まらなくなっちゃうんだそうです。草木は生えてわかりづらくなっているとはいえ、ほぼそのまま残っているものも多いというのが驚きです。

そんな山城の魅力を積極的に発信しようと、山城ガールむつみさんは活動をしています。

「今千葉県は『城』の数もすごく多いので、そのお城をちょっとソフト化して皆さんに楽しんでもらおうという取り組みをやってます。それは『御城印』という絵はがきサイズのカード状のもので、1枚300円くらいのもの。お城の名前と歴史を図柄化して、道の駅やいろんな駅で売っているんですね。それを、お城観光の資源として、千葉銀行さんや千葉県観光物産協会さんらが 協力してくださって、お城を使った町づくり・町おこしで子供たち世代に地元の歴史を知ってもらうというような活動を広げています。(『御城印』は)今千葉県下で60ぐらい出てるんですね。全国的にはもう700を超えるんですが、ほかの県と違って、千葉県のものは私がデザインさせていただいて、カラフルな図柄で、その1枚を見ただけで、お城の歴史絵巻が広がるような、そんなものになってます。県内でまず100を目指そうというところで「歴史発信・お城発信」をやってます。」(山城ガールむつみさん談)

https://maruchiba.jp/miryoku/shun/allchiba/gojyoin2020.html

スタジオでも現物を拝見しながらトークしました。本当にカラフルで迫力があって、コレクター心がくすぐられるアイテムですね。現在多古町が積極的にこの取り組みを進めているんですが、そのほかの地域も『山城』のもつ魅力に気づいてきているということで、これからもっと広がっていくと思います。興味を持たれた方、千葉県観光物産協会のホームページでぜひチェックしてみてください。

山城ガールむつみさんは、山城の解説をするツアーの開催もしていらっしゃいます。詳しくは「山城ガールむつみ」で検索してみてください。

ご近所のこんもりとした山、や森、林、流れのない川のようなところ、もしかしたら、まだ発見されていない山城の跡かもしれません。地図を見ながらシミュレーションを楽しんでみてください。

https://www.rekitoki.com/

第55回:鮮度抜群!江戸前船橋瞬〆すずき

2021/7/23 UP!

千葉県内の市町村をひとつづ紹介してきましたが、先週の一宮町で一段落。今週からは新たな視点で千葉県の魅力などをご紹介していきます。

今回はタイトルにもある通り、鮮度抜群!江戸前船橋瞬〆すずきです。

船橋港を拠点に東京湾で巻き網漁業をされている大野和彦さんにお話を伺ってきました。江戸前船橋瞬〆すずきあ千葉ブランド水産物にも認定されているんですよ。スズキは白身の美味しい魚。「セイゴ」→2~3年もの「フッコ」→4年以上「スズキ」と呼び名が変わる出世魚でもあります。

そんな「すずき」。漁師さんがとって、陸にあげるとすぐ劣化が始まります。魚は新鮮さが大事。でも、ちょっと時間が経つと熟成があって味に深みが出る。超新鮮か、熟成かのどちらかしかなかったんですが「瞬〆」という方法でしめると、その両方が成立しちゃうそうなんです。そんなウマイ話なんでできちゃうのか? 大野さんに教えていただきました。

「この〝活〆神経抜き〟をした「すずき」。船でまき網漁業でとって生かしたまま船橋漁港で水揚げをして、乗組員総出で血抜きをします。それから血液が良く抜けたらエアガンで神経を吹き飛ばすという締め方ですね。神経を飛ばすことによって、もう魚がそこで一瞬にして絶命をする、自分が絶命したことすら気づかないうちに、つまり死後硬直が遅れるんですよね。死後硬直すると魚の劣化が始まるんですが、その時間を稼げると。少し休ませてから不意を突いてしめると出る血液もすごいサラサラなんですよね。歯ごたえ食感も、こりこりぷりぷりと言うものが残っている。お陰様で、高評価いただいています。時期がはじまると「まだないの」とか「今日シケなの?なんだ~」なんて言う言葉もいただいていますし、直接飲食店さんの方からもオーダーいただいたりしてます。」

日本全国で、『すずきの水揚げ量日本一』が、実は船橋漁港なんです。「すずき」は日本の広いところに分布している魚なので、船橋が日本一というのは驚きでもあります。ところが、これ、大野さんによると「自慢できる話とはちょっと違う」んだそうで、むしろ心配なところもある、という ことなんです。

「すずきがたくさんとれるんですけれども、その背景には他に取る魚が少なくなったっていう現実があって。このすずきを大切に持続的にとっていかなければ、船橋の漁師すべてが死滅してしまうことに繋がる。だから、量で稼ぐのではなくて質で稼いでいこう、そういう資源管理型の漁業に切り替えたということですね。資源が豊富であれば、やすく消費者に提供できますけれども、そんなにない、なけなしのものをとっている中でたたき売る必要はないですよね。私は今年で船に乗って40年ですけれども、20年ぐらい前からそんなことを思い、悶々としてました。冬になるとすずきが産卵期を迎え、捕るものがなくなってしまうんですが、わざわざ産卵場に出向いて、卵を持ったすずきを捕っていた時期や、すずきの幼魚であるセイゴをとっていた時期もあった。そういうことをして売れるからいいや、買ってくれる人がいるからいいやということで捕り続けていた姿が今日なのかな。なので、ここで我々が改めないと、もう手遅れになってしまうということに気づいたという ことです。」

そんな思いの中、実は、東京でオリンピック、パラリンピックが開催されることが決まって「是非とも江戸前の魚を世界の人たちに食べてもらいたい。」と思った大野さん。交渉してうまくいけば納品できるのかと思っていたら、国際認証機関の厳しい審査を通ったものでないと提供できないということが判明しました。その基準には「とっている量は適切なのか?」「生態系に与える影響はどのぐらいのものなのか?」などの項目があり、「世界は、こんなにしっかり未来のこと、環境のことを考えてやっているんだ、日本はどうなんだろう?」と愕然とされたそうです。自分が悶々と思っていたこと、心配していたことはまさにこれだ!と気づき、とてつもなく高いかもしれないけれど、その壁を乗り越えようと決めたそうです。

大野さんは、こうお話くださしました。

「これは乗り越えなきゃならない壁だから、それにもまして江戸前の魚を東京オリンピックに出したいっていう思いの方が人1倍、やっぱり強かったんだと思います。『今この地球というのは、先祖から受け継いだものではなく、子供たちから借り受けているものだ。だから持続的な状態で子供たちに返さなければならない』というサンテグジュペリという星の王子さまの作家さんが言った言葉。非常に重い含蓄のある言葉だなと思います。我々東京湾の漁師って、長年『東京湾で魚が捕れるんだ』『捕れてもそれ食べられるの?』とか、負のイメージを払拭する戦いをずっと続けてきたんですが、今後(の戦い)は、例えば近畿大学の先生の調査に東京湾のセグロイワシの中からマイクロプラスチックがいくつ見つかっただとかありましたが、次の世代の子供たちにそういったプラスチック汚染をした魚を食べさせたくない。自分たちが努力することによって、そういったものを少しでも解消できる方向に導いていきたいなと。例えば、発泡スチロールの箱を自然に溶けるような生分解性の素材を使ったものに変えていくだとか、我々の使っているナイロンの網をですね、これもやはり生分解性の方に徐々に変えていくだとか、そういった取り組みを続けております。」

大野さんは、その想いを本にまとめられています。

「ただ獲れればいい」という考えを完全に捨てて、「未来にちゃんと返せるのか」をしっかりと考えたうえで漁をする。例えば魚を運ぶ発泡スチロールの箱、生(せい)分解性(ぶんかいせい)のものは、普通の十倍近いお値段がするんだそうです。でも、使いきりだったこの箱をお店との間で10往復以上させれば、コスト的にも成立するし、環境にも負荷をかけにくくなる、、、とか。目の前の魚のことだけじゃなくて、私たちが住んでいる環境もしっかりと見据えて色々と活動していかないと未来がないと、熱くお話しされていました。

大野さんのお話からは、海へのリスペクト、そして長年、それに気づかず魚をとってきた罪滅ぼし、責任、いろんなものを感じます。「船橋の瞬〆すずき」。海への感謝の気持ちも重なって、さらに美味しく感じる。是非皆さんにも食べてもらいたいです。

詳しくは以下のリンクからご覧になってみてください。「瞬〆すずき」の急速冷凍品は、解凍してお刺身でもいけちゃうそうです。他に、東京築地の『漬け人』がすずき本来のおいしさを最大限に引き出した逸品「漬け魚」や大野さんの著作本なども紹介されています。

https://kaikobussan.com/

第54回 一宮町

2021/7/16 UP!

今回は一宮町に行ってきました。

サーフィンの町として、そして東京オリンピックのサーフィン競技の会場として、知られています。

ちなみに「一宮」の意味なんですが、ここはかつて上総の国と呼ばれていまして、その「一之宮」一番格が高い神社の玉前(たまさき)神社がここにあることから、その名前が付きました。ちなみに下総の国の」の国一宮は香取市の「香取神宮」、安房の国の一宮は館山市の「安房神社」となっています。今日は、「サーフタウン一宮町」を紹介していきたいと思います。

昭和50年代には、すでに多くのサーフショップがオープンしていた一宮。現在では年間に60万人ものサーファーが訪れ、町も「一宮版サーフォノミクス」を総合戦略として掲げて「サーフタウン一宮町」のブランドづくりを進めています。2009年には 役場に移住促進担当を設置して「サーフィンと生きる町」を目指しているそうです。

今回は一宮町のサーフィンや魅力についてお二人の方にお話を聞いています。一人目は、一宮町の老舗のサーフショップ カルフォルニア ハワイ プロモーション通称「CHP」に所属されている、地元出身のプロサーファー河野正和さんです。

河野さんは12歳でサーフィンを始め、高校3年の時に全日本選手権ジュニアクラス優勝。さらにその年プロトライアルに合格。17歳でプロデビューを果たし、2009年に22年間の選手を引退するまで活躍。’97年 2001年2002年と3度のグランドチャンピオンを獲得されている方です。 河野さんに、一宮の海になぜ、サーファーたちが集まるのか教えていただきました。

「このエリアは日本を代表するトップproから、ビギナーの方まで遊べる波があるんですよ。すごい狭いエリアなんですけど、違う波質の波がこういろんなところにあって、ビギナーでも安心してできる場所もあれば、TO Pの方が技を磨いたりする場所もあって、すごい波質の豊富な場所ですね。バラエティにすごい富んでいる場所だと思います。全然ビギナーの方とかも是非のサーフショップでいろんなサーフショップでスクールとかやったりもするんでそちらとか参加して頂くと色々教えてもらえて、そのビギナーのやりやすい場所とかも色々教えてもらったりとかできますよ。」

と、お話しいただきました。

もうおひとりお話を伺ったのはサーフィンのために一宮町に移住してきたというつい先日も大会に出場したプロロングボーダーの高橋浩二さんです。まずは移住をしてきたいきさつを伺いました。

「出身は東京です。中学校3年生の時に友達の先輩のお兄さんがやっていたので、見に行くようになりました。湘南に行ったり千葉に先輩に連れて来てもらったり、あとショップの社長なんかと全国でこう回ってサーフィンしてました。でも僕が(一宮に)来た時は堤防とかがなかったんで、沖が深くてサーフィンするような場所ではなかったんですよ。まあ台風とか低気圧がきた時に、沖で割れて、こうブレイクする。そこで、大きい時だけやれるような感じでした。コンスタントに波があるし、やっぱ一宮町の先輩とかサーファーが結構ウェルカムな感じで。人が良かったりとか、そういう部分でいいなと思って住み始めました。

もう移住して人生の半分以上は行きましたけど、やっぱり毎日、時間がない中でも必ずサーフィンもできるし、あと野菜なんかもすごく美味しいし、本当来て良かったなと思います。僕なんかはサーフィンスクールをやってて以前70歳の方でも、自分で乗って楽しんだりとか、できるようにまでなったので、もしやりたい方がいたら、ぜひ波音まで来て、いろんなご質問なんかを受け付けますので、是非一宮に来てサーフィン楽しんでみてください。一宮の人達はサーフィンの町なんでウェルカムだと思います。僕なんかも受け入れてもらって、自由にサーフィンをやらせても頂いているんで、 ぜひみなさんもきてください。」ということでした。

現在は釣ヶ崎海岸のすぐ近くで「波音(なみおと)」という海の見えるビーチレストラン&カフェバーを奥様のチカさんとされて います。

世界が認める「サーフタウン一宮町」。千葉県一宮町で繰り広げられる世界トップレベルの波乗りを楽しみにしたいと思います。地元出身の河野さんも住んでいて心地いいとおっしゃっていますし、越してきた高橋さんも、もう離れるつもりがないとおっしゃっているそうです。そんな町の雰囲気も合わせて世界の方々に知っていただければと思います。

第53回 白井町

2021/7/9 UP!

今回は白井町を取材していきました。

白井町は梨の出荷量が多い地域として知られていますよね。

白井市を中心としたこの地域は古くから梨の栽培が行われていました。白井での梨づくりは、明治38年に鎌ケ谷から移住した方が梨の木20本余を植えたことに始まり、100年を超える歴史があります。現在、梨の収穫量全国1位の千葉県において、白井市は収穫量トップを誇っています。ご存知でしたか?今日は、そんな白井市で梨作りに挑戦しはじめたばかりの若き梨農家さんにお話を伺っています。

今回は、3年まえに、梨農家になられた、梨農家3代目の後藤拓也さんにお話を伺っています。白井市には200ほどの梨農家さんがいるそうで、後藤さんの梨園は白昇園(はくしょうえん)と言います。まずは、後藤さんが梨農家を注ぐきっかけについて伺いました。

「白井市で梨を作っている後藤拓也です。白井の梨PR委員会のメンバーでもあります。梨の生産は、祖父の親の代からやってるんで、70年ぐらいからやっていますね。自分は3年前からですね。ちょっと僕が、結婚とか子供とかでき始めて、それからちょっと本気で、しっかりやってみようかなという感じで就農しましたね。はい、就農するまでは、まあ、いろんな職人の仕事してましたね。型枠大工とか。僕、次男なんで兄がいたんですけど、兄貴はもう頼んだぞみたいな。 それで出ていっちゃったんで農業が始まりました。俺でも出来るなじゃないですけど、ちょっとなめてかかったらこんな大変だったんだっていうのがありました。やっぱ農薬カケ1つでも薬かけてないと梨は作れないので、そういうのもかけるタイミングとか薬何をかけるとかも大変だったので。 そういうのをやっぱ見極めてやるのがとても難しいと思いますね。」

梨の生産に気が向いてlいたころで、実際に親と一緒に作業をし始めたら、その大変さに気づいたそうなんですね。

驚いたのが作っている梨の種類なんです。「本当ちょっと枝だけっていうのも数えると18種類作ってますね。うちの父が美味しいだろうってなんかだんだん増えてきましたね。今、僕が1番おすすめしているのは秀麗ってやつと。 秋あかりってやつです。かおりとか幸水とか違う甘さ、ももっぽい甘さなんですよね。色んな人に秀麗ですって食べて何これ?おいしいって言うのがすごいあったんで、今年僕のおススメです。で、もう1個、秋あかりは、ただ甘いんじゃなくて、さっぱりした甘さ。 僕の感じですけど、こう透き通る甘さじゃないですけど、甘さが僕は結構好きでした。」

梨の甘さも色々あるようです。

ちなみに、幸水、豊水、あきづき、かおり、秀麗、新興、新高、秋あかり、 王秋、カンタ、新雪、夏光、筑水、菊水、秋満月、あきのほほえみ、なつしづく、長十郎を作っているそうです。

今年の出来具合、出荷具合はどんな感じなのでしょうか?

「今年は7月の下旬から幸水というのが出て、そのあと多分豊水、豊水が終わるかなと思って、その後にかおり、秋月がたぶん重なって出てきます。運が良ければ白昇園で豊水、秋月、かおりが3種類で。 1つの箱でご提供できる場合もありますね。で、まだその先も色々ニイタカとかオウシュウとか、まあ10月の終わりまで3ヶ月梨のシーズンがありますね。梨は夏の果物ってイメージありますけど、10月の本当終わりまである。 夏から秋までの存分に楽しめますね。4種類も入れれば、やっぱそうやって食べ比べもできるんでその場で食べないと、やっぱ味がわからないと思うので、そういう売り方をしてお客様に楽しんでもらうというかいうのをやっていますね。」

一つの箱にいろんな種類の梨が入っているというのは楽しいですね。

さて、美味しいいただき方について、

後藤さんのお話によりますと、保管は部屋の涼しいところに置いておけばいいのだそうです。そして、食べようかな?と思うその10分前に冷蔵庫に入れるぐらいがいいというんです。 確かに、梨の魅力は甘さとみずみずしさですが、冷やしすぎると、甘さを舌が感じにくくなってしまうそうで、冷やし過ぎは禁物なんです。理想は食べる10分前の冷蔵庫、食べる5分前に冷水につけるので十分。リスナーの皆さんもお試しくださいね。 さて、白井の梨P R委員会のメンバーでもある後藤さん、就農して、農家の立場から、白井の梨があまり知られていない事に驚きます。ちなみに白井の梨の箱には なし坊 といキャラクターがいますので、それが目印だそうです。PRにもっと力を入れたいということなので、頑張っていただきたいですね

第52回:九十九里町

2021/7/2 UP!

今回は九十九里町を取材してきました。

漁業がが盛んで、町を走るといわしとはまぐりのお店が目立ちます。天然記念物のハマナスの群生地があり、ウミガメも産卵にやってくるそんなところです。

皆さんご存知とは思いますが、千葉県の太平洋側に面している九十九里浜。9つの市町村にまたがる砂浜海岸で全長およそ66キロメートル。弓状の長い海岸線に白波が打ち寄せる様子は、自然の雄大さを感じます。その九十九里浜のほぼ中心にあるのが九十九里町です。 チーバくんで言うと首の付け根あたりでしょうか。

今回は、九十九里漁業協同組合の組合長 小栗山喜一郎さんに、いろいろとお話を伺っています。まずは、九十九里町のイワシ漁についてお聞きしました。

「九十九里町といえば、イワシの町と昔からイワシ漁が盛んでこの地域の活性化につながってきたと思います。九十九里一帯が、大陸棚でどこ行ってもイワシがいると昔から地引網が盛んでイワシを中心にとってきました。 九十九里浜全体が漁場みたいなもんで、あまり遠くに行かなくてもイワシがいるっていうのが九十九里の特徴。1〜2分の所で漁場になる時もあります。出てすぐですね。 2隻のまき網船と漁業の5隻ぐらいの船団を作って漁をしています。探索船、運搬船、網船 5隻ぐらいで1船団を作って操業しています。イワシは鮮度が命ですから、そのまますぐ何トンでも積んだらすぐ港に持っていきます。 多い時で大体80tから100tぐらいはとれますね。」

港からも見えるぐらいのところでもイワシの大群に出くわすこともよくあるようです。とにかくあげたらすぐに運ぶ。船と港の間を運搬船がピストン輸送をしするということです。

沖合を流れる親潮と黒潮の影響をうける九十九里の海は、日本有数のいわしの漁場で、ほかに鯖類などの回遊魚もたくさんいるんです。そして九十九里の沖合はずーっと大陸棚が続いていまして、 いわしたちにとって居心地がいい場所、なんだそうです。九十九里で取れるでイワシは3種類あります。マイワシ、カタクチイワシとウルメイワシのだいたい3種類が、主流でとれています。マイワシは結構大きいんですけども、煮干しの原料とかにあるカタクチイワシはだいたい10センチ前後。マイワシは大きいのについては20センチ以上になるイワシもあります。10月頃にかけて、カタクチイワシの漁が本格的になってくるそうです。最初のうちは細かいイワシが取れて、だんだんだんだん育ってきて、11月12月になるとゴマ漬けの用のイワシになったり、煮干しの原料になるようなものが上がるようになるということです。

小栗山さんに個人的に好きなイワシの食べ方を伺いました。

「9月か10月頃の秋口にとれるカタクチイワシの5センチから6センチ位のそれを頭とハラワタをとって、そのまま醤油につけて生で食べるのはちょっとわたし的には好きなんで、つまみにいいと思います。こればかりはちょっととれたてのイワシじゃなければ食べれないんで、役得ですね。ちょっとお客さんが来たら、本当に食べさせてやりたいぐらいのおいしさだと思います。」

「まず生で食べてもらいたいと思います。少しでも九十九里の漁業の歴史を知っていただければと幸いと思います。イワシの町、九十九里にはとれたての、新鮮なイワシを含め、多くの水産物を販売しているところもたくさんあります。町内に美味しいイワシ料理や加工品を提供しているお店もたくさんありますので是非ご賞味いただきたいと思います。漁協の直売所でハマグリも売ってますし、巻き網船が出てる時は 新鮮なイワシも置いてますので、九十九里に来た時は寄っていただければと思います。朝10時頃から直売所は開いていますので、午前中は良いかと思います。新鮮なイワシが買えると思います。」

ということでした。

直売所の名前は「おさかな新鮮大使」というんだそうです。漁港のすぐ近くにあります。また、その近くには、加工品など、地域の名産を扱う「海の駅九十九里」という施設もあり、

ここには海をイメージした青色のポストがあって、人気のスポットになっています。(実際に郵便を出せる現役のポストです)館内にはいわし資料館も併設されていますので、こちらでいわし漁の歴史や文化、学んでみたいですね。

  そして、最後に、この地域の漁協からのお願いがあるそうです。最近、九十九里浜で潮干狩りをしたりする方がいらっしゃるそうなんですが蛤(はまぐり)をはじめ、ながらみ、そのほか貝類を取ることは禁じられています。 大切な海の恵みは地域の漁協の皆さんが大事に管理しながら育んでいるものです。食べたい時は、九十九里浜の近くのお店で是非ご購入くださいね。

第51回:市川市

2021/6/25 UP!

今回は市川市を取材にいきました。市川市役所、文化芸術課で学芸員をされている中能淳子さんにお話を伺っています。

単刀直入に、中能さんにお尋ねしました。市川市ってどんなところなんですか?

「古くから、旧石器の頃から人が住み始めていたという遺跡といったものも残っておりますので、その頃から海に面していながら谷津といいますか谷になっているところ、またその間に川が流れていて、非常に、食生活にもまた居住空間としても住みやすい場所だったことがわかります。貝塚が市内に複数あるんですけれども、その中でも国の指定になっています史跡が、堀之内貝塚・曽谷貝塚・姥山貝塚、この大きな史跡が3つございます。縄文の住居の跡でしたりいろんなものが市川に残っておりますし、そういったものは堀之内貝塚の近くに考古博物館というところがございますので、そこで資料ですとか遺物ですとか、そういったものも ご覧いただくことができます。」

古くから人が住んでいた場所というところなんですね。文明的にはどうなんでしょうか?

「街を歩いていただくと表情がそれぞれ異なるといいますか、市川だったり、国府台という地名は国府台と書きますので、やはりそれは国府のあった場所、下総の国の中心地といいますか、役所、行政機関の中心地。また、国分寺・国分尼寺が学問所ということもありますので、文化の中心地。地方の都市ではありますけれど下総の中心がこの国府台にあったということですね。国衙といいますか、その役所があった場所ということで先ほどの国府台という地名の元々のルーツになりますね。大きな川も御座いますので、交通ですとか、そういう国の要所と言いますか、そういう中心的な場所であったということが伺われます。それからまた、行徳の方に行きますと塩に関連する塩浜ですとか塩焼ですとか、そういった地名もございますので、街を 散策するときに、その地名を見ていただくというのも、1つ町の成り立ちがわかるかな?ヒントになるかなと思います。」

人ば住んでいるだけでなく、要所になっていった市川地区、その後、文学の要所にもなっていくのです。

「近代になっても、文人といいますか、例えば、作家の幸田露伴さん、また北原白秋さん、そして永井荷風さんだったり、戦争によって永井荷風さんなんか焼け出されて、東京からこちらの方に移り住んで来たんですけど最後まで、亡くなるまで市川で過ごされた方もいらっしゃいます。「断腸亭日乗(だんちょうていにちじょう)」という日記を42年間ずっと綴られていました。その中で荷風さんは本当に散歩の達人として、川をずっと遡って行ったり、また下流のほうに歩いて行かれたり、そういったところを観察したことを 事細かに日記ですとか、それからご自身の作品「葛飾土産」ですとか、そういったところにも残されていますし、その荷風さんを慕って、作家の井上ひさしさんがこの地に移り住まわれたりとかですね、やはりその歴史や文化ですとか、そういった土壌とともに、自然豊かなところが皆様に好んでいただいた理由ではないかなと思われています。

断腸亭(だんちょうてい)日乗(にちじょう)、これは永井荷風が1917年(大正6年)の9月16日から、亡くなる前日の1959年(昭和34年)4月29日まで、市川で暮らしながら感じる世相や、散歩しながら得た季節感などを綴った日記なんですが、読み物としても、近代史の資料としても、荷風最大の傑作と言われています。その永井荷風を慕って、井上ひさしさんも引っ越してきちゃうという市川は引き寄せ効果もあるですね。日本文学を勉強すると出てくる名前もいくつか聞こえてきましたが、人が集うパワーがこの地は強いのがわかります。

そんな歴史を感じられるものが1月から展示されるようになったそうです。

彼がそこで亡くなられたんですけれども、6畳間の書斎をそのままこの市川市役所の中に、移築したんですね。市役所という文学に興味のある方も無い方も、皆様の大勢の目に触れる場所にということで、この市庁舎の一階に移築したようです。誰でも見学することができます。

そしてその横には永井荷風さんの実物大のフィギュア(?)が立ってらっしゃて。結構身長高い方だったんですね。175センチもあったそうです。ちょっとリアル、、、

中能さんのお話にもあった、市川ゆかりの文化人や芸術家の作品は、市川市文学ミュージアムで展示・紹介されていますので、 ご覧になっていただければ、市川をより深く知ることができますね。

都会の部分に目が行きがちな市川ですが、こうやって古くから人が集い、栄えてきた市川。歴史と文学の風を感じにお出かけになりませんか?ゆったり歩けば文学の発見や出会いがきっと待っていますよ

市川市 文学の散歩道

第48回:富里市

2021/6/4 UP!

今回は富里市を取材してきました。

富里といえばスイカというイメージですね

実は千葉県はスイカの産出額が全国2位なんですが、中でも随一の 生産量を誇るのは富里市で「富里スイカ」のブランド名でも親しまれています。富里市にはスイカ部門で日本でただ一人、農林水産省から富里スイカの地域特産物マイスターに認定されている方がいらっしゃいます。スイカ栽培のスペシャリスト篠原弘安さんにお話を伺いました。

「富里は 北総台地といいまして標高40〜50mの台地の上にあって田んぼが少ない。台地で、水はけが良すぎちゃって、作物を作るのに水はけが良すぎてなかなか育たない。スイカは原産地がアフリカの砂漠地帯なので、水がなくてもよく育つ。かえってないほうが美味しいスイカができる。台地なんで内陸性の台地の気候で昼間は温まりやすく、夜冷えちゃう。その寒暖差で甘みが乗ったスイカができるということで産地になりました。昭和の初期から作ってます。組合をつくって始めたのが、昭和8年からスイカ出荷組合。まとまって、遠くに送って やってきましょうということで本格的に始めました。それから80年ぐらいずっとスイカ作り頑張ってます。」

富里の出荷量は年間およそ3万6千トン。シーズンは5月半ば辺りから3ヶ月ほど・・1位の熊本の出荷シーズンの4月から1か月半くらい遅れてスタートするそうですが、「3ヶ月間」出荷し続けるには農家の皆さんのある工夫がありました。 

「富里でスイカ作っている人は200人ぐらいいるんですけど、農協通して出荷している人が170名。5月の今年は8日から出荷が始まりまして、5月は、大きいハウスで作ります。暑くなって来ると、少しトンネルを小さくして、人間がやっと入れるぐらいの、小さいトンネルで6月。7月でもっと暑くなると、もっと小さいトンネル。その時期に合わせてスイカが好きな温度にしてあげるために、トンネルの大きさを変えてます。で3ヶ月間順次出荷しています。一気には出ない。5月ハウスの時期は寒い時期なので、寒さに強い品種を作って。ハウスの時期だと「春の団欒」とか「祭囃子R G」っていう品種。寒くても糖度がのって美味しいスイカができる。6月になったら雨の時期の梅雨にも負けない品種で「味きらら」とか「こうだい」って品種。雨が降っても甘くなるんです。で7月が暑くなると暑さにも強いってことで種無しスイカとか自根スイカとか暑くても美味しくなるスイカを作ってます。」

というお話でした。春の団欒とか祭囃子RGというスイカ品種の話は聞いたことがなかったので、とても興味深く伺いました。

スイカは大きく育てるのがいいのかと思っていましたが、実はそうでもないそうで、こんな話もしていただきました。

「大きいとやっぱり収穫が大変。輸送も大変。運送屋さんも大変。カットして今売るのが多いんで、カットする人も大変だって、やっぱ理想としては中くらいの大きさ2Lぐらいが1番売れる。S、M、L、2L〜5Lっていう規格があるんですけど、やっぱり2Lを取りたいんですね。7キロから8キロが2Lになります。1キロ刻みでスイカってあって、10キロ以上が5Lで、その中で2Lは7キロから8キロ。持って歩くにも楽です。農家の人も。それでいて値段が結構いいんです。味も乗りやすいんです。」

では美味しいスイカはどうやって見分けるのか?ここ一番大事なところだとおいもいますが

「味を見分けるには、撫でるといいんです。こう2つあって1個がつるっとしている。もう1個は緑色の部分が膨らんで、縞の黒い部分が凹んでいるとボコボコしています。ボコボコしたスイカの方が、甘くて美味しい。お店行って叩くより撫でた方がいいといいと思います。お店ではあまり叩かれたくないでしょう?撫でた時に、おいしいよっての手に伝わってきます。」

だそうです。スイカを撫でると本当に凸凹しています。興味のある方は試しに触ってみてください。

スイカ農家の皆さんは普段はライバルですが、助け合いもしています。

「一人でスイカをつくってるようなんですけど、やっぱ独りじゃないんです。みんなで。大変な時もあるんです。天気が悪くて、今ミツバチ交配なんですけど、ミツバチが飛ばなくてどうするとかっていう困った時とかは、情報交換して、ちょうど今頃雨が降っていて、今日はハチ休んでるから人間がつけましょうとか。情報交換とか。あと、今年は雨が少ないんで、ちょっと肥料やってあげようかとか、ちょっと水あげようかとか情報交換することで、みんなの腕があがるし、味もみんな良くなっていく。困った時もみんなで、嬉しい時もみんなで共通して頑張ります。やっぱ組合はみんなで頑張ろうって気持ちになるので、大事かなと。そして富里のスイカはイカの顔をしたトミちゃんというマスコットがいるんですけど、そのマスコットの絵のついたシールがスイカに貼ってあります。1個1個のシールがあって、箱にもトミちゃんの絵がどーんと大きく出ています。そのトミちゃんを目印に買って頂ければ美味しいスイカなんです。あたりです。」

これからスイカがさらに美味しいシーズンです。トミちゃんを探してみてくださいね。

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