土曜深夜のハードロック/へヴィメタル専門プログラム

Every Sat. 25:00~

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑬

2021/6/12 UP!

杉山ディレクターがビクターのアーカイブから発掘してくれた貴重な写真。
着ているシャツから判断すると、1998年5月17日のロンドン?
となれば、亡きクリス・タンガリーディスのプロデュースでレコーディングしていた「FIREWORKS」のときの写真か?
私は、ハロウィン三代目ディレクターの堀内さんとロンドンに出かけ、様々なバンドの取材を行っていた。その中の1つがANGRA。「FIREWORKS」は60年代のドラムキット、60年代のベースアンプ、50年代のマイクロフォンを使用し、アナログのやわらかい音を取り込もうとしたアルバムである。
スタジオにはアンドレ・マトスしかいなかった。そのアンドレとインタビューした。記憶によれば、バンド内部に問題が発生していた。アンドレはANGRAからの脱退を決めていた。そういったネガティヴな空気が既に存在していた。しかし、アンドレは「FIREWORKS」のヘヴィな世界観に対する挑戦者としての心意気を語ってくれた。「FIREWORKS」にはアンドレの心境が映し出されている。
1997年12月31日、コパカパーナ・ビーチにいたアンドレは1時間近く打ち上がる花火を見ていた。そして、こう思う。
『とても美しく、力強く、エネルギッシュな花火だ。
 だが、それは長く続かない。手で掴むこともできない。
 みんなが精神的に一つになっている瞬間なんだ』と。

アンドレはツアー終了後に脱退する。

記念写真を撮影する時、彼は「メガネを交換して撮ろうよ!」と言った。その時の1枚。

2007年の「LOUD PARK」、バックステージに行くと、丁度アンドレがステージから降りてきた!
「マイ・フレンド!!」と言って、僕に抱きついてきた。

今年9月にアンドレのドキュメンタリー映画が公開されるそうです。

2019年6月8日、彼は47歳の若さで亡くなっている。
R.I.P.

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑫

2021/3/20 UP!

2005年 夏、ジョン・ボン・ジョヴィはインタビュー場所として、自宅近くにある古いホテルを指定してきた。
私と担当の柴田ディレクター、カメラマンのウィリアム・ヘイムス氏は、ニューヨークから車を飛ばし、数時間前にこのホテルに入った。そして、インタビューをテレビ撮影する場所や、フォトセッションにふさわしい背景を決め、ジョンの到着を待った。
部屋の窓から外を眺めているとジョンが運転する車が、ホテルの正面に着いたところだった。急いでロビーに降りていくと「マサ、よく来てくれたね!」と、ハグしてくれた。あのビッグ・スマイルと共に。

アルバム「HAVE A NICE DAY」は、自分達の立場をはっきりさせる勇気を綴ったアルバムだった。9.11のショックはまだ癒えていない。国内は反ブッシュと、ブッシュ支持者でぶつかり合い、激しく揺れていた。ジョンはこのアルバムで「意思の相違、政治的思想性の違いなどを飲み込み、受け入れることが大切だ!」と主張した。あれから、約16年の時が流れた。しかし、アメリカ国内が二分化された形は今も変わらない。いや、もっとひどくなっているかもしれない。

このホテルのロビーに置いてあったニュージャージーのマップを10部ほどいただいて、ジョンにサインをしてもらった。その中の1つには何と自宅のある場所に大きな丸印がつけられていた…。番組プレゼントでそれを手にした幸運なリスナーがいる。

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑪

2021/2/27 UP!

わーっ!私が着ているのは、ラムの毛皮のハーフコートだ。
この頃、流行っていたんだよね。
カナダのケベックにQUEENSRYCHEの取材に行ったとき、楽屋に置いてあったこの毛皮を見つけたTWISTED SISTERのディー・スナイダーが着てはしゃいでいた。
買ったばかりなのに!(怒!!)

これは、1984年3月の日本武道館のバックステージで撮影されたもの。
「BENT OUT OF SHAPE」を発表したRAINBOWが6回目の日本公演を行った。しかし、その裏で第2期 DEEP PURPLEの再結成の話が進行していたことは誰も知らなかった。私がロンドンでその噂を聞きつけて「音楽専科」誌でスクープ記事を書いたのは、その数カ月後か?
リッチー・ブラックモアは日本武道館のステージで派手にギターをクラッシュ。観客はヒートアップした。終演後、その破壊されたギターをもらった。今、持っていればお宝だが、確か「音楽専科」誌の読者プレゼントとして提供しているはず!
この時の日本武道館公演は2日間行われているが、ライブが映像化されたことはよく知られている。

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑩

2021/2/20 UP!

この写真は1年ほど前に、YG編集部の平井さんがシンコー・ミュージックで発掘したもの。
ゲイリー・ムーア、私、そして、シンコー・ミュージックのコレスポンデントだったキム山門さん。
1982年7月か8月、ゲイリーのマネージメントで会見した。
ヴァージン・レコードからの第一弾アルバム「CORRIDORS OF POWER(大いなる野望)」発売前で、ゲイリーはアルバム・ジャケットのラフデザインを見ていた。
実はこれがゲイリーとの初インタビュー!
「気難しい人という噂は本当ですか?」とか、「ドラッグをやっていたって本当ですか?」とか、好き放題 質問していたら「君は最高だ!」と大笑い。それ以来、本当に仲良くなった。
1989年「AFTER THE WAR」のツアーで来日した際、私とのインタビューで「ハード・ロックはもういい。自分のルーツであるブルーズに戻る!」と断言。
「それなら、そのレコーディングに立ち会わせてほしい!」と言ったところ、「いいよ!」と。
1990年 春、ロンドンでレコーディング中のゲイリーをスタジオに訪ねた。
そして、歴史的名盤となる「STILL GOT THE BLUES」をワールドプレミアで試聴させてくれたばかりでなく、まだ、機材が残されていたスタジオの中で90分も独占インタビューに応じてくれた。

彼が亡くなって10年。様々な思い出が胸を過ぎる!

後に、一連のブルーズ・アルバムを成功させた彼は、「ハード・ロックをやっていた1980年代はあまり好きではなかったが、良いバラードは作ってきたかもしれない!」と、私に微笑んだ。

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑨

2021/2/6 UP!

新宿ツバキハウスが別の会社に買収されて、『HMサウンドハウス』は常連のみなさんと共に、流浪の如く東京を漂流しました。
そして、新宿は歌舞伎町の東亜ビルにあったGBラビッツを新たな根城にすることになります。記念すべき初日は、1,300人以上のお客さんが集結し、入りきれないお客さんの列が新宿コマ劇場まで延びてしまい、交番のおまわりさんが出動する騒ぎになりました。我々もお客さんも熱量が凄い時代でした。
毎週の様に海外からアーティストが遊びにきて、アコースティック・ライヴやサイン会をやり、今思えばとんでもない空間だったと思います。


この写真は1994年11月、来日中のSAVATAGEのメンバーがVIPでくつろいでいるところに、何と新宿レコードのマダム藤原さんが表敬訪問。私も含めての記念撮影となりました。撮影したのは、新宿レコードのご主人、藤原間三郎さん。藤原さんはカメラが大好きで、お店を訪れたミュージシャン達の写真が店内にいっぱい貼られていました。
SAVATAGEのプロデューサーで、後にトランス・シベリアン・オーケストラという一大ツアーを成功させたポール・オニールは、私の友人でした。「SUPER ROCK’84」が開催された時、彼はアメリカ側のプロデューサーとして来日。翌年の「SUPER ROCK’85」も彼が手掛けました。
その彼は、ある日、SAVATAGEの名作「DEAD WINTER DEAD」のアートワークの原画を私に届けてくれました。メモラビリア展で公開した、私の宝物です。
1993年10月、ジョン・オリヴァの弟、クリストファーが交通事故で亡くなり、バンドは危機的な状態に陥りましたが、この日本公演ではTESTAMENTのギタリスト、アレックス・スコルニックが参加し、バンドは新しい編成になって、素晴らしいパフォーマンスを披露しました。その時の模様は、アルバム「JAPAN LIVE’94」で聴くことができます。

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑧

2021/1/2 UP!

「これは貴重な写真だな!」と見入ってしまった!
1984年10月、W.A.S.P.の初来日公演の際、私のアイディアで新宿ツバキハウスで記者会見を行った。
新聞、写真週刊誌、音楽誌の記者やカメラマンが50人ほど詰めかけた。フロアに椅子を並べ、VIPの横にスペースを作り、メンバー4人用の椅子を並べた。場内が暗転になる中、スモークが漂い、ドレッシングルームから4人が出てきた。その4人が椅子の横に立った。カメラマンがいっせいにフラッシュをたいた。しかし、その4人、実はツバキハウスでも有名な”和製W.A.S.P.”のメンバー。衣装もそっくりで、ブラッキー役の某君は股間にノコギリまで付けていた。驚く記者たち。その時、会場に”I Wanna Be Somebody”が大音量で流れ、本物のW.A.S.P.が登場するという演出だ。イベント終了後、DJブースの前に移動し、W.A.S.P. と東芝EMI、ウドー音楽事務所の関係者と記念写真を撮った。手元に残っている当日の写真はこれのみ。中野サンプラザ公演には、あの西城秀樹さんも観にきていた!!
私がW.A.S.P.と出会ったのは、1983年だと思う。EARTHSHAKERのアルバムのプロデュースでサンフランシスコを訪れた際、後にTESLAのバックライン担当になるダニー・マックレンドンがレコード・ショップに連れて行ってくれた。その店こそ初期のMETALLICAやベイエリアのスラッシュ・メタルバンドなどに多大な影響を与えた「The Record Exchange」。
店主のビルがW.A.S.P.のサンフランシスコ公演の写真をくれた。
「何だ、コレ!!」….
それから間もなく、IRON MAIDENのマネージャーがW.A.S.P.と契約したことを知った…。

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑦

2020/12/26 UP!

RAINBOWのマネージャーであるブルース・ペインが契約していなかったら、たぶん、TOUCHのライヴを見る機会は訪れなかっただろう。
新宿西口のレコード・ショップでAMERICAN TEARSのアルバムを買ったのは、初渡英の前だったか後だったか。いずれにしても1974年だったと思う。デビューアルバム「BRANDED BAD」だ。
そして、それから約6年後、TOUCHと改名した彼らのライヴを、1980年8月16日、第1回「MONSTERS OF ROCK」で観た。
RIOTの前、つまりトップバッターとして大観衆の前に姿を表した。RAINBOWと同じマネージャーだからこそ実現したショウだった。

コーラスを多用しながらドラマティックに攻めてくるサウンドが新鮮で、特にAMERICAN TEARS時代の曲”Black Star”はQUEENに対する憧れを赤裸々に綴っているように映った。
前日の15日、金曜日。彼らの宿舎のホテルで、マーク・マンゴールド<key.vo>、グレン・キッカート<ds>とインタビューした。
この時、私が着ていたスウェットに注目していただきたい。


1980年1月の英『SOUNDS』誌の表紙、UFOのフィルとピートの写真をチェック。

私のスウェットはフィルとおそろい!
1980年1月、ロンドンはハイストリート・ケンジントンのショップで見つけて買った。
後に来日したフィルがインタビューの際、私がそれを着ているのを見てビックリしていた。(笑)

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑥

2020/12/12 UP!

NWOBHM(ニュー・ウェイヴ・オブ・ブリティッシュ・ヘヴィ・メタル)の勃興は、1979年、ロンドンに住んでいた私の目の前で起こった。
メジャー・レーベルと契約したバンドは数少ない。しかし、インディーズや自主制作盤で活動の糸口を見つけようとしていたバンドは、とにかく純粋にヘヴィメタルを演りたいという気持ちが強く、こちらの感情移入も濃厚になっていった。
1980年、復活したTEN YEARS AFTERなどの著作権を管理する会社が、新人バンドの発掘のために「AVATAR RECORDS」をスタートさせた。
このレーベルからデビューしたCHEVYと、あの名曲”Lady of Mars”で知られる、DARK STARの2組を、そのレーベルのオフィスで取材した。
SAXONの様に、1970年代から活躍していたバンドにもスポットが当たったのがNWOBHMの面白いところで、CHEVYの前身バンドも古くからローカル・クラブ・シーンで活動を続けていた。このバンドの人脈は、ATOMIC ROOSTERやBADFINGER、THE HANDSOME BEASTS等と幅広い。
1980年、元TEN YEARS AFTERのアルヴィン・リー、HAWKWINDとツアーを行い、EMIのコンピレーション・アルバム「METAL FOR MUTHAS VO.Ⅱ」に”Chevy”を提供。
その後、「AVATAR RECORDS」と契約し、シングル・デビュー。
レーベル初のアルバム、レコード番号「AALP 5001」の「THE TAKER」をリリースした。
ツインギターを全面に押し出したサウンドは、WISHBONE ASHのようでもあり、どこかアメリカン・ロックの世界観をも感じさせた。
バンド名はアメリカ車から取られており、昔はBOSTONやSTEELY DANの曲もカヴァーしていたらしい。
「AVATAR RECORDS」のオフィスでのインタビューで、メンバーから驚きの発言があった。
マーティン・キュア<vo>は、あの「VERTIGO LABEL」で1枚のアルバムを残して消えた、STILL LIFEのヴォーカリストだった。
なるほど、叙情的なサウンドなわけだ。
“Skybird”なんて英国版LYNYRD SKYNYRDではないか!
アルバムのアートワークは、あのヒプノシスが手掛けていた!

左から、ボブ・プール<b>、伊藤、マーティン・キュア<vo>、ポール・シャナハン<g>
この3人は、1971年からCUPID’S INSPIRATIONというバンドで活動してきた。

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その⑤

2020/12/5 UP!

1983年、シアトルのレコード・ショップのレーベル、206レコードから、自主製作EP「QUEENSRŸCHE」をリリースしたバンドは、そのショップのオーナーでマネージャーの奥さん、キム(元キャビンアテンダント)が売り込んだことによって、初めてイギリスの「KERRANG!」に写真入りで紹介されることになった。既にその自主製作盤を持っていた私は、シアトルのそのレコード・ショップに連絡を取り、彼らがEMIアメリカと契約したことを知った。
すぐに東芝EMIの山田さんに連絡を入れて、リリース前に取材を入れてもらった。それが、1983年のTWISTED SISTERとのカナダ・ツアー。我々は、モントリオールに入り、バンドのツアー・バスで移動を続けた。
バンドがどんどん大きくなっていくと、プロとしての力量に欠けるマネージャーが足手まといになり、ついに、解雇して、ピーター・メンチ、クリフ・バーンスタインの、あの「Q-PRIME」と契約する。
「OPERATION:MINDCRIME」の全米ツアーは、もの凄く大きな規模で展開されていった。
私も一緒にツアー・バスで移動した。メンバーやスタッフは、このツアー・アイテナリーを持っていなければならない。
会場、ホテル、プロモーター、プロダクション、マネージメントの詳細が毎日のページに記載されている。

GO TO ROCK AND ROLL〜ロックの現場から〜その④

2020/11/28 UP!

1979年、イギリスのTHE BABYSが初来日した。
1977年に発売されたデビューアルバム「恋のチャンス〜ベイビーズ誕生!」のライナーを担当したのが私である。
ブリティッシュ・ロックらしいサウンドをコマーシャルな方向に拡大させて、アメリカ市場での成功も視野に入れていた。しかし、ルックスが良かったことで、日本ではこのアルバム・タイトルとなった。
ジョン・ウェイト<vo>の実力も素晴らしく、このバンドはあのBAD ENGLISHへと発展して、シングル「WHEN I SEE YOU SMILE」を全米NO.1に送り込むことに成功している。
来日した際、東芝EMIがパーティを開催した。
私が話し込んでいるのは、トニー・ブロック<ds>。
EL&Pのグレッグ・レイクのプロデュースで1972年にデビューした、あの若きトリオ編成のバンド、SPONTANEOUS COMBUSTIONのメンバーである。
1974年、彼はロッド・スチュワートのマネージャーが運営する、「GMレコード」のSTRIDERに加入。
2枚目の「MISUNDERSTOOD」に参加した。1974年8月から9月にかけて、私はこのSTRIDERを追って、ロンドンを含む公演を何度も観ている。ロンドンのマーキークラブでのコンサート終演後、楽屋でロブ・エリオット<vo>とインタビューも行った。彼はカルト的バンドだった、SECOND HANDを脱退し、トニーと同じく2枚目からSTRIDERに参加していた。ブルースをベースにしたヘヴィなサウンドは、FREEに代表されるブリティッシュ・ロックのスピリットを体現していた。
私がトニーに1974年のSTRIDERのライヴのエピソードを語り始めると、「ウソだろ!?」と驚き、他のメンバーを呼んで、彼らに私のSTRIDERのエピソードを聞かせるのだった!

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